『落研ファイブっ』第二ピリオド(9)「こじらせた男」
〔う〕「やあやあ良く来たね。若様、そちらさん方が夏の新入りさんだね」
津島と長津田。
仮新入部員二人をにぎわい座に引率した三元は、松脂庵うち身師匠の元を訪れた。
〔三〕「そうだよ。特にこちらの津島修二君は、俺には教えられないような難しい噺も一発で覚えてきやがる。大した才能だよ」
哲学談義を餌に吹っ掛けた津島修二は秀才として名高い人物だ。
ただし、余りに生真面目すぎて危なっかしいとは、津島を知る教師生徒の共通した見解である。
松葉づえとさよならしたばかりの津島は、松脂庵うち身師匠に生真面目に礼をした。
〔三〕「こちらは長津田敦君。とにかく運動が嫌で嫌でたまらず、落研に転部してきた。競技かるたってのは何でも『畳の上の格闘技』って二つ名があるんだと」
〔う〕「運動が嫌で嫌でたまらないなんて、そりゃまるで若様じゃないか」
長津田は、人見知り気味に頭を下げた。
※※※
〔う〕「ご存じかもしれねえが、寄席ってのは江戸時代から庶民の娯楽でね。ふらっと木戸銭――現代の言葉で言えば入場料――を払ってお目当てを見て、ふらっと出ていきゃ良い」
〔三〕「にぎわい座は客席で飲食が出来ねえのがちょいと残念だがな。ワンカップ片手に甘納豆をつまみながら、浅草で寄席を見るのが夢なんだよ」
三元はまたも年齢詐称を疑われる発言をする。
〔う〕「まま、ジジイと年齢詐称の若ジジイの講釈を聞くより、冷房の効いた客席で半分寝ながら見るのが正解さね。それにしたって若様以外はこんな暑い中でサッカーの練習だろ。とんだ貧乏くじだ」
〔三〕「仏像は元々オリンピックのメダル候補クラスのスノボ選手だったし、餌はビーチサッカーにすっかり夢中だし。シャモは。あれシャモは何であっちに行ってるんだ」
三元はいぶかしがりながら、競技かるた部から来た刺客たちと共ににぎわい座の客席へと向かった。
※※※
ところ変わってこちらは熊五郎紹介の国際規格準拠の室内練習場。
『落研ファイブっ』一同は新部員候補も含めて準備運動中である。
〔仏〕「あれ、結局シャモも飛島君もにぎわい座に行かなかったの」
〔飛〕「ぼくは松田君の代理ですから、戦術分析ノートをつけないと」
〔シ〕「だってあの新入り共、どう考えても競技かるた部からのし付きで押し付けられた野郎どもだぜ」
シャモが伸びかけのねぎ坊主頭を掻きながら応じる。
〔餌〕「いきなり大地母神に構造主義だの群論だの。僕が『愛・楽・自由』をおっぱいで表現したのがよほど気に入らなかったんだよ」
初対面でおっぱいトークは確かにどうかと思うぞと、仏像が突っ込みを入れる。
〔飛〕「僕だって『ダヴィッド同盟(※)』について延々と語られて大変でしたよ。松田君はさっさと逃げちゃうし。本当にあの子は要領が良いんだから」
元競技かるた部の二人に振り回された三人は、げっそりとした顔でお互いを見合った。
〔今〕「随分とまたこじらせてやがるな。落語千本ノック行っとけ。そのご大層な頭が空っぽになるまで、落語を覚えさせるしかない」
ぼやきを隣で聞いていた野球部アルプス席の今井が声を掛けてきた。
〔仏〕「野球部が言うと説得力半端ない。やってみるか」
〔餌〕「知識人っぽい噺家さんの真面目系DVDを見せて、片っ端から覚えさせるか」
〔仏〕「今頃うち身師匠とにぎわい座の洗礼を受けてるころだから、話が違うって怒りながら入部を取りやめているかもな」
〔シ〕「今日のにぎわい座、誰が出るの」
〔仏〕「シャモの魂の恋人か」
〔下〕「マジっすか。今度こそマジに普通の彼女が出来たっすか」
シャモの恋人と聞いて、柔軟に勤しんでいた面々が口々に声を上げた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
※ダヴィッド同盟 ドイツの作曲家/作家であるシューマンが作った理念上の団体。
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