私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #156 Yui Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。さとみと志田は関係をもってしまうが、さとみが自分に向き合うことで、このまま志田と付き合うことも、琉生と結婚することにも違和感を感じ、双方に別れを告げる。志田と琉生の上司、斎藤は、社内で由衣と不倫をしていたが、妻の光に多額の慰謝料を払うことで離婚を成立させた。由衣は妊娠が判明したところで、斎藤が失踪。今回の話はあれから3年後の由衣の話です。
「マーマー、マーマー」
「由希、ママお仕事中だから!お仕事中はお人形で遊んでてっていってるでしょ。それかばあばのとこに行って、遊んでもらって」
娘の由希は3歳になった。
年末、拓真が失踪した後、年が明けた3ヶ月後、私は会社を辞めた。そしてシングルで由希を産んだ。
拓真は結局見つからなかった。国内にいるのか、海外に飛んだのかもわからない。元奥さんの光さんも手を尽くしてくれたが、見つかることはなかった。
由希が生まれる頃、ひょっこり戻ってくるんじゃないかと期待したが、それもなかった。
私の両親も、結婚相手になると思っていた拓真に激怒した。が、相手が失踪しているので、どうしようもない。パパもいろんな手や人脈を使って探し出そうとしたが、無理だった。
私は出産後、実家で子育てをしながらフリーランスという形で、デザインの仕事を、ほそぼそと請け負うようになった。ほとんどは以前働いていた会社からの仕事で、ちょうど社内での人手不足で外注にシフトしていこうとしていたタイミングだったらしい。
「由衣に頼みたいっていう人が結構いるんだよ」
そう言って、仕事をつないでくれたのは琉生だった。
私に頼みたいと言ってくれる人がいるほど、真面目に仕事をしていたつもりはない。あの頃は、結婚するまでの繋ぎ程度にしか思っていなかったのも事実だ。しかし、退職後、本当に社会との接点がなくなったときに、ものすごく怖くなった。
「なんとなくね、遅かれ早かれパパもママもこうなるって思っていた気もするのよね。由希は可愛いし、3人で大事に育てていけばいいわよ」
ママはそう笑って由希の面倒を見ていたが、家事手伝いから世間知らずでお見合い結婚をしたママと同じにはなりたくなかった。だから、一日数時間でも仕事が出来るのは、嬉しい。
時々、琉生からくるメールで、社内外のことが知れるのも楽しかった。
社会と繋がれていることのありがたさは、会社員の頃には感じられなかった喜びだ。私に頼みたいと言ってくれている、という話は、琉生の方弁かもしれないが、こうやって仕事を回してもらえることがありがたい。
住む場所や金銭面は実家には頼り切りだけど、多少でも自分で稼げることも喜びだった。もともとあくせく働いているわけじゃない両親は、孫の由希をかわいがってくれている。シングルマザーとは言え、ほとんど悲壮感もなく毎日楽しく暮らしているのだ。
おもちゃに飽きた由希が、ふいに窓の外を指さす。
「じゅんくんきた」
黄色い車が遠くからうちの方に向かってくるのが見える。
「ええ?またぁ?」
そしてその車が、うち車庫に入ってくる。
あいつ・・・一昨日も来たじゃん。私はマウスを触る手を止め、車から出てくる人影を確認した。
志田がいくつかの袋を持って、建物の中央にある玄関に向かってくる。
階下でチャイムが鳴る音。バタバタと足音が聞こえたから、お手伝いのタナカさんか、ママが対応しているんだろう。
私は知らんぷりをして、パソコンに向かって仕事を再開した。しかしそれは、ママの声で再び中断される。
「由衣ー!潤くんよ?上がってもらっていいわよね?」
ママが下から叫んでいる。
「午前中は仕事中って言ってるじゃん!ママが話したかったら、そっちで話しててよ!」
私も叫び返す。仕方なく椅子から立ち上がると、私より先に由希が階段を駆け下りた。
「由希!こら!駆け下りたら危ない!」
「じゅーんくーん!」
階段から飛びおりて、由希が志田に抱きつく。
「ゆきちゃーん、久しぶりー。会いたかったー」
志田も負けじと由希をぎゅうっと抱きしめる。
「・・・あのさ、一昨日も来たじゃん?」
私はきゃっきゃと抱き合う二人を、冷めた目で見つめた。
「一日空いたら、久しぶりってかんじするよね?」
「ねー!」
「バカップルか」
あの日「頼ってくださいね」と言った志田に、頼ったつもりは毛頭ない。にも関わらず週2,3回、3年も続けて顔を出してくれる志田。
私は・・・心強いのを通り越して、ほんと馬鹿でお人好しだな、と思って見ている。
「で、なんなの、今日は」
「営業先のデパート行ったら、地下で美味しそうなお弁当見つけたから。お義母さんと食べようと思って。タナカさんもいるよね?由衣さんも食べる?」
重そうな袋を自慢げに持ち上げる志田。その大きな袋は弁当だったのか。時計を見ると11時半を過ぎたところだった。
「いや、いつも言ってるけど、あんたの義母じゃないからね?うちのママ」
志田は私の言葉を無視して、由希に話しかける。
「由希ちゃんのために、苺のケーキも買って来たからね」
「わーい!やったあ」
由希にケーキの入った箱を渡す、志田。
「ねえ!一昨日あんたが持ってきたバームクーヘンも、まだ食べ切れなくて残ってるんだけど?」
「いいじゃん、いいじゃん。由衣さんが夜食にでも食べれば。あの日、由希ちゃんが苺のケーキが良かったっていってたからさあ」
甘い・・・甘すぎる・・・。こいつが父親になったら、どうなるんだろう。
「なに、潤くん、お昼買ってきてくれたの?嬉しい!みんなでいただきましょう」
全部、奥で聞いていたであろうママが顔を出した。志田の袋を覗き込むと、おいしそう!と感嘆をあげた。
「じゃあ、タナカさんとお味噌汁作るわね。ちょっと待ってて」
お手伝いのタナカさんもニコニコしている。私以上に馴染んでる志田。
「潤くん、今日も泊まっていくでしょ?多分パパも早く帰ってくるから、一緒にお酒飲んであげて」
ママはそう言うと、上機嫌でキッチンに向かっていった。
「ありがとうございます!」
志田はめっちゃ笑顔で、返事をした。
***
「あー・・・いいっ。そこ・・・」
私はベッドの上で声を上げる。
「ご両親に聞かれたら誤解されるやつですよ」
ゴロンと寝転んだ私の上に志田が乗っている。
ただしエロいことをしているわけではない。れっきとしたマッサージ。パソコンを使う仕事で全身がバキバキに凝っている私に、志田は来るたびにマッサージをしてくれる。
「だあっってさあー。一日パソコン向かいっぱなしだと、ホント肩凝るのよ。由希もまだまだ抱っこ抱っこって言うし」
「こことか、めっちゃ凝ってますよね」
自分で揉めない肩甲骨の下を、グイグイ押される。
「うぅ・・・痛い・・・けど、いい・・・」
私はうつ伏せになったまま、呻く。
「そう言えば」
不意に思い出したかのように、志田が話題を切り替えた。
「さとみさんが、来月会社辞めるみたいです」
「わあ、その人の名前、久しぶりに聞いた」
正直、琉生からも聞いてないし、志田から聞くこともなかった。
「そーなんだ。次、何するの?寿退社ってわけでもないでしょ」
「はい、なんか大手の花材メーカーにスカウトされたみたいで」
「へー、すごいね。つーか、あの人とそういう話する仲に戻ったんだ」
「え?由衣さん辞めたあともずっと飯とか行ってましたけど」
その言葉を聞いて、ちょっとむっとした。なんだ、振られたって言われたからてっきり距離を置いてたと思ってたのに。私が聞いてないだけで、切れてなかったのか。むっとしたのが伝わったのか、志田が慌てて否定する。
「あ、振られてからは、一切付き合ったりとかしてないですからね」
「別に、そんなこと言ってないでしょ」
「ヤキモチですね?」
志田がぎゅうっと肩の下側を押す。
「いーたーいーっ!けど、そこ、いいわあ。もっと、ぎゅーってして」
半分喘ぎ声、半分うめき声、のような声を上げる私を、志田が後ろから抱きしめる。
「もー、由衣さん。そういう声出したら、我慢できなくなるからだめって言ってるでしょ」
キングサイズのベッドの中央で寝ている由希を端に寄せると、志田が絡みついてきた。
「いつになったら、結婚してくれるんですか」
志田が首筋にキスしながら、囁く。
「そもそも付き合ってないじゃん」
結局、出産後、私達のセフレ解消は“解消”され、かといってちゃんと付き合おうというわけでもなく、なし崩しに身体の関係が続いている。
「ずっと好きですって言ってるじゃないですか」
身重だった私を心配して、頻繁に“お見舞い”に来てくれた志田のことは、“理解ある新しい彼氏”として、両親に認識されている。私の中では全然彼氏じゃないんだけど。
「もう斎藤部長を待ってるわけじゃないでしょ」
「さすがに、それは無いわ」
でもいつも想像する。拓真と、街でばったり会ったらどんな顔をしてしまうんだろう、と。これはやっぱり、どこかで待っている気持ちがあるんだろうか。
「ご両親にも気に入られてますよ、俺」
いつの間にかマッサージをやめた志田の手が、部屋着の中に入ってくる。
「・・・じゃあ、由希が二十歳になったら」
「そしたら由希ちゃんと結婚しますよ、俺」
「絶対、反対する」
由希が二十歳になったら、お前四十代だぞ。私は志田の唇に噛み付いた。
「やっぱり、ヤキモチですね?」
「ほんと、ポジティブだよね、あんた」
この期に及んで、志田を選べない私は、本当に男を見る目がないんだろうなあと思った。
*** 次回は12月31日(金)21時頃更新です ***
雨宮よりあとがき:あのまま終わらせると由衣の魂が成仏できなそうなので、出産後の話を書いて見ました。どこか途中でも書いたんですけど、由衣の性格&学生時代~不倫のエピソードはほぼ私の実体験をもとに書いています。ただ“二回目”の妊娠で不倫相手に逃げられたときにシングルマザーを選べなかったところは、唯一違うところでして(歳も由衣より若い、21だったしな)。由衣には幸せになってほしいなと思っています。
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