【喫茶店日記】 ホワイト・フェブラリーⅠ (2月5日-2月11日)
2月5日 土曜日 立春
今日は寒い。空はまた灰色になり、今朝は大粒の雪の塊が結構降った。なのに、もう花粉が飛んでいるのか、鼻がムズムズする。キッチンの奥にいてもくしゃみが止まらなかった。
時々、ノザワさんは後輩を二人連れて休憩しにくる。ノザワさんはコーヒー豆の発送の際に、集荷をお願いしている郵便屋さんだ。背中に「JAPAN POST」と書かれた制服を着てお茶をしているポストマンたちの姿がわたしは大好きだ。あったか〜いとストーブの前で温まる一人は、モコモコのダウンブーツを履いていた。ノザワさんはいつものね、と頼んだ。この時期はあったかい方のカフェオレを用意する。
ストーブのある店の玄関には、去年の年末からずっと猫の里親募集の張り紙がしてある。あんまり興味なかったのだけど、最近その猫とよく目が合う。あまりにも引き取り手が見つからなくて気になり始めてしまった。おととい、猫を飼っている近所のかずちゃん家に遊びに行ったこともあり、さらに飼いたい衝動に駆られ始めた。緑と青のオッドアイがきれいな真っ白の白猫くんだ。いいなぁ、うちで飼ったらと妄想を膨らまし、とうとう名前まで考え始めてしまった。そしてひとつ、いい名前が思いついてしまった。
2月6日 日曜日
るりさんは「由美さん、食パン買っていったね。」といった。わたしも先にあがった由美さんが、「由美子、食パン、440円」という伝票をこっそり残していっったのを見つけていたから「買って行きましたね。」と答えた。
明日うすいさんは朝から病院で検査の為いないと聞いた。だからきっと、明日由美さんは一人でこっそりパングラタンを作るに違いない。るりさんとわたしは同じ予想をしていたから笑った。きっと今頃クリームシチュー用の具材を買い出ししてるのかなぁと考えたら可愛くてにやけてしまう。
(※パングラタンについてのエピソードは2月1日の日記にて書かれています。)
2月8日 火曜日
午後4時20分、ブラインドから西日が差し込む。カウンターには一人、いつものお気に入りの角の席に座って新聞を広げて読んでる。彼の広げた新聞をシマシマ模様に光が黄色く照らしていて、きれいだなって思った。
2月9日 水曜日
今日もカウンターに西日が差し込み始める4時過ぎに、誰もいないカウンターに彼はきて、また新聞を広げた。昨日と全く同じ光景だ、と思った。でも、今日の西日は白く、昨日ほど鋭くなくて、もんやりとコーヒーの湯気と混じって新聞紙の上をゆらゆら漂っていた。今日の彼は左手にスマホを持って、何処かの国の国歌みたいな曲を流しながら、右手でその軽快な二拍子を指揮をするようにリズムを刻んでいた。そして、顔をこちらに上げ、「いい曲だよなぁ〜、早稲田の校歌って。」と、しみじみそう言ったから笑ってしまった。
それからカウンターが次々と埋まっていく時間。北京オリンピックのこと、今日のアルパカ牧場のこと、などについてで盛り上がっていた。そして気づいたら外は暗くて、明日はまた雪らしいな、と誰かが言った。
2月10日 木曜日 休み
朝起きたら予報通り、雪が積もっていた。庭の丸いテーブルの上に、白いショートケーキみたいな白い塊が出来上がっていてちょっと嬉しくなった。庭のふわふわには踏み入れずに、そのまま綺麗だなぁって眺めた。雪が降ると、あの骨身にしみるほどの寒さはなくなる。そんな雪の降り積もった朝特有の静けさがわたしは大好きである。冷たい空気を鼻で吸い込んで、その静けさの中で耳を澄ますのが本当に気持ちがいい。ゴミを出しにゴミ捨て場までゆっくり歩いた。案の定、家の前の下り坂で一人で滑って転んだけど、絶対転ぶという確信があったから、心と身体の準備はできていた。もちろん誰も見ていないから、華麗にそのまま帰宅した。
こういう雪が降り積もる日は近所のリンゴ農家の江本さんがうちの軒先まできてトラクターで除雪してくれている。(店でも彼のリンゴジュースを使っていて、美味しくて人気である。)うちは平屋の一軒家で、家から道路までのスペースがとても広く、自力でここを全て雪かきするのはかなりの労力がいる。いつも気づいた時に玄関先は除雪されていて、江本さんはもうそこにはいない。本当に、助かる。お礼に近々コーヒーチケットを江本さんの棚に入れておこうと思う。
るりさんがうちにきた。一緒にお茶がてら、大豆の選別を手伝ってくれた。おしゃべりしながらのこういう作業は本当に楽しくて、大好きだ。さらに、雪景色を窓の外に眺めながら、家の中でする手仕事は最高である。るりさんは、先日由美さん家にお届け物があって寄ったら、体調が整っていなかったからか検査を早く切り上げて帰ってきたうすいさんに遭遇した話を聞かせてくれた。
わたしもるりさんも、今回ばかりは、うすいさんの身体の心配よりも由美さんが無事にパングラタンを食べられたかの方が気になって仕方なかった。
2月11日 金曜日
また今朝は雪がすこし降り積もっていた。今日も気づかぬ間に江本さんは雪をかいてくれていた。その後、カウンターに座る江本さんに会えたので、ありがとうを伝えられた。でもいつも彼は「え、なんのことだっけ?」ととぼけるのがお決まり。その度に優しさが染みて、本当にじんわり泣けてくる。
昼過ぎのカウンター、店は静かで、窓の外に向かって「おお〜い、見えてるか〜い」と言ってマスターが両手を大きく振っていた。何ごとかと思ったら、黒い車の助手席にお犬様がぴょっこり、白くてふわふわの頭を覗かせ、真っ黒のまん丸の瞳でまっすぐと飼い主様のいるこちらを見つめていたから笑ってしまった。まだ降り積もる雪の中に、それらが白、黒、白、黒、とオセロみたいに並ぶ景色がおかしくて、眩しくて、目がチカチカしてきた。
←続く
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