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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #152 Yui Side

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係をもってしまう。ある日、さとみと志田は二人で食事をしていたことが琉生にバレ、志田は琉生に殴られた。志田の元セフレ、由衣は琉生・志田の上司の斎藤拓真と不倫をし、妊娠が判明。離婚手続きが進まない中、斎藤と別れるかどうか葛藤している。

「あれ・・・」

起きると、拓真のマンションのベッドだった。

志田の部屋に行ったのは覚えてるんだけど。検査薬で陽性だったのも・・・。夢?ベッドの脇に置いてあったバッグから、検査薬の空箱が見えた。ああ、あれは夢じゃないのか。私はため息を吐いて、起き上がる。

検査薬の“現物”はどうしたっけ。記憶を辿るが、思い出せない。

ふと時計を見るともう、7時半だった。

「やば。会社・・・っ」

布団から飛び起きたタイミングで、ドアが開いた。

「起きたか」

身支度を終えた、拓真だった。

「今日は休め」

端的に言われた。

「ずっと具合悪そうだったんだって?・・・志田から聞いた」

「いや、行けるよ、会社。疲れが溜まってるだけ」

年内に納品しなければいけないデザインも、まだたくさんある。私がベッドがから降りようとしたが、拓真が静止した。

「これ」

ふいに拓真が差し出したのは、昨日の“使用済みの妊娠検査薬”だった。拓真にはどう説明しよう、と思っていたのに、先に知られていた。サ-ッと背中が冷たくなる感じがした。

「今日は早めに帰るから、もう一度話そう」

そういうと、拓真は部屋のドアを閉めた。

その後立ち去って、玄関のドアから出ていく音がした。

産めと言われるのか、産むなと言われるのか。あの人なら由衣の好きなようにしたらいい、って言いそうだな。

私は会社のシステムに欠勤の連絡を入れ、もう一度布団に潜り込んだ。

LINEの通知音。

「おはようございます。斎藤部長と話せました?」

志田だった。

「まだ。今日は休むわ」

短い返信をして、私はうとうととし始めた。

そうか。陽性を見たショックで、私が気を失い、困った志田が拓真のことを呼んだんだろう。

これから、どうしようか。夢うつつで、自分が子供を生んだ時の想像をしていた。

なんだかんだ言っても、両親は「孫」をかわいがってくれそうな気がする。

一度中絶している身としては、もう一度同じことをするのは考えられなかった。

そこに拓真がいてもいなくても、いいと思った。

製薬会社を経営している両親の経済力があれば、子供一人くらい育てられる。パパに一発二発殴られたって、ヘーキだ。ママだって、私を追い出したりはしないだろう。

むしろ、また浮気されたり、という心配がないなら、一人で産んで、育てたほうがいいのかもしれない。

私はそんなことを考えながら、眠った。

妄想なのか、考え事の延長なのかわからないけど、不思議な夢をみた。もう腕の中に赤ちゃんがいて、パパもママも、なぜか志田や琉生もいて、さとみサンもいた。そこでみんなが笑っている夢。でも、何度思い返しても、そこに拓真はいなかった。

***

「おかえり」

夕方まで寝ていたら、すっかり気分も良くなっていた。身体も軽くなっているし、なんとなく重くだるかった頭もすっきりした。最近の体調不良はつわりではなく、疲労だったんだろう。

夕飯のしている私を見て、拓真が驚いた表情をしている。

「起きてていいのか」

「ビョーキじゃないから。ほんと、疲れてただけみたい。寝たら元気になった」

「そうか」

私は温めていた鍋の火を止め、ビーフシチューを器によそっていく。

「会社から帰った後だと、なかなか時間かかる料理はできないから」

「うまそうだな」

拓真は鍋を覗き込むと、ネクタイを緩めながら、テーブルに就いた。

私はダイニングテーブルに食器を置いていく。

「飯の前に・・・。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントになるかな」

拓真が、薄い封筒を私に差し出す。

「え、ちょっとまって。今?なに?」

私は慌てて手をゴシゴシとエプロンで拭いた。プレゼントなんて言われたら、構える。

そっと封筒から三つ折りにされた紙引き出す。

一瞬何かわからなかった。漢字がいっぱい書いてあって、目に飛び込んできたのは、拓真と光サンの名前だった。

一番上を見直すと受理証明書、と書いてある。

もう一度その紙をよく見ると、届出「離婚」とある。

確かに、中央には拓真と奥さんの光サンの名前が書いてあった。

「え・・・離婚、出来たの」

これはなんなのか。こんなものがあるのかも見たことがないので、理解できなかったけど、そういうことなんだろう。

「ああ。これ以上長引かせるもの面倒だったから。慰謝料5000万の条件に、息子が二十歳になるまで年300万養育費も払うってことで、向こうに了承してもらった」

「あ・・・そうなんだ」

私は、てっきりあと半年、下手したら数年もつれるかと覚悟していたのに、あっけなく終わったことが信じられなかった。

慰謝料5000万だって相当なのに、年300万って・・・いや、それだけ拓真が稼いでるってことか。光サン、働かなくても生きていけんじゃん?私は、そんなしょうもない計算をしてしまい、フルフルと頭を振った。いやいや、そういう問題じゃなくて。

「だから、結婚しよう。由衣」

拓真がまっすぐに私を見た。

「え・・・」

「アメリカ行きのことは由衣の不安が解消されるまで、先延ばしにしても構わない」

この話になると、長くなりそうだったので、私はスプーンを渡して食事を促した。

「その話は・・・食べながらしよ。冷めちゃうから」

「そうだな」

私と拓真は静かに食べ始めた。

私はずっと1つの懸念があった。それは、光サンと結婚した理由が「子供が出来たから」だということだからだ。また子供が出来たら、同じように拓真の居場所がなくなったと感じて、浮気されるんじゃないかと思っている。

「子供が出来たから・・・離婚してくれたの?」

沈黙を破ったのは私だ。回りくどい聞き方はできないので、単刀直入に聞いた。

「そんなわけないだろ。ずっと向こうの弁護士と話し合っていての結果で、たまたま今日手続きできただけだ。アメリカに一緒に行ってほしいっていうのも、前から話してたじゃないか」

「そう・・・だけど」

今まで何も話してくれてなかったのに、昨日の今日で話が急展開するなんて、偶然にも程があると思ってしまうのだが。

「弁護士との話し合いをいちいち由衣に話して、一喜一憂させても仕方ないだろう。事実、あっちがゴネて、もつれていた時期もあったし」

「うん・・・まあ・・・確かに」

話し合いがうまく言ってない、と言われたところで、落ち込むことはあっても、ハッピーになることはなかったはずだ。でももう少し進捗を報告してくれてもよかったのに。

と、考えていたのが顔に出たんだろう、拓真は、お皿を抑えていた私の左手にそっと触れる。

「全部終わってから言おうと思ってたのに、逆に心配させたな。悪かった」

拓真にすんなり謝られたことに驚いた。ちょっと違和感があったが、本来なら喜ばしいことなんだろう。

「でも子供のことは・・・。だって、子供が出来てから奥さんとおかしくなったんでしょ・・・いいの?」

言葉が詰まってうまく言えないが、私はこのまま産んでいいんだろうか。

「由衣が産む子供が、可愛くないはずがない」

シチューを食べながら、拓真はいつもの笑顔を私に向ける。私はどうしても違和感が拭えなくて、うまく笑えない。素直にありがとうといえばいいのに、このモヤモヤする気持ちはなんなんだろう。

「いや、でも・・・」

私はシチューを口に運ぶ気になれず、スプーンを胸元で止めたままだった。

「産みたくないのか?不安なのはわかるけど」

拓真の顔が曇る。

「そういうことじゃなくて・・・」

「今は身体も気持ちも不安定だと思うから・・・年が明けて落ち着いたら、ご両親にももう一度挨拶に行こう。いや、年始の挨拶を兼ねてのほうがいいかな」

もう一度、拓真は私に触れていた手を、ポンポンと叩いた。

「産んでもいいんだ?」

「当たり前だろう」

「じゃあ、産む」

拓真は私の返事を聞いて、満足そうに頷いた。私もすっかり冷めたシチューを口に運ぶ。

ざらっとした嫌なシチューの舌触りが口に広がる。温め直そう。私は電子レンジに向かった。

拓真はもうすっかり食べ終わっていた。

「おかわりある?」

お皿を持って、こちらに来る拓真。

「うん、あるよ。温め直すね」

私はもう一度、鍋に火を入れる。

キッチン背中合わせで立っていると、なんだか不思議な感覚だ。絶対にない、と思っていた拓真との結婚生活。それがこれから始まるんだろうか。

全然実感が沸かないまま、志田にも報告のLINEしなきゃな、と思った。


***次回更新は・・・明日できたらします***

雨宮よりあとがき:拓真、離婚。させるつもりなかったんですけど(おい)、しちゃったねー。まーねー、それでもいいよねー。次回はさとみ回になります。

今日はクリスマスイブですね。あなたのところにサンタさんはきますか?私にも、来てほしい!!

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