獣の奏者 紹介文
※こちらは感想文ではなく紹介文です。ネタバレというほどのものはありませんので、興味を持った方は是非作品を読んでみてください。
大河の中にいるみたい。
中学2年生で初めて読んだ時の感想だった。
きっかけは近所の図書館に現役の小説家の方がいらっしゃると聞いたから。いい機会だからその人の本を読んでみようと思い、いくつかある作品の中から面白そうだった獣の奏者を買ってもらった。正真正銘、初めての上橋菜穂子作品だった。
ジャンルはハイファンタジー(主に、完全に異世界ベースのファンタジーを言う。現代と繋がりのあるものはローファンタジーに分類される。ハリーポッター等)で、児童書藉コーナーに置かれているが、大人のファンも多い。NHKでアニメが放送されていたのを、観ていた人も多いのではないだろうか。
さて、ファンタジーと聞いて、どういう印象を持つだろう。
世界的に有名なものはまずハリーポッターや指輪物語(ロードオブザリング)、小学校の頃から本に触れてきた人なら、ダレン・シャンやデルトラクエストもご存知ではないだろうか。共通して言えるのは、いわゆる剣と魔法の物語ということだ。人間の以外の生き物、エルフやドワーフ等が出てくる場合も多い。冒険し、仲間と共に剣と魔法で敵と戦う、そういう印象を持つ人は一定数いるだろうと思う。
上橋作品には、それがない。
架空の世界、架空の国で、架空の人々が生きている。そしてその中で、ある時代において、複雑な運命を辿った主人公に焦点を当てて描かれる。敵というものはおらず、正義も悪もなく、ただ政治的な駆け引きの中に主人公が巻き込まれ、翻弄されていく。英雄じみた物語ではなく、歴史の1ページを紐解いたような世界観がある。
精霊の木、孤笛のかなた、守り人、鹿の王、最新作の香君、全て異世界の出来事であり、さらに別の異界と繋がっているものもあり、魔法はなくとも呪術や、不思議な能力を持つ者もいるが、獣の奏者に関してはそれすらもない。
架空の生き物として王獣と闘蛇がおり、闘蛇を育てる村で育った主人公・エリンが、王獣に惹かれ、それが原因で政治に巻き込まれ、生き方を選べない中でどのように生きたか、そういうことが描かれている。
少しだけ、本編に触れよう。ここまでで興味が湧いた方は今すぐ本編へ、内容に触れてみたい方はこのままどうぞ。
さて、主人公というのは、他とは違う能力があったり、生い立ちがあったり、ということも多いが、エリンの場合は後者だ。
彼女と彼女の母は、村の人と違う、緑色の目をしている。彼女の母の出身が村ではなく、各地を巡り、ひっそりと生きる霧の民という一族の者だからだ。霧の民は緑色の目をしており、外部との交流をほとんどせず、そのせいで神秘的な、不気味なイメージを持たれている。
そして、不気味な者、異質な者は、その他大勢の一般人から、差別や迫害を受ける。歴史的にみても、現代においても明らかなように。
エリンは母と別れた後、野生の王獣と出会い、惹かれ、国が王獣を保護し、獣の医術師を育てる施設、王獣保護場で暮らす。現代でいうところの大学の獣医学部のようなものだ。年齢的には小学校だが。
王獣についての説明だが、魔法の生き物でもなんでもなく、翼と手足のある、人が悠々と乗れるほどの大きな獣だ。野生のものは毛並みが美しく、国王の象徴であり、祭事などで捕獲された王獣が国王に献上され、その後、保護場に送られて一生を過ごすことになる。要は、政治的な獣だ。犬や猫のように人に馴れることはなく、世話をするにも音無し笛という道具を使って硬直させることが必須、その要領が悪ければ鋭い牙と爪で殺されることもある。そして、最大の特徴は、野生のものは毛並みが美しく、空を飛ぶのに対し、保護場に送られたものは毛色がくすみ、一日中ぼーっと過ごし、空を飛ぶことも、子をなすこともなくなる点だ。
エリンは保護場で、傷ついた幼い王獣と出会う。
リランと名付けられた幼獣は、国王に献上された時に大怪我をし、餌を受け付けず、命の危険があった。エリンはリランを助けたい一心で様々な工夫を凝らし、結果、リランに餌を与えるだけでなく、国内で初めて、王獣と言葉を交わし、馴れさせることに成功してしまう。
例えば道に、今にも死んでしまいそうな犬や猫がいたとして、それを助けることは個人の責任の範囲内で可能であり、何の問題もない。
ただ、王獣の場合は別だ。政治的な生き物であり、また、巨大で強大な力を持つ王獣と心を通わせたことで、国の政治に巻き込まれていく。
1,2巻は、国内での権力争いがベースになっている。その中で王獣との向き合い方にも悩む、エリンとリランの物語。3,4巻は隣国との争いを目前に、国に監視される中で、家族を得たエリンがどう生きたかが描かれる。
エリンは、特別強いわけでも、不思議な力を持っているわけでもない。口数も少なく穏やかで、王獣のことにのめり込み、賢く、芯が強い。
私がこの物語を好きな理由の半分は彼女が好きだからなのだが、とにかく彼女はひたむきだ。政治に巻き込まれる可能性を理解しても、リランを保護場の他の王獣のように育てることを良しとせず、いつか王獣を野生に返せるようにと願った。家族を得てからは家族を守ることに苦悩し、決してしたくなかったことーー王獣を戦争の道具として扱うことをもし、なんとか未来を切り開けないかと奔走する。
ただ王獣を愛し、国に監視されることもなく、家族と穏やかに過ごす。それだけのことが、彼女にとっては何よりも難しいことだった。4巻まで基本的にずっと辛く、それでも、辛い日々の中に少しずつ幸せなことがあって、エリンの人生を辿りながら、本の世界に浸ることができる。
生き物が好きな人、政治的な駆け引きが好きな人、ファンタジーが好きな人、どんな人にも読んで欲しいと思う、私の一番好きな本だ。
ももこ
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