私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #138 Jun Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係を持つ。さとみは琉生に別れを切り出せないまま、志田とは昼休みや帰りなど、短時間会うことで気持ちを抑えていた。が、ふたりは琉生が会議で遅くなった日に2回目の関係を持ってしまった。
▼時間軸は下記の話の後です。
“1回目”の後のほわほわした気持ちとは違い、今回は帰ってからずどーんと落ち込んだ。
あの日は自分の欲望を抑えられず、自分本位な抱き方をしてしまったと思う。
いや、もう、なんか、さとみさんがめっちゃエロかったんで、しかたないんだけど。
あの日のさとみさんのエロエロな身体と喘ぎ声を思い出しては、ニヤけそうになり、そして自分のした行為に落ち込むという負のループ。
ああっ。無理やりでももう一回しといたら、この気持ち、収まったのかなあ。俺はわしゃわしゃと、自分の髪の毛を掻きむしった。
「ちょっと。なにぼさっと立ってんの?邪魔」
はっとして、顔を上げたら由衣さんだった。いかん。また会社の休憩スペースで、ぼーっとしてしまった。
「自販機、占領しないでよ」
由衣さんが、自販機にコインを入れて、コーヒーのボタンを押した。
「何?なんか悩み?」
休憩室に、カップ式のコーヒーが注ぎ込まれる音が響く。
うーん、これは由衣さんに言っていいものか。由衣さんがニヤっとして、腕時計をちら見した。どかっと椅子に座ると、俺を手招きする。
「時間あるから聞いてあげる。私も話、あったし」
「いや!別に悩んでないので、大丈夫ですっ」
「なーにー。“さとみさん”と喧嘩でもしたぁ?」
「ち、違うもん!!」
ラブラブだもん。っていいたかったけど、由衣さんなので、やめておいた。
「じゃー、なによ」
「自分本位さに呆れて自己嫌悪に陥ってるだけですから、ほっといてください」
「なになに?強引に迫って、歯止め、効かなくなっちゃったとか?」
ケラケラ笑う由衣さんに、図星をさされて、俺はカッと顔が赤くなるのが分かった。
「図星かよ・・・」
「・・・・・・由衣さんのいぢわる」
元セフレの由衣さんとは言え、あんまり他の女性のことは言いたくない。特にさとみさんのことは。
「志田くん、エローい」
しかしそんなことはお構いなしに、茶化すように言う由衣さん。はあ。もう、相変わらずなんだから。
由衣さんが出来上がったコーヒーを取り出したので、俺もコインを入れ、2杯目のコーヒーのボタンを押した。
「で?どんな風にしたの?あの清楚な“さとみさん”がどんなんになったか、すんごい、知りたい」
「由衣さんにだけは、絶対言わないですっ」
「ふーん。それって昨日でしょ?」
由衣さんがコーヒーをすすりながら、目を細めた。
「え?なぜそれを・・・あつっ!」
俺は焦って、取り出そうとしたコーヒーを落としそうになった。
「バカ。あんたもっと気をつけなさいよ」
「え?」
由衣さんが声のトーンを落とした。
「昨日会議の後、拓真と、琉生とでW駅の焼肉屋にいたの」
「えええええ?!マジっすか?見られてた?もしかして」
俺のコーヒーを持つ手が震える。
「私はすぐわかったわよ。琉生も、アンタのことはわかったっぽい。でも店内から見て、窓ガラスが鏡っぽくなってたし、角度的にぴったり“さとみさん”と並んでたから、隣の顔は見えてなかったと思う」
「うわあああ。やっべー」
俺は頭を抱えた。
「その後、私が驚いて、ウーロン茶こぼしちゃったから、その話はうやむやになったけど」
「由衣さんGJです」
俺は全身全霊を込めて、由衣さんに感謝した。
「あのね・・・クリーニング代もらうわよ?」
「自分の不注意なのに?!」
「じゃなくて。自分の彼女だったら、ちらっと見えただけでも、そうかどうか、わかるでしょ?!絶対疑われてるよ、あんた」
「うわあ。どーしよ。でも今日琉生さんと普通に会いましたけど、いつもどおりでしたよ」
「そりゃー、会社で、自分の女と会ってたかどうかなんて、聞かないでしょ」
「はあ。それもそうか」
「しばらく“あの人”とは、距離おいたほうがいいよ?」
「はい・・・。まあ、もともとさとみさんが忙しくなりそうで、しばらく会えないから、大丈夫かと」
さとみさんが習っている、お花の教室の展示会が終わるまで、しばらく会えない。
「ふーん」
そう言うと由衣さんは立ち上がった。
「欲求不満になるようだったら、また相手してあげてもいいよ」
「ゆ、由衣さん・・・」
俺は由衣さんの後ろに立った人物に、思いっきり手を振った。
「ち、違いますよ!俺は言ってないし誘ってもいないですから!!」
「へ?」
由衣さんが、俺の言い訳にキョトンとしている。俺は無言で、由衣さんの後ろの人物を指差した。
「冗談でも聞き捨てならないな」
「うわっ。拓真っ」
由衣さんの後ろに立ったのは斎藤部長だった。
「会社では名前呼び、禁止」
斎藤部長が、由衣さんの唇に、自分の人差し指を当てる。なんだよもう、エロいのはお前らじゃねーかっ。
当てられそうになった俺は、由衣さんと斎藤部長をすり抜ける。
「じゃ、俺、席に戻りまーす」
修羅場になったら、自業自得。俺をからかった罰ですよ、由衣さん。
「ちょっと、志田!冗談だからね、じょーだん!!」
由衣さんが休憩室から怒鳴る。
ふふっ、せいぜい斎藤部長にこってり怒られるがいいさ。
俺は心のなかでピースサインをして、自分の席に戻った。
***
終業時刻。
もうちょっと仕事をしていくか、帰るか悩ましいところだ。俺はパソコンの電源を切らずに、営業エリアの分析表をボーッと眺めていた。
「志田」
「はい?」
琉生さんだ。昼間の由衣さんからの忠告で、俺は軽く身構えた。
「今日残業する?」
「あ・・っと、どうしようか、今考えてました」
「時間あるなら、飲みにいかね?」
「ええええ?りゅ、琉生さんが誘ってくれるんですか?!」
琉生さんとは久しく飲みに行ってないので、行きたい!
行きたいっ。だけどもッ・・・!
「いや・・・まあ、ちょっと聞きたいことあって」
「え?」
やっぱり・・・昨日のこと・・・?昼間の由衣さんとの会話がよぎる。あ、これ、行ったらヤバいやつかも。シメられたらたまんないなあ。
「うーーーー。めっちゃ行きたいんですけど、このデータ、明日の朝までに、資料に落とし込まなきゃいけなくて・・・やっぱ残業しようかなあと」
「あっそ。じゃ、俺も残ろうかな。どうせやることなら大量にあるし」
「えええ?」
「なんだよ、悪いか」
「いえ・・・全然・・・」
知らない人しかいない飲み屋より、まだ会社のほうが安全かもしれない。
俺は仕方なく、仕事を続けるフリをした。営業の人も、一人、二人と帰っていく。1時間ほど、無言で仕事をし続けた。あれ・・・もう訊かないのかな。
「お先でーす」
最後まで残っていた派遣さんが、帰っていった。
「お疲れ様でーす」
俺は派遣さんを笑顔で見送った。
派遣さんが廊下に出ていったのを見届けると、琉生さんが口を開いた。
「なあ、お前、昨日W駅らへん、歩いてなかった?」
ぐおっ。いきなり直球・・・・。俺はこの1時間の間に考えていた、言い訳を平然と口にした。
「あ、歩いてましたよ。え?琉生さんもあのへんにいたんですか?声かけてくれればよかったのに」
いつもの営業スマイルを、琉生さんに向ける。
「あー、俺、人と、飯食ってたから。店の中から見えただけだけど、そうかなって」
琉生さんは、ポーカーフェイスだけど、ちょっと眉毛が動いた。
「あ、そうだったんすね」
「誰かと一緒にいなかった?」
琉生さんは、パソコンの画面から目をそらさずに、言う。手元は止まっている。
「えへ。見られちゃいました?」
「誰だよ」
「大学時代の同級生です。可愛かったでしょ?」
一か八か、これを言って琉生さんの反応を見る。
「いや、顔は見てない」
琉生さんの顔に安堵の色が浮かんだ。なんだ、こんな簡単に騙せるのか。
「結構、清楚系でー・・・例えるならさとみさんっぽい子です」
「あー・・・そう。何、付き合ってんの?」
「違いますよ~。俺はさとみさん一筋ですから。ただの友達です。友達でもご飯くらいいくでしょ」
ここに嘘は、ない。琉生さんが、ちっと舌打ちをした。
「なんだよ、まだ諦めてないの?」
「琉生さんがライバルでも、負けませんから」
っていうか、もう勝ってると思ってますから。と俺は心の中で付け足した。
「どーだか」
琉生さんが、そのセリフでこの話を終わらせたのは明らかだった。
俺もほっとしたが、後でさとみさんにLINEしておかなきゃなーと、思った。
*** 次回は11月2日(火)21時ごろ更新予定です ***
雨宮よりあとがき:10月飛ばしてしまった分、明日も更新予定です!今月または来月には全部伏線(?)回収して最終回になります。区切りよく年末かな?!ラストスパートがんばります!!
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