私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #155 Jun Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。さとみと志田は関係をもってしまうが、さとみが自分に向き合うことで、このまま志田と付き合うことも、琉生と結婚することにも違和感を感じ、双方に別れを告げる。志田と琉生の上司、斎藤は、社内で由衣と不倫をしていたが、妻の光に多額の慰謝料を払うことで離婚を成立させた。由衣は妊娠しており、斎藤と結婚することを決めたが・・・。
「さとみさんっ」
「あ、潤くん、おはよう」
俺が総務に駆け込むと、皆、思い思いに大掃除をしているところだった。
俺の声が大きすぎて、斎藤部長の奥さんだった光さんもこちらを向く。
「あのっ。斎藤部長から欠勤の連絡とか入ってませんか?」
「え・・・入ってないけど・・・・」
慌てている俺と、事態が飲み込めないさとみさんの間に、割り込んで光さんが入ってきた。
「なに?あの人、来てないの?」
「で、電話が繋がらなくて・・・・」
仕事も、あいさつ回りもどうでもいい。心配なのは、由衣さんのことだ。
「志田くん、空港!今ならまだ間に合うかもしれない!!」
「え?!」
「今朝、銀行に寄ったら、斎藤から慰謝料と18年分の養育費が一括で払われてたの」
そこへ、由衣さんと琉生さんが走ってくるのが見えた。
「“飛ぶ”つもりだったら・・・まだギリギリ捕まえられるかも!」
俺は光さんの声を聞いて、走り出した。
「琉生さん、由衣さんのこと、お願いします」
「えっ、ちょ、お前どこいくの?」
返事をする間も惜しかったので、俺はそのまま会社を出た。あ、上着取ってくるの忘れた。めちゃくちゃ寒い。
でも今は、上着を取りに行っている場合じゃない。
俺は大通りでタクシーを停め、
「空港までお願いします」
と言った。
空港に向かいながら、スマホで今日のフライト予定を調べる。
一番は、当初予定していたアメリカだけど、アジア圏内ということもありうる。
斎藤部長が出たのが朝7時。もう2時間経っている。ギリギリにチェックインをして、搭乗口に行っていたらもう間に合わない。逆に余裕を取っていたら、カフェなどを回れば捕まえられるかも?
広い空港の中、どうやって見つけ出すのか?俺は無い脳みそをフル回転させる。
斎藤部長と光さんの離婚が成立したという話は、由衣さんからLINEで聞いた。これでやっと、由衣さんも幸せになれると思っていたのに。
「最後の最後でやってくれますね・・・斎藤部長」
離婚が成立する前からそのつもりだったのか、由衣さんの妊娠がわかったから急遽決めたのかはわからない。けど。そんなのって、ないでしょう。
俺は祈るような気持ちで、空港までのタクシーから、空を見上げた。
***
「ごめんなさい、見つけられなかったです」
結局、空港はもちろん、取引先などを夕方まで回ったが、斎藤部長を見つけることはできなかった。
俺は会社に戻って由衣さんに謝った。
デザイン部には由衣さんと琉生さんの他、さとみさんと光さんもいた。
「あはは、いいよぅ。ぜんぜん、大丈夫。だって海外に飛んだのかも、わかんないし」
由衣さんが笑ってる。笑える状況じゃないのに。
「離婚もしたし、私が謝ることでもないけど・・・ごめんなさい、最低な男で」
光さんが、そこにいる誰に、とも言わず頭を下げた。
「光先輩のせいじゃないです」
さとみが光さんの背中をさする。
その場にいる誰もが、斎藤部長の行動を信じられないという気持ちで、呆然としていた。
社内には斎藤部長が退職前にインフルエンザになって明日も来れないらしい、という形で伝えている。
「離婚の件・・・会社には年明けに伝えるつもりだったから、まだ私に責任があると思ってるし。諸々の手続きは私がしようと思ってたけど」
「ほんと、無責任な男でごめん」
今度は由衣さんを見て、光さんがはっきりと言った。
「いや・・・ほんと大丈夫なんで」
由衣さんは気まずそうに、笑顔を作った。
昼前に空港についたが、朝イチの便はほとんど発っていた。入れる店も全部見て回ったが見つけられなかったし、もちろん航空会社のカウンターに「急用」といって、搭乗者名簿に斎藤部長の名前がないか聞いてみたものの、教えてもらえなかった。
さとみさんからのLINEだと、とりあえず斎藤部長からは電話で総務に欠勤の連絡が入ったということにしてあるという。
明日の最終日、仕事納めはなんだかんだ平和に終われると思ったのに。
「こんなこと、私が言うのは変だけど・・・・なんかあったら言って。事実婚って言い張れば、退職金とか井川さんのところに振り込めるかもしれないし」
光さんも離婚の件は相当調べただろうし、総務という手続きが出来る立場から言ってるんだろう。
「いや、まあ、大丈夫です。お金とかほしいわけじゃないんで」
へへっと由衣さんが笑う。だめだ、絶対、由衣さんおかしくなってる・・・。
「琉生さん、もう定時ですし、俺、上がっていいっすか?」
「ああ。ありがとな、一日」
「由衣さん、飯、行きましょ」
本当は今日か明日、さとみさんを誘おうと思っていたけど、こんな状態の由衣さんをほっとけない。
さとみさんをチラ見すると、うん、と頷いてくれた。
俺は由衣さんの返事を待たずに、外に連れ出した。
身重な由衣さんをあちこち連れ回すのもよくない。どこでもいいから、暖かい場所に入りたいと思い、会社の近くにあるファミレスに入った。
「とりあえずビール・・・ではなく、ドリンクバーにしておきますね」
「うん」
俺はタッチパネルで、注文を始める。
「なんか食いたいもん、あります?」
「ない」
「ですよねー」
俺はわざと明るく言って、小皿の単品をいくつか頼んだ。
「ぜんぜん・・・昨日も朝も、普通だったんだけど」
由衣さんが半笑いで話し出した。
「大きな荷物持って出ていった、とかもないんですよね」
「うん。いつものふつーの書類とか入れてるカバンだけ持って出てった」
「騒いでるの俺らだけで、実は普通にマンションに帰ってたりして」
「そんなんだったら、ぶん殴るわ」
由衣さんは俺が持ってきた烏龍茶を飲みながら、笑っている。
「今日マンションに帰って失踪届?捜索願?、出したほうがいいですよ、警察に」
「うん・・・それも考えたけど・・・光さんと離婚も成立してるし、私とは婚姻関係ないし・・・光さん経由で、拓真の親御さんに出してもらうしかないんじゃないかと思うんだよね」
「もちろん斎藤部長の親御さんと由衣さんの面識は、まだ・・・」
「あるわけないじゃん」
きゃはは、と由衣さんが笑う。世間話で笑うような表情が痛々しい。
「超、ウケるよね、私の人生。どんだけ、男見る目ないんだっつーの」
まるで他人事のように、由衣さんが言う。俺は、聞いていいのかわからないけど、聞きたいことがあった。
「お子さん・・・どうするんですか?」
「産むよ」
ケラケラ笑っていた由衣さんが、そこだけは、真面目な顔になった。
「もともと結婚してもらえるなんて思ってなかったから、その覚悟はしてた」
「そう、ですか」
でも、と、俺は続けた。
「なんか力になれることあったら、頼ってくださいね」
「何いってんの、あんたは“さとみさん”と付き合うんでしょ?せっかく琉生と別れたっていうのに。私がいたら、邪魔じゃん」
「あー・・・その話しはですねぇ」
俺も振られた、という話しはまだしてないんだった。
「その話、長くなるんで、俺んちで聞いてもらえます?」
今日は、いや、しばらくは由衣さんを一人にしたらいけないと思った俺は、由衣さんを家に誘った。
*** 次回更新は12月30日(木)21時頃更新予定です ***
雨宮よりあとがき:キャラクターの中で一番好きだったのは、潤です。なんせ書きやすかったので。単純でかわいいですねー。私は猫派ですが、こんなわんこみたいな彼氏ほしい。さとみと由衣、どっちも捨てられない、的なところも併せて理想の彼氏像として書きました。はい、私は完全に由衣と同化しただめんずうぉーかー、です。潤の話はこれで最後になるのが残念です。あと2回で終わるのでもう少しお付き合いください。
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