ブルーピリオドの主人公はなぜ八虎なのか(前編)

※漫画、ブルーピリオドの内容をうっすらなぞっています。なんの前知識も入れたくない人は先に漫画をお読みください。


ブルーピリオド読んでますか。
東京芸大が舞台の美術系漫画。
YOASOBIの楽曲、群青の元ネタでもあります。

普段漫画を買うことの少ない私が、珍しく作者に貢いで全巻揃えようとしている作品です。

とにかく好きなセリフ、好きなシーンが多すぎて、周りの人がブルーピリオドの感想文を書いているのを見て、悩みました。私は、この漫画の何を書こうと。

で、人の感想文の一文が、ずっと心に残っていることに気付きました。「八虎は気持ち悪い」。
うん、確かに。

八虎の気持ち悪さって何でしょうか。

美術漫画と聞いて1巻を読んだ時、主人公・八虎の印象が、あまりにも美術を志す人のイメージにそぐわず、面食らった記憶があります。

以下、八虎の設定です。
高校二年生ながら、友人らと朝まで酒とタバコで騒ぎまくる。いわゆる不良ですが成績はトップクラスで、真面目そうなクラスメイトとも気負わず接する。進学に悩み、親には心配をかけまいと、一度は普通に大学進学しようとする。
不良と優等生、どちらの側面も持った不思議なキャラクターです。現実世界に、私はこういう人を知りません(だから漫画なんですけどね)。

さて

ではなぜ、ブルーピリオドの主人公は八虎なのでしょうか。

本題に入る前に前提ですが、物語をつくる時、大きく二つのパターンがあると思っています。
一つはキャラクター先行、もう一つはテーマ先行です。つまり、物語をつくる時に、どちらが先に思い浮かぶか、ということです。

敬愛する上橋菜穂子氏は、前者です。ある時ふと主人公のイメージが浮かび、そこから世界観を創り上げていきます(キャラクター先行なのに世界設定がしっかりしすぎてて敬服します…)。
宮崎駿氏はおそらくテーマ先行です。描きたいテーマ、世界観があり、そこに当てはまるキャラクターを生み出します。キャラクター原案、というものがあるのは、先にテーマが決まっているからこそ存在するものなのかなと解釈しています。
エヴァは、「中学生がある日突然巨大ロボットに乗って敵と戦えと言われたら」なので、迷いますが私はギリギリ後者に分類します。

そして、この二つのパターンに当てはめた時、ブルーピリオドはテーマ先行に見えました。「八虎を描きたい」のではなく、「現代の美術漫画を描こうと思ったらしっくりくるのが八虎だった」となるわけです。

ここから本題です。八虎がブルーピリオドの主人公として設定された理由を、私なりに考察してみました。

八虎は、最初から美術を志していたキャラクターではありません。高校二年生のとき、たまたま見かけた美術部の作品に心を奪われ、そこから芸術系の最難関である東京芸大に入学します。
幼い頃から美術を志し、それでも多浪が当たり前の世界で、ぽっと出の八虎は現役合格します。漫画ですね。気持ち悪い、というか勘弁して欲しいという気持ちになります。身近にこんな人間現れたら心が折れます。

ただ、そこは漫画として、ぽっと出の主人公には日本最高峰の芸大に現役合格してもらう必要があります。
ブルーピリオドの作者は東京芸大出身です。芸大入学が、美術の世界に足を踏み入れることがどれほど難しいかを描いた上で、さっさと芸大の話に持っていく必要があります。

その役目を、美術を知らなかった八虎に負わせたのは、八虎が美術についてイチから学んでくれることで、私たち読者が美術についての理解を深めることができるからだろうと思っています。
基本的に、小説にしろ漫画にしろ、物語というのは主人公の追体験です。

ブルーピリオドは、美術系スポ根漫画とも称されています。
スポ根と聞くと野球やサッカーの漫画がたくさん思い浮かびますが、さらっとルールはなぞるものの、大抵努力や根性といった部分に話がいくのではないでしょうか(私が読んできたものが古いので、今流行りの漫画は若干違うかもですが)。
ただ、ルールをさらっとなぞるだけで済むのは、それだけ野球やサッカーのルールがある程度分かる人が多いからです。

美術が分かる人は、どの程度いるでしょうか。
「この人の絵が好きだ」と思っても、その絵に使われる技術、作者の意図、描かれた歴史的背景、そういうものまで分かる人はそうそういません。
分かれば面白いんだろうけど、そういう楽しみ方をするためには膨大な知識が必要です。

そこを、「美術って何だろう」から始め、一見普通に描いたように見える絵がどのように描かれているか、美術をする上での努力や根性って何か、そういう解説を挟みながら、ブルーピリオドは展開されます。
あまりにも解説が細かいと読み飽きてしまうのですが、その辺りのバランスが絶妙です。美術に疎い人たちが、美術に興味を持てるように。美術の間口を広げるために、ブルーピリオドが描かれている。私にはそんな風に見えます。いわば、ブルーピリオドは美術を知らない人を美術の世界へ連れて行くための、教科書の入門編です。

であれば、主人公も同じように、美術に疎い人である必要があります。

主人公が幼少期から美術を叩き込まれ、知識も技術もある程度持った状態でブルーピリオドが始まってしまうと、おそらく全員置いてけぼりになり、スポ根してる場合ではなかったでしょう。
主人公が何も知らない八虎だったから、私たちは美術が何かを、八虎と一緒に学ぶことができます。

にしても八虎、絵を描き始める時点でクラスの人の絵描くの上手すぎるし、努力が苦でもなさそうですし、その上美術以外もできちゃうんだから気持ち悪いですね。八虎の気持ち悪さはこの辺りなのかなと思います。

ですが

美術系スポ根漫画の主人公としての条件が、美術の才能があり、美術の知識に疎いこと、それだけなら八虎である必要はありません。

ブルーピリオドは今相当話題になっている作品の一つだと思います。アニメ化され、YOASOBIの群青は紅白でも歌われ、公式グッズが販売されている。
ブルーピリオドを読んで「面白くなかった」と言った人を、今のところ知りません。

そして、これ程人気が出た理由が、「美術漫画だったから」ではなく、「美術漫画の主人公が八虎だったから」のような気がするのです。

後編

https://note.com/momoko_0118/n/n9b005ca48b61





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