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思い出は私達を紫に染める

「結婚してるんやろ。まさかアオイが二児の子持ちとはなあ」

赤井先輩がホットドッグにかぶりつきながら言った。

昼下がりの喫茶店。12月という忙しない季節なのに、“喫茶店パーク”はゆったりとした時間が流れている。私の地元は随分田舎だが、駅前の桂町は少しだけ栄えていて、大きなスーパーマーケットもある。パークはそこから少し離れた場所に、20年以上前から存在する。

今日は、会社員らしき人と、年配の二人組がいるだけ。静かな店内。

「赤木先輩、パークのホットドッグ好きなのは、変わらないんですね」

私は少し嬉しくなった。

「だって、ここに来たら、これやろ」

丸メガネに無精ひげ。サークルに居たときから胡散臭いとか、詐欺師っぽいと言われていた赤井先輩は、40過ぎた今でも全然変わらない。

「そんなこと言うたって、先輩だって妻子持ちやないですか。お嬢さん、4歳でしたっけ。SNSで見ましたよ。めっちゃかわいい」

SNSからは幸せが溢れていた。そうだった。赤井先輩はふざけた見た目とは裏腹に、とても努力家で、冷静な判断を下す、サークルでの中心人物だった。いつも的確な判断で、ともするとぐちゃぐちゃになりそうになるバンドサークルをまとめていた。奥さんとも、結ばれるべくして結ばれたんだろう。

私は今日会う先輩との話題のために、先輩のアカウントを2年分くらいさかのぼり、見まくったのだ。

「アオイんとこは、小学生二人だっけ」

「そうです。小4と小2。男二人で大変ですよ。旦那も帰ってくるの遅いし、ほぼワンオペで」

大学で有名人だった赤井先輩と、子供の話をしている自分が信じられない。

たまたまSNSで繋がって、懐かしくてコメントを書き込んだら、10年ぶりくらいに会うことになった。

「はあああ。アオイが子持ちとは、俺も歳とったわあ。アオイ、20歳くらいで止まってんねんけど」

「そんなわけないでしょう、きっちり40歳になってますよ」

「SNSのおかげで結構昔の知り合いとも会うてんけど、白髪増えたなって言われるわ」

「白髪以外は全然変わってないですよ」

私もたまごサンドを頬張りながらいった。ギターを弾いていたゴツゴツした指、ちょっと猫背で、いたずらっこがするような、上目遣い。

こうしていると、20年前にタイムスリップしたのかなと思う。

夜はライブバーとして貸し出しているパークは、時が止まったかのように、何も変わっていない。あの頃、バンドサークルで出会った私達は、毎晩誰かの演奏を聴きにここに来ていた。

「赤井先輩はまだバンドしてるんですよね」

「まだって言うなよ」

関西人特有のツッコミで赤井先輩が笑うが、私は口を塞いだ。

「やってるよ。遊び程度に」

赤井先輩がにやっと笑う。先輩はギターボーカルで、歌もギターもめちゃくちゃ上手かった。そして、めちゃくちゃ、かっこよかった。私も、サークルの誰もが赤井先輩のステージに釘付けだった。

「もう、プロ目指さないんですか」

「なんでやな。そういう歳やないやん、俺ら」

先輩のツッコミで、私は自分がした失言に気がついた。赤井先輩は笑顔のままアイスコーヒーを吸う。半分くらい一気に減ったコーヒーのせいで、氷がカランと音を立てた。

「だって、一回はデビューしたのに。なんかツテとかで」

私は自分の失言を取り繕うように、早口で言った。そう。赤井先輩は有名なレーベルから、一度デビューしている。学生サークルで組んでいたバンドを元に、何度かメンバーチェンジを繰り返しながら、27歳でデビュー。

ロックバンドでは遅咲きなのかもしれないが、東京の有名レーベルからデビューした、というので、地元はかなり盛り上がったのだ。

私も、サークルの2つ上だった赤井先輩が芸能人になった、とめちゃくちゃ嬉しかった。

サークルでは挨拶と、打ち上げで一言二言しか交わしたことがないにも関わらず、自分の兄がデビューしたかのように、周りに自慢したものだった。

地元近くでライブがあった時は、会社の友達を誘ってこっそり見に行った。

こっそり行ったつもりが、ライブハウスの通路で会ってしまい、

「おー、アオイ、来てくれたの?ありがとなあ」

と笑ってくれたのは、密かな宝物だったのに。

しかし、そのバンドはシングルを2枚とアルバムを1枚出した後は、売れ行きが振るわなかったようだ。上京後2年くらいでバンドが解散。レーベルからも解雇されたらしい、と、風のうわさで聞いた。数年前、会社を興すのに地元に帰ってきた先輩に、その話をする者は皆無だった。

私も気がつけば、会社で知り合った同い年の旦那と結婚し、二児を授かり、あっという間に40だ。数年前にパートに出始めたものの、音楽とは無縁の生活になっていた。

「レーベルをクビになってから、もうあかんなと思って。これから高齢者が増えるやろ。だから介護の仕事ならしばらく食いっぱぐれないとおもったんだよね。だから資格取りつつ、10年やって、2年前にこっち帰ってきて独立したんや」

「すごい。先輩ってフラフラしてるように見えて、ちゃんと計画してますよね」

「いうなや、そういう恥ずかしいこと。俺はフラフラしてるって言われたいし、そう見られたいねん」

「先輩が実は冷静で、いつも的確な判断をしてるっていうのは皆知ってますけど」

デビューに向けた道筋だって、フラフラやっているように見せて裏でコネクションを作り地道に営業していたのは知っている。そのツテを辿ったら、いつでもミュージシャンとしてやっていけそうなのに。

「今の生活も気に入ってるんよ。介護の会社経営して、普通に飯が食えて、かわいい嫁さんと娘がいる。音楽は、趣味でいいんだ」

奥さんは東京で知り合ったと聞いた。きっとキレイな人なんだろう。こんな田舎によくついてきてくれたな、とも思う。でもそんなことは言えない。

昔の私なら、ずばっと言っていたかもしれないが、もういい大人だ。何を言っていいか悪いかくらい、分別はつく。私は何を話したらいいかわからずに、アイスのカフェオレをちょっと飲んだ。

「ほら、サークルでヒロっていたやん。アオイと同い年の。あいつが今、国道沿いのブルースビートってライブハウスで店長やってんねん。だから、あそこで時々やらしてもろてる」

「ええ、ブルースビートって久しぶりに聞いた。まだあるんですね」

「まだって言うなよぉ。ほんとにアオイにとって、過去のことなんやな」

まあ、俺らが変わってなさすぎるだけかあ、といって、赤井先輩は頭を抱えながら笑う。

それを見ながら、私は心底落ち込んだ。顔には出さないけど。

ああ。私は。なんて気の利いたことが言えない子なんだろう。学生時代と全然変わらない。昔からこうだった。

ヒロは、私とバンドを組んでいたドラマーだ。大学の終わりから、ブルースビートでバイトをしていると聞いていたが、続いていたのか。すごい。

「でもそういうクールなところが、アオイも変わっとらんな」

「そうですか?老けただけですよ、私も」

「そんなことない。めっちゃべっぴんさんになってるから、わからんかったもん、一瞬」

「化粧がうまくなっただけです、昔はほぼすっぴんだったので」

私の失言は無かったかのように流され、赤井先輩と軽口を叩く。赤井先輩はいつも優しい。失言なんて責めない。聞かなかったことにしてくれるか、笑いに変えてくれる。私はそんな気の利いたことができない。

いつも気の利いたことが言えなくて、思ったことをストレートに口に出してしまうから、毒舌とか、クール、と言われているキャラだった。

そんな私をいつも赤井先輩は

「アオイはクールでかっこいいなあ」

とか

「毒舌ちゃうで。正しいことをちゃんと言えてるアオイはすごい」

とポジティブに言ってくれていたのだ。私はそれが嬉しかった。

「ここのマスターも変わらないですよね」

「せやな。玉手箱開けてへんねやろな。開けたらどえらいことになるんちゃう」

赤木先輩お得意の冗談で、私がくすくす笑う。本当に大学時代に戻ったかのようだ。

聞こえていたのか、マスターからチラチラ視線を感じる。

「まずいかな、話題変えよか」

赤井先輩は丸メガネの中から、いたずらっぽく笑った。

私達はそれから学生時代の話に興じた。だれそれが付き合っていただの、別れただの、飲み会での失敗談。懐かしい話題がてんこ盛りだ。久しく大学時代を知る人と会っていなかったので、昔話が今の話題かと錯覚するほど楽しい。

私がたまごサンドを食べ終わり、口を拭いたタイミングでマスターがこちらにやってきた。

「キミら、優南大学の子らちゃう?」

「あ、そうです。昔、お世話になってました」

赤井先輩ががばっと立ち上がって、一礼する。私も慌てて立ち上がって、真似してお辞儀をする。

「やあやあ。そんな、学生じゃないんやから、楽にしいや。大人になっても来てもらえるなんて、嬉しいわ。特にキミ、全然変わってないからすぐわかった。赤井くんだろ」

「ありがとうございます。すっかりご無沙汰してまして。俺もしばらく地元離れてて、数年前にこっち来たんですけど」

「ああ、聞いてるよ。駅前で介護の会社やってるんだろ。俺の周りでも世話になってる人いるって、話に聞くから」

「わあ、そうですか。ありがとうございます。利用者さん?誰やろう?」

「ほら、境町の安井さんとか、光が丘の飯塚さんとかツレやねん。おたくのデイケア行ってるって聞いたわ」

「わー、そうなんですねえ。知らんかった。ありがとうございます」

赤井先輩は名刺を取り出して、マスターに渡す。営業モードだ。

「実はこの店、3月で閉めようと思ってるんだ。だから懐かしい顔が見れて嬉しいよ」

マスターは赤井先輩の名刺をなでながら、言った。

「え、そうなんですか」

「ああ。こう見えて俺ももう来月80になるんでね」

「ええ?!見えない!!」

私と赤井先輩は口を揃えて叫ぶ。50代くらいかと思っていたので、本当に玉手箱に歳を封印しているのかもしれない。

「跡継ぎでもいたらいんだけど、娘二人は嫁いでいるし、もう歳なんだから辞めなさいってばっかり言われてねえ」

「そうなんですか、じゃあ、俺、継ぎましょか」

「ははは、赤井くんなら頼もしいな」

マスターと赤井先輩が笑い合う。

そうか。ついさっきまでタイムマシンに乗って、学生時代に戻ったつもりでいたが、どんな場所も永遠ではないのか。私はいきなり現実に引き戻された。私達はもう学生じゃない、ただの40歳のおばさんと、42歳のおじさんだ。

「店閉めてボケたら、責任持って赤井くんのところで介護受けさせてもらうように、家族に言っておくから」

「いやいや~、マスターはボケんでしょ、150くらいまで生きてくださいね」

流れで私達はなんとなく、会計をして店を出ることになった。

「閉まるまでにまた、来ますね」

赤井先輩はマスターの手をぎゅっと握った。

「おお、待ってるよ」

「アオイ、また、サークルの誰か誘って来ようや」

「あ、はい!」

急に話を振られてびっくりした。

「何人か繋がってる人に連絡してみます!」

学生時代の体育会系サークルなノリで思わず返事をしてしまった。それに気がついたマスターと赤井先輩が笑っている。私も照れ笑いで返した。

それからマスターがドアを開けてくれて、私達が階段を降りるまで見送ってくれた。

「アオイ、車?」

「はい、スーパーの前にあるコインパーキングに停めてます」

「俺も同じやわ。一緒にいこ」

「はい」

赤井先輩と並んで歩くと、未だに緊張する。夫婦でもなく、カップルでもなく、微妙な距離で歩く。

並んで歩いているところを見られたら、不倫だと思われるだろうか。田舎はいつもそんな噂で賑わっている。ってそんなわけないか。意識してるのは私だけなんだろうな。

赤井先輩は歩きながら、タバコに火を付ける。私の旦那は吸わないので、匂い付かないかな、と頭をかすめた。

「俺、もーちょっとダラダラあそこで話そうと思ってたんだけど。タイミングわりぃな、マスター」

「ですね。もうすこし長居させてくれたら、コーヒーあと一杯ずつくらい頼んだのに。商売下手だな」

私は、あ、これも毒舌になるかな、と思ったが、赤井先輩は気にしていないようだった。

「なー。どうする、今から」

どうする、と言われても。腕時計を見ると14時をすぎたところだった。中途半端な時間だ。子どもたちもまだ帰ってくる時間ではない。

「ホテルでもいく?」

「は?」

予想外の言葉に、驚いて私が赤井先輩を見返すと、赤井先輩は丸い眼鏡を刷り下げながら、ゲラゲラ笑っていた。あ、からかわれたのか。

「アオイ、いまでも冗談通じないよなー。失楽園、する?」

私はちょっとムッとして、言い返した。

「ふるっ。今は、あれですよ、昼顔」

私は負けじとツッコんだ。

「それも相当前じゃね?」

ケタケタ笑い続けている赤井先輩を横目に、ちょっと本気にした自分が、恥ずかしくなった。

「帰ろか」

赤井先輩は無精髭を撫でた。先輩はいつも的確な提案をする。失言ばかりの私とは大違いだ。

「ですね」

私達はコインパーキングに入る。

「一個さあ、すげーどうでもいい話していい?」

「あ、はい」

「俺、多分サークルんとき、アオイのこと好きだったんだよね」

「え?」

また、からかわれてるんだろうか。先輩の顔はいつも笑顔だから、本気なのかふざけてるのかわからない。

「だから、デビューライブのとき、来てくれてめちゃ嬉しかった。もう忘れられてると思ったから」

「忘れるわけ・・・ないじゃないですか」

あんなかっこいい先輩なのに。未だに私の中で輝いている先輩なのに、何を言ってるんだ、この人は。

「いや、だって俺、あん時27でさ、みんな普通に就職して何年か経ってる歳でさー。なんか恥ずかしいやん?だから誰にも来てくれって言えなくて」

え?そうだったんだ。意外な告白に、自分が好きだと言われたことより、驚いた。

「だってあの時、地元大騒ぎで。凱旋ライブだって、結構こっちから行った人いると思います」

「うん。でもアオイ一番最初に並んでくれてて、ステージの俺のまん前に立ってくれてただろ。他にも知った顔あったけど、それがめっちゃ嬉しかってん。だかたもっとちゃんと話しとけばよかったって思ってて」

そうだっけ。そうだった、ような気がする。チケットを取るのに一生懸命電話をして、友達を誘って、電車を乗り継いでライブハウスに行ったことを、昨日のことのように思い出した。めちゃくちゃ恥ずかしい。すごいファンみたいじゃないか、昔の私。

「ライブハウスの廊下で会った時、待っといてって言って話ししてたら何か変わってたのかなーと思って。なんとなくずっと心の中にあったから。今日会ったら言おうと思ってて」

「ありがとうございます。私も先輩のこと好きだったので嬉しいです」

私もスルッと、好きだと言えた。

田舎の。スーパーマーケットの前の、コインパーキングで。

ロマンチックでもなんでもない。

都会のレストランでも、海の見える公園でも、ない。

ただの、おじさんとおばさんが過去の話しをしているだけ。

なんでも無かったかのように。だってもう40過ぎた大人だから。今もひっそり進行形だとしても、過去のこととして、普通に笑って、言える。

ああそうか。先輩もきっと、そんな感じなんだろう。

「そっか」

私達はお互いに笑いあった。

「じゃあ・・・失礼します」

「ああ、また、連絡するわ。さっきの、みんなで“パーク”に行く話、実現しよ」

「はい!」

私たちはすぐ近くのコインパーキングで別れた。私は自分のクリーム色のラパンに乗り込む。先輩の車は奥の方にあるレクサスだった。

私は黒いレクサスが動くのをじっと見ていた。しばらくして先輩のレクサスは精算を済ませ、スーッとパーキングを出ていった。

私はしばらくそのままでじっとしていた。

今更好きだったと言われても。お互い結婚していて、子供もいる。あの時に言っていたら何か変わっていたのだろうか。そんなことを考えても、現実はお互い家庭がある、ただの同じサークルだった先輩と後輩だ。

「もっと早く言ってくれたらよかったのに」

私は自分のことを棚に上げて、先輩を毒づいた。

それから、何回か赤井先輩と連絡を取ってみたが、時間が合わず、閉店までに喫茶店パークに行くことは叶わなかった。

3月の声を聞く頃。一通のハガキが届いた。自分宛てに来るのはDMぐらいなのに、癖のある手書きで、円谷葵様、と書いてある。赤木先輩の会社からだった。どうやってうちの住所を知ったんだろう。

裏面を見て、私は驚いた。

“「NPO法人あかぎのひろば」は、喫茶店パークの経営権を引き継ぎ、桂町の音楽と憩いの場として再び・・・”

先輩の判断はいつも的確だ。

ハガキには、経営者とは思えない、丸メガネで無精髭でおどけた顔の赤木先輩が、喫茶店パークのマスターと一緒に写っていた。


***おわり***

あとがき:あけましておめでとうございます!もう19日ですが!雨宮です。1年間書き続けた「私たちはまだ恋をする準備ができていない」を終えて、全然何を書いたらいいかわからず!!こんなに間が空いてしまいました。

やみくもに何かをするのが苦手なので、いろいろ計画したり、恋愛中の女子を励ますエッセイをかこうかなとか、考えてたんですけど。冷静になって20代30代女子に40代のBBAからそんなもんいらんかなーと思って。やっぱりここは小説アカウントにしよー、ということで短編小説を書いてみました。5000字程度に収めたかったんですけど、無理でした。「わた恋」の由衣同様、若干この話しも自分のエピソードが入ってまして、赤井先輩とか、知ってる人が読んだら「これ◯◯さんのことやん」ってバレてまうよーな話しになっております。告白はされてないですけどね・・・私が未だに好きなだけです・・・ええ。

そんなかんじで、今年も週イチくらいは書いていけるかなーと思うので、時々読んでいただけたら幸いです。

今日もお読みいただきありがとうございました☆





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