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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #94 Ryusei Side

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。さとみは琉生と同棲しているが、このまま結婚していいのか悩み中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。琉生と一時期付き合っていた由衣は、上司の斎藤と不倫中。由衣は斎藤との関係を琉生に相談している。今回の話は、琉生が出張先へ向かうところから。

雨の日に出張なんてツイていない。俺はびしょ濡れになって新幹線のホームにたどり着いた。時間はあるので、どこかで着替えよう。

俺は、遠目から改札の上にあるデジタル掲示板で新幹線の時間を確認した。

その下で、スーツ姿の男と女がべったりくっついている、ように見えた。

なんだよ。週明け早々、こんなとこでいちゃつくなっつーの。

男が改札が入っていき、女が在来線があるこちら側に向かって歩いてくる。

え?

こんなところにいるはずがない、見知った顔。

「由衣?」

「琉生っ?!」

俺は思わず、由衣の腕を掴んでしまった。じゃあ、さっきの男は斎藤部長か。

「おーまーえー・・・」

「な、何よ。見てたの?」

逆ギレかよ。

「いや、もう、お前の好きにしたら。相談されたって、知らないから」

「出張の見送りにきただけだし」

由衣はビジネスバッグのほかに、手提げ袋を持っていた。着替えなどが入っているんだろう。

「どうせ、朝まで一緒にいて別れづらくなってついてきただけだろ」

俺の指摘は図星だったようで、由衣はうぐぐ、となっている。

時間的に斎藤部長と俺、同じ新幹線な気がする。

「今日、“あの人”と一緒に出張?」

あの人、は斎藤部長のことだろう。

「ああ。日帰りだけど」

「琉生が私たちのこと知ってるって、言わないでよね」

頼んでいるくせに、偉そうな口ぶりだ。こいつは。

「言わねーよ」

っていうか、言えねーよ。

「お前ももう行かないと、会社遅れるぞ。雨だし、ちょっとダイヤ乱れてる」

俺はちらっと時計を見て、素早く逆算した。

「うん。じゃ」

由衣は荷物を持ち直すと、在来線のほうへ向かっていった。

俺は改札を通る。7号車、7号車・・・・。ホームの掲示を見ながら、自分の乗る車両を見ると・・・斎藤部長がいた。

「おはよう」

斎藤部長は、さっきまで由衣といちゃついてたとは思えない、いつもの“上司”の顔だった。

「おはようございます」

俺は由衣といたことを見たことは知らんぷりをして、普通に挨拶をした。

「同じ車両か」

「・・・っぽいですね」

別々に取っているはずなのに、なんなんだ、この偶然は。

「座席が空いていたら、到着まで打ち合わせしておかないか。今日のプレゼンは、通したい」

「あ、はい」

当たり前だけど、完全に仕事モードだな。俺も由衣のことを気にするのはやめて、気持ちを切り替える。

今日のクライアントへのプレゼンは、下半期でも大きな仕事の獲得のチャンスだ。営業部の中でも練りに練った内容なので、失敗は許されない。

新幹線が到着し、一旦お互いの席を確認するも、車両はガラガラだった。

俺は、A席に座る斎藤部長の列に移った。真横というのも微妙なので、1席空けて座った。

「車掌が来た時に事情を言えば大丈夫だろう」

そういいながら、斎藤部長がノートパソコンを開いた。

「ここまでは俺がしゃべるから、この後は琉生から説明してくれ」

「はい。そういえばここのグラフの数字なんですが・・・」

打ち合わせを進めていると、斎藤部長のスマホが鳴った。

「あ、大丈夫ですか?」

「ん、電話じゃない。LINEだから」

斎藤部長がすっとスマホを開く。ささっと返信をして、すぐに俺のほうに向き直る。

「仕事ですか」

「いや、妻から。子供が熱を出したらしい」

「ええ?大丈夫ですか?」

「まあ、大丈夫だろう。俺が帰るほどのことじゃない」

う。そういうものか。まあ、奥さんは総務だし・・・今部長に帰られても、俺も困るしな。役割分担出来てるってことか。

「子供さんってよく熱出したりするんですか」

俺は後学のためにも聞いておこうと思った。

「いや、初めてかな。覚えている限り」

「え?!じゃあ、奥さん不安じゃないですか?」

「でも保育園に行き始めたら、風邪くらいもらってくるだろうし」

「あー・・・まあ・・・そうっすね」

「熱くらいで二人で帰宅しても非効率だろ。妻が休めないとか、帰れないなら俺も考えるけど、そういう仕事じゃないから」

確かに正論だけど、奥さん、不安じゃないのかな。俺のほうが不安で心配になる。

「あ、あの、もし今日食事とか誘われても、部長先に帰っていいですよ。俺、代わりに繋いでおきますから」

「いや。そうなったら、そういう場こそ、俺がいないとダメだろう。妻もしっかりしているし、任せておけば大丈夫だよ。俺がいる方が邪魔かもしれないからね」

自虐なのか、事実なのか分かりかねるが、斎藤部長が笑うので、俺も仕方なく食い下がるのをやめた。

「そ、そうですか・・・」

そこまで言われると、俺もそれ以上何かをいうことは出来なかった。

それから一通り、プレゼンの確認も終わり、斎藤部長がノートパソコンを閉じた。

「そういえば。佐倉さんとは順調?」

「え?あ、はい」

思いがけないところに話が飛んだ。そうだ。さとみとの関係は斎藤部長に知られているんだった。

「年明けから同棲していて・・・そろそろ結婚も考えてます。付き合って1年なので」

「きちんとしてるんだな。子供が出来たわけでもないだろう」

斎藤部長が笑う。

「え、ええ。まあ。部長のところは・・・きっかけはお子さん、でしたっけ」

俺は言葉を選びながら、尋ねた。

「ああ。それがなかったら結婚はしてなかったかもね」

それはどういう意味なんだろう。俺の脳裏に由衣と奥さんの光さんが交互に浮かんだ。

「琉生はいくつだっけ」

「25です」

「結婚は早くないか?」

「そ・・・うですかね。俺・・・わりと早くに母親亡くしてるんで・・・」

俺は父と不仲なことは隠しつつ、自分が家庭を早く持ちたいを述べた。

「なるほどね。まあ、家庭を持つにも向き不向きがあるかもしれないけど、琉生は向いているだろうな。俺は、まあ、見ての通り不向きな奴さ」

見ての通り、とは、何を指しているのか。俺は本当にわからなくて、頭を旧回転させる。

「由衣とのこと、知ってるんだろう?」

「うぇえ?!」

まさか本人の口から由衣の名前が出て来るとは思わず、俺は変な声を出してしまった。

由衣からは口止めされていたが・・・どうしよう。

「どうせ由衣からは口止めされてるんだろうけど。この前由衣が君とLINEしているのが見えちゃったからね」

「あ・・・はあ」

「由衣もふらふらしているから困ったもんだ」

「え?どういう意味ですか?」

彼女、というよりは娘を心配する父親のような口ぶりだった。

「志田くんとも仲いいだろう?」

「え?そうなんすか?」

「あ、知らないの。じゃあ、いいや。まあ、志田くんは誰とでも仲いいからね」

斎藤部長が意味深に笑う。

「そー・・・すね」

俺はすっかり眼中になかった志田の顔を思い出して・・・頭を抱えた。

「志田くんは、佐倉さんのこと狙ってるんじゃないの?」

「あ・・・ん・・・どこまで本気か分かんないんですけどね」

そこもうっとおしい理由の一つでもある。

「若いっていいなあ」

斎藤部長は、そういって笑った。

「俺からしたら、大人っていいなあって思いますけどね」

俺は本心からそういった。斎藤部長はそれを聞いて、笑っただけだった。


*** 次回は7月12日(月)15時更新の予定です ***


雨宮より(あとがき):男性同士の恋バナって実際はどんなかんじなんでしょうね。聞いてみたいなあ。


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