私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #150 Ryusei Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係をもってしまう。琉生は知らず、さとみの両親へ挨拶を決行。さとみは琉生に別れを切り出せないまま、志田と二度目の身体の関係を持つ。今はフラワーアレンジメントの展示会が始まり、三人の日常が戻ってきた。
さとみのフラワーアレンジメントの展示。さとみが受付当番の時間は過ぎてしまったが、ホテルのロビーだからまだ見られるだろうと思って、覗いてみた。
静かだったらどうしよう、と思ったが、ロビーは宿泊客や、レストランを利用した客でごった返していた。
俺はその人込みにまぎれ、ガラスケースに入った作品ひとつひとつを見ていく。
あ、これだ。
家で作ったものを見せてもらった時と、こうしてホテルでガラスケースに入れられているのを見るのでは、全然違う。
「すごいな・・・」
身内の贔屓目かもしれないが、華やかさ、けばけばしさが目立つ作品が多い中、さとみのは色合いも上品だし、絶対センスある。斎藤部長じゃないけど、うちの会社で働いているより、こういうセンスを生かして起業したらいいのに。前に話した時には一蹴されたけど、ネットショップを作って売るくらいなら、俺がサポートするのに。
さとみの作品が見られたので、立ち去ろうとしたとき、小さなボックスが置かれているのに気が付いた。
「へえ、人気投票あるんだ」
俺はもちろんさとみの作品の番号を書いて、投票しておいた。
さとみは友達と飯に行ってるっていうし、俺もこの辺で何か食べて帰ろうか。俺はさとみのフラワーアレンジメントの会場のホテルを後にした。
***
「さとみ?」
飯を食い終わり、ふと目の前を歩いているカップルの後ろ姿が目に留まった。絶対に知っている二人だった。
「え?」
2人が振り返る。
さとみと、志田だった。ふたりとも、振り返ったまま、固まっている。
手をつないだ、まま。
「どういうこと?ソレが、友達?」
俺がさとみに詰め寄る声は、かすかに声が震えていた。
「これは・・・」
怒りなのか、情けなさなのか、悲しみなのか分からない感情が俺の中に込み上げてくる。
「志田なら、志田とって言えばよくね?なんで嘘吐いてんの?お前ら、なんなの?」
俺がさとみの肩を掴んだところで、志田が割って入ってこようとした。
「琉生さん、すいません!これは・・・」
「お前には訊いてねーよっ」
がつっとに鈍い音がして、自分の右手に痛みが走る。
「潤くんっ」
さとみが目の前から消えたのが、倒れた志田を起こそうとしゃがみこんだから、と言うのがわかり、そこで俺は初めて志田を殴ったという事実に気が付いた。
「殴ること、ないじゃないっ!」
さとみが志田を起こしながら、涙を浮かべている。
「は?人の彼女盗るとか、殴られて当然だろ?」
俺は地面にいる二人をわなわなと震えながら、見下ろしていた
「や、大丈夫です、俺は。殴られてもトーゼンなんで」
志田が殴られた時にできたであろう、唇の血を拭いながら立ち上がった。
「さとみさん・・・さっきの話、するなら今だと思うんです。俺は大丈夫なんで、琉生さんと・・・帰ってください」
「さっきの話?」
俺は尋ね返したが、さとみは俯いて志田の袖を握っている。
「あ、タクシー!」
志田が手を挙げて、通りかかったタクシーを停めた。
「はい、これ、さとみさんのバッグ。俺も、明日は普通に出社するんで。ちゃんと二人で話合ってくださいね」
志田がテキパキと俺とさとみをタクシーに放り込み、運転手に最寄り駅とマンション名を告げる。なんで志田が俺たちのマンションを知ってるんだ。
俺は怒りが収まらないまま、無言でタクシーに揺られて家路についた。
***
「説明、してもらおうか」
俺はダイニングテーブルについて、ネクタイを緩めた。
「ん・・・。その前に・・・寒いからお茶、入れるね」
確かに。いつもは大体さとみが先に帰っているから、温まっている部屋。今日は今の俺たちのように冷え切っていた。
さとみは、コーヒーメーカーにひとさじのレギュラーコーヒーと一杯分の水をいれてスイッチを押した。その後、別で電気ポットで湯を沸かし、ガラスのポットにハーブティーを入れる。
俺にはコーヒーを。自分にはハーブティーを淹れ、俺の前に座った。
「ごめんなさい。ずっと琉生に隠し事してた」
俺は耳をふさぎたくなるような、全部洗いざらい聞き出したいような複雑な気持ちに駆られた。さとみはそのまま続ける。
「夏くらいから・・・志田くんと浮気してた」
「夏・・・」
俺は軽くめまいを覚えた。
一体、いつ?ほとんどさとみは俺と居たじゃないか。いや、確かに夜遅くなったことは何度かあったが・・・。
真面目なさとみだから、飯を食いに行ったとか、手をつないだくらいでも“浮気”と言っているのかもしれない。俺は努めて冷静に尋ねた。
「浮気って・・・身体の関係はないだろ、さすがに」
「・・・・・・・・・・」
さとみはハーブティーの入ったカップを抱えながら、黙っていた。なかったら、無いとか、うん、とか、言うだろう。黙っているということが答えだった。
「何回、したの」
俺は諦めの境地で、呟くように言った。こんな尋問、無意味なことはわかってるのに。
「に・・・回・・・・」
二回か。正直、身構えた数字より少なかったので、安堵してしまった自分がいる。
「それって、無理矢理ヤられたとか、押し倒されたってこと?」
その回答によって、志田をしばきあげて、俺らは元通り、ということがないわけでもない。俺は、うん、とか、そう、と言ってくれるさとみの答えに期待した。
しかしその期待はあっけなく打ち砕かれ、あっさりと否定された。
「違う。私の、意志」
俺は小さくため息をついた。今度は俺が黙る番だった。これ以上、訊くことはない。いや、訊きたいことはあるような気がしたが、頭の中が真っ白で何も言葉が出てこなかった。
俺は、何を言うべきなのか、ゆっくり頭の中を整理した。
さとみはずっと、下を向いている。俺は呼吸を整えて、言葉を絞り出した。
「何・・・じゃあ志田が言ってた“話”って・・・俺と別れてあいつと付き合うってこと?」
さとみがじっと考えている。選択に迷っているのではなく、言葉を探しているようだった。
「違う。志田くんとは付き合わない・・・」
言葉尻が震えていて、泣くのを堪えているようだったが、俺はそれが無性に腹立たしく感じた。泣きたいのはこっちのほうだ。被害者ヅラされても困る。
「じゃあ、なんなんだよ。俺、浮気されて、はいそーですか、って戻れるほど、出来た人間じゃねーんだけど?!」
思わず声を荒げてしまった。さとみがギュッと目を閉じる。
「ごめん・・・琉生とは別れたい・・・結婚も・・・できない。でもそれに志田くんは、関係ないの」
さとみの目からぽろぽろと涙が落ちた。
「泣かれても・・・」
俺は全部をめちゃくちゃにしたい衝動に駆られたが、さとみを殴るつもりもないし、物に当たっても仕方がない。行き場がない怒りをどうしていいか分からず、とりあえずコーヒーを一口飲んだ。ただの熱くて苦い液体が喉を通っていく。美味しさなど、感じない。
「全然、意味わかんねーわ」
俺はもう投げやりだった。いつも大事にしてきたさとみにこんな形で裏切られるなんて。吐き捨てるような言い方をしてしまったが、今は仕方ない。
「志田くんの、さっきの話っていうのは・・・」
さとみが、ぽつぽつと話し出した。
今まで彼氏と付き合うのも、別れるのも、全部相手の言いなりだったということに気付いたという話。俺とも、そうだったと。好きって言ってくれてるんだし、付き合おうかな、という程度だったと。
志田とも同じで、最初は嬉しくて、食事にもいったし、身体の関係も持ってしまったと。その時は満たされた感じがしていたが、時間が経って冷静になると、自分の意志ではなく、ただ周りに流されているだけだと気づいたという。
「恋愛って、そういうもんじゃないの?最初はそりゃあ、浮足立つこともあるだろうし、関係性とか相手への感情は変わっていくじゃん。俺だって、さとみを想う気持ちっていうか・・・・好きなことには変わりないけど・・・最初みたいに浮ついた感じじゃなくて、もっとしっかり・・・」
恋愛や恋人同士の変化を、理路整然と言葉にするのは難しい。しかし、俺だってさとみを無理に付き合わせているつもりもないし、さとみが人に流されているタイプだなんて、思っていない。
「そういうことじゃなくて・・・志田くんにも言ったんだけど、お花を習うようになって、もっと突き詰めて勉強していきたいと思ったんだ。あと、仕事ももっと頑張りたい。総務だから、定時で帰れるしって持て余してるんじゃなくて、資格を取ったり、上に行きたいって思ったの。初めて、自分で何かをちゃんとやりたいと思った」
「だからって、花習うとか、別に恋愛しても結婚しても、できるじゃん」
「出来ない・・・」
「なんで、出来るよ」
「不器用だもん、私。また流されちゃう」
「流されてないよ、さとみは」
「結婚が嫌なの?だったらまだ・・・」
「そういうことじゃなくて」
さとみが意を決したように、一呼吸置いて、言った。
「一度、全部リセットしたい」
*** また明日更新します ***
雨宮よりあとがき:この話、このままいくらでも書ける―!!と思ったんですが、一旦切りました。他の話とバランス悪くなっちゃうんで。1ヶ月近くかけてなかったので、一回一回の文字数が多くなってしまいがちです。すみません。
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