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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #3 satomi side

さとみ32歳、琉生25歳。社内恋愛中。週末はどちらかの家で過ごしている。※ほぼ一話完結なのでどこからでもお楽しみいただけます※


琉生が淹れたコーヒーの香りが部屋に漂っている。もう私のハーブティーの香りはどこかへ消えてしまっていた。

「今日はどうする?このままゆっくりしておく?どこか行く?」

琉生がもう一杯、コーヒーを注ぐ。いる?という感じで目で合図されたが、私は首を振った。

「そうだね」

私はインスタを開いて、友達がどんなところに出掛けてるかを見てみる。

「友達が結構、水族館行ってるんだよね。最近リニューアルしたみたいで。午後からでもいいし、行ってみたいな」

「お、いいね、それ」

琉生の口元が上がったので、良い提案が出来たんだと思う。よかった。

いつの間にか週末は琉生といることが普通になって、琉生といることありきのスケジュールになっている。

前はどうだったっけ。二年前に別れた元カレを思い出そうとしても、あんまり思い出せない。

ここまで一緒にいなかった気もするけど、付き合いたての頃はこんな感じだったのかもしれない。

別れた直後は、自分の何が悪かったんだろうとメソメソ考えていたが、2年も経つと忘れるものだ。そして新しい彼氏が出来たら、なおさら。

「あ、そういえば、仕事の話ついでに」

「うん」

「今年の新入社員で志田っているの覚えてる?」

「志田、潤くんだっけ」

「さすが総務。そうそう、そいつ。マジでうざい」

「うざいって、そんな。後輩でしょ、営業部の」

「そーなんだけどさー。すっげぇ俺にまとわりついてくる。ああいう奴嫌い。犬みたいで」

「あー、なんかわかる」

琉生と真反対なキャラだよね、と言おうとしたけどやめた。いつも笑ってて、たしかに子犬みたいな子だった気がする。

「喋ったことある?」

「まあ、仕事で必要最低限は」

「声も大きいし、リアクションでかいし、ホント疲れる」

大げさにテーブルへ突っ伏す琉生。

「がんばって、センパイ」

私はポンポンと琉生の肩を叩いた。

私にはよくわからないけど、男性には男性の大変さがあるんだろうなと思う。

***

通勤で乗る電車と、週末に琉生と乗る電車はやっぱり違う。

12月でも車内にいると陽の光は眩しいくらい、強い。

「今日は意外とあったかいね」

他の人に触れないように、さり気なくリードしてくれる琉生は、女の子の扱いに慣れているんだろうな、と感じることが多々。

車内は思いの外空いていて、並んで座ることが出来た。

家でまったりするのも悪くないけど、こうやってデートできるのは嬉しい。

琉生の横顔をじっと見ていたら、目が合った。私は慌てて目をそらす。

「なんでいつも目、そらすの」

「え、だって普通そうじゃない?」

「付き合ってるのに?」

「そんな、じっと見る?付き合ってても」

「いいじゃん、別に。俺は見てたいから見るけど」

無表情のまま、私をじっと見ている琉生。

どうしてこんな恥ずかしい台詞を涼しい顔して言えるんだろう。

私はこの会話自体、周りの人に聞かれてると思ったら、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。

「水族館は、ここのエリアがリニューアルしたらしいよ」

視線に耐えきれなくなって、私はスマホを出した。

「へえ。そうなんだ。そもそも俺、ここの水族館、あんまりいったことないからなあ、違いわかるかなあ」

琉生の視線が外れて、スマホに行ったことで、私はほっとした。

付き合って3ヶ月なのに、なんでまだこんなに緊張するのかな。

自然に振る舞えるようになるのはもう少し先な気がする。

琉生と自分が違うな、と思うのは、真っ直ぐさだと思う。

琉生は好きなものは好きというし、嫌いなものは嫌いという。わからないことは何で?と聞くし、曖昧さがない。

つい、見た目、すなわち目つきが悪いとか無表情だとかとかで、何を考えているのかわからないと思ってしまうんだけど、普通に会話をしていたら、私よりよっぽどわかりやすくてまっすぐだ。

私は、歳を取るごとに、不用意に傷つきたくないと思ってしまって、予防線を張ってしまっている自覚はある。

失恋した数だけ、人に踏み込むことはこわいと思ってしまうし、今だって、琉生にフラれたら、また立ち直れないからあまり好きにならないようにしている自分にも気付いている。

言いたいことや聞きたいことも、飲み込むことが多いけど、それを琉生に察してほしいとも思っていなくて、でもそんな自分のほうがよっぽど素直じゃなくて分かりにくくて、自分で自分をズルくて嫌な奴だと思った。

「降りるよ」

琉生に手を引かれて、はっとした。

目的地の駅について、人が降り始めている。

ターミナル駅は多くの人でごったがえしていたけど、琉生が手をつないでいてくれることで、スムーズに降りることができた。

琉生の横顔を見上げながら、もう少しこの瞬間を楽しめるくらい若かったら良かったのに、と思った。


***#4へ続く***

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