忘れられない『お吉物語(唐人お吉)』のこと


お吉物語には思い出がたくさんあります。
お吉物語、唐人お吉ですね。
旅芝居でも幾つかの劇団でそれぞれのやり方で演じられています。
(中にはとんでもない解釈のものをやっている一派もありますが!)
私が忘れられないのは、ある元座長が若い座長に立ててやったお吉です。

立てる、とはこのnoteでも何度か書きましたが
「新しい芝居を口立て稽古で教えて上演する」ということ。
旅芝居の芝居は口から口へ、近年でこそパソコンで台本を作ってという
一般的な演劇の稽古みたいなのも増えていますが
ひとりの役者(座長やベテラン)が口頭で演じてみるのを
座員ら皆が車座になってレコーダーに録音したり稽古帖にメモしたりして聞き、覚え、
その後立ち稽古という形が一般的です。(これ、本当にすごいことやねえ)
若き日、女形を得意としていた元座長の彼は、
流れ流れて行きついたその劇団の若い座長にお吉を伝えることにしました。
私的にはちょっと早いのではないかと思ったのですが
彼は彼なりに「この座長についていこう」という想いがあり決めたのでした。
まずは簡単なバージョンのものを(これはシンプルな筋立てのもの)
これがうまくいったので、
翌月ちょっと大がかりなもの(お吉物語完全版)を伝えることに決めた。
と、私は早いうちから話を聞かせてもらいました。
ので、完全版、をちょっと遠い土地の劇場まで観に行ったのも懐かしい思い出。

私的にはやっぱりちょっと早かったかなあ、が、観た印象でした。
けれど客席は全員泣いていた。
今っぽい演出と当時流行していたJUJUのドラマチックな1曲をBGMに使ったこと、
旅芝居の中でも大きな劇場だから作れた大きなセットと
本水(舞台奥にプールを作って入水する川を再現)。
若かった、けど若かったから「今」「その時」しか出来ないお吉で。
素直に、初演(という言い方は旅芝居ではあまりしませんが)を観られて良かったなあと思いました。

でも、なにより・・・。
良かったなあ、と思ったのは「継がせた彼」、
芝居を立てた彼、若き日にお吉を演じていた彼、の終演後の本当に晴れやかな顔を見たことでした。
「どうやった?!」
送り出し(終演後のお見送り)の際の、表情!
「ありがとう」 いや、私観に来ただけ!(笑)
「座長はよくやってくれたよ」うん。
元座長。数年前にその劇団に入ったベテラン。
借金があって、若き座長の父(長年の友人)に肩代わりをしてもらって、そしてここに。
若き日、いい時代、覚せい剤もやった、
女性関係のごたごたもあった(これはどの役者もですね)、そして流れて流れてここに。
若き座長の父は私によく話してくれました。
「あいつはね、ワルいやつじゃないんや、弱いんやね。ちょっと弱すぎるからああなんや」
ああ、そうか。そうなんや。
悪いことしたことは絶対に許されることでもないし肯定も出来ないしいいことじゃない。
うつってきてからも犯罪ではないが「ん?」な行動もあった、でもそれは、そうだ、悪いんじゃなく、弱いんや。
そんな彼が、お吉を。若き日のお吉を、若い座長に、骨うずめる覚悟できた劇団の若き座長に。
若き日に若きその人のお吉を観た人から話をききました。
「お吉は得意にしてたけどね。嫌いだって言ってたわ。
あんな(ハリスさんのことや鶴松さんのことやいろんなことがあっても)弱い女、
酒におぼれる女はいい女じゃない、って」
ああ、もしかしたらきっと、それは自分を重ねていたのかもしれないな、なんて。
舞台と実が重なったお吉が、新しい形で、若い子に・・・。
やはり、私にとって、忘れられない、お吉です。


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