私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #141 Satomi Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係をもってしまう。琉生は知らず、さとみの両親へ挨拶を決行。琉生に別れを切り出せないまま、志田とは昼休みや帰りなど、短時間会うことで気持ちを抑えていたが、二度目の身体の関係を持ってしまった。
趣味で始めたフラワーアレンジメント教室。展示会まで、あと1ヶ月を切った。
他の受講生と馴染めないため、ずっとオンラインレッスンを続けている。まだ習い始めて半年ほどなのに、展示会に出すなんていい度胸、と思われているかも知れない。
しかし先生にZOOMで相談すると、笑顔で承諾してもらえた。
「日々課題をこなすだけだと、講師が作った作品のコピーしか出来ない。自分でゼロから考えて、何をどうみせたいのか、自分で作りたいものを作ることはすごく成長に繋がるからいいと思うわよ」
その時点で、“何かを作りたい”とまで思っていなかったが、面白そうだしやってみたいと思った。
が。
いざスケッチを書いたり、材料を買い出しに行っても、何をどう作るのか、まったく決まらなかった。どこから取り掛かっていいのか、何を持って「決定」になるのかが、皆目検討もつかない。
みんなは何を思って、作品のデザインを決定し、作り、完成だと決めるのか。
そろそろ手を付け始めないと、間に合わない。気持ちだけが焦る。
私は材料と、書き溜めたスケッチブックを目の前にして、固まっていた。
まずデザインを決めないといけない。スケッチブックの中のデザインは、どこか、見たことがあるようなものばかりで、ゼロから自分で考えた、とは言えない。
過去の展示会の様子は、協会のホームページで見たが・・・どれもレッスンでは見たことがないものばかりで、どれも“オリジナル”なんだと感心させられたのだが。
「ただいま」
顔を上げると、もう目の前に琉生がいた。
「琉生・・・おかえり」
ドアが開いたのも気が付かなかった。それだけ夢中になってしまっていたのか。
「ごめん、すぐご飯温めるね」
私がキッチンに向かおうとすると、琉生が静止した。
「いいよ、自分でやれるから。さとみは、お花のこと、しておいて」
「うん・・・ありがとう」
琉生に促され、私は再び座った。
うーん・・・本当にどうしよう。
くすっと笑い声が聞こえた気がしたので、再び顔を上げると、温めた食事を持ってきた琉生が微笑んでいた。
「珍しいね。さとみが、そんなに眉間にシワ寄せてるなんて」
「え?!シワ、寄ってた?」
私は眉間を手で隠す。
「うん」
私は慌てておでこと眉間をゴシゴシとこすった。
「難しいの?作品作り」
「難しいっていうか、何が正解かわからなくて」
「正解?」
琉生は不思議そうに、聞き返してきた。
「うん。普段のレッスンなら、学ぶべき技術があって、お手本通りにワイヤーを巻くとか、花を差すの角度を気をつけるとか、いろいろあるんだけど。どんなことをしてもいいってなると、逆にどうしていいかわからなくて」
「なるほどな~。俺もそういうの、苦手かも」
琉生が白米を食べながら、言った。
「だよねぇ」
「ある程度、型とか決まりがある中で、そこに目的を達成するための肉付けをしたり、自分が目指す形をつくるのは得意なんだけど」
琉生が思い浮かべで言ってるのは、多分営業資料を作ったり、企画書のことなんだろう。
「え?笑うとこ?」
琉生に指摘されて、今度は私が微笑んでいたことに気づく。
「笑ってた?ごめん」
私は顔を正した。
「ただ・・・琉生らしいなって」
「え、そお?サラリーマンとして、あるべき姿の鑑だろ」
琉生はだし巻きを口に運び、うまい、と小さくつぶやいた。
「そうだね」
こうやって目の前でご飯を食べてもらえているのは、嬉しい。私はそんなことを思いながら、琉生のきれいな箸使いを見つめていた。
「それに比べて、志田なんて、めちゃくちゃだからなー。テンプレート渡してるのに、毎回自由すぎる発想で資料作ってくるからさあ」
琉生から出る志田、という言葉に、心臓が飛び出しそうになった。潤くんの名前に反応して、数日前のことが蘇る。私はなるべく感情が表に出ないように、唇を噛む。
「あ、ああ。志田くんってそんなかんじするね」
私は動揺しているのを悟られないように、話を合わせる。
「さとみは・・・何か表現したいものとかは、ないの?」
琉生の器はもう、空になっていた。琉生は手早く食器を重ねると、キッチンに持っていった。そして、洗ってくれている。
「展示会に出すって言っちゃったけど、私・・・創作って苦手かも」
依頼されたものや、テキストと同じものを作る事はできる。だけど、ゼロからなんでも作っていいと言われたら・・・・自分の中で作りたいものが無いということに気がついてしまった。
普通は何か作りたいものや理想像があって、習い始めるのではないだろうか。こんな状態で展示会に出してもいいのか。
スケッチも、したほうがいいと言われたから、見様見真似で雑誌などから抜き出して描いただけのものだ。
「じゃあさ、型と型を合わせて、オリジナルのものを作ったら?」
「型と型?」
琉生は食器を洗い終えると、再びダイニングテーブルに戻ってきた。横から私が資料として買ってきた、フラワーアレンジメントの雑誌をめくる。
「例えば・・・このクリスマスリースは、ベースがマルのものが多いけど、ハートとかもあるじゃん?それで、好きなベースを選ぶ。で、こっちはクリスマスの特集だったり、バラの花の色バリエーションだったり・・・それぞれ「型」だったりパターンだったりがあるから、それで、自分が好きなものを組み合わせたら、オリジナルになるんじゃね?」
「あー・・・なるほど」
私のセレクトでは“ごった煮”のようになってしまうかもしれない、とよぎったが、ありがたいアドバイスだった。
これ以上手を動かさないわけにもいかない。琉生の提案がとても魅力的に思える。
「うん、じゃあ、その方向で考えてみる」
自分の好きなものを組み合わせる。それで、オリジナルになるのであれば、出来るかも知れない。
「頑張って」
そういうと、琉生は食事を始めた。私も、もう一度スケッチをし直そうと、鉛筆を持った。
賞を取りたいというわけではない。ただ、自分の「やりたい気持ち」を貫き通したかっただけなのだ。
***
「さとみさん」
印刷屋さんへのお使いから戻ると、久しぶりに、潤くんが総務に遊びに来ていた。
「なんか久しぶりだね」
いっときは毎日来ていたのに。2回目をしてしまったあの日帰ってからはずっと会ってなかった。
「お花の創作忙しいって聞いてたし、あんまり邪魔してもなあって」
「会社では作ってないよ」
私は笑いそうになるのをこらえた。
「いや、でもほら、俺、黙っててもうるさいって言われるし」
潤くんは不服そうに唇を尖らせた。
「黙っててもうるさい・・・」
私は堪えきれずに吹き出した。潤くんを表すのに、的確な表現だ。
「俺ってそんなうるさいですか?」
「そんなことないよ・・・」
私は笑いが止まらない。爆笑ではないが、くすくす笑ってしまう。
「でも元気そうでよかったです。創作で疲れてないかなって心配だったんで」
「あ・・・うん。それは大丈夫。ありがとう」
すると、潤くんが、小さな箱をカウンターに置いた。
「これ、クライアントからサンプルでもらった入浴剤です。よかったら使ってください」
「あ・・・りがとう」
「じゃ、俺、戻ります」
潤くんは、光先輩やヨシダさんに聞こえないくらいの声で
“またLINEします”
と、言った。
*** 次回は11月5日(金)21時頃更新予定です ***
雨宮よりあとがき:最近琉生をほったらかしになっているので、久しぶりにさとみとの絡みで、ほんわかするように書いてみました。
明日も書きますよ!
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