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初めから君に恋してる十一

十一 恋とメイド
教室の戻ると、話したこともないクラスメイトたちが私を囲んだ。
「オケ部の発表、すごかったね」
「すっごく楽しかったよ」
「あの、連弾していた先輩って、うちのクラスによく来る先輩だよね?」
矢継ぎ早に質問される。クラスメイトも興奮気味だ。
校歌を楽しんでもらえたみたいで本当によかった。
「やっぱり、音楽できるってかっこいいね」
「おお、杉浦もかっこよかったぞ」
男子も話しかけてくれた。
「お疲れ!!」
真希ちゃんと若菜ちゃんが拍手してくれる。
「陽葵ちゃん、頑張ったね」
「みんなノリノリだったね」
真希ちゃんと若菜ちゃんが私をギューッと、頑張ったねハグをしてくれた。
外や講堂で催し物が多い時間帯のせいか、うちのクラスの喫茶店は、まだ混んでいなかった。
「さあ、陽葵ちゃん、当番だよ。お着換えしましょうか」
真希ちゃんと若菜ちゃんが笑みを浮かべて私を控室に連れて行く。
戸棚から真希ちゃんが着替えをぽいぽいと渡してくる。
「ねえ、本当にこんなの着るの?」
ちょっとひくんだけど。
「うん、私たちだって着てるじゃん」
黒のミニスカートにパニエをはいて、白いレースのエプロンをしないといけないらしい。真希ちゃんも若菜ちゃんも運動しているだけあって、スタイルがよいからいいけど。私は恥ずかしいです。裏方で準備するじゃダメ?
「やだ、ちょっと無理。私、似合わないもの」
ロングなニーハイソックスでだいぶ足が隠れてはいるけど。この10センチほどの、隙間からのぞく太もも。
ああ。もう、なんとかして!
「いい? 陽葵ちゃん目当てで、来ているお客もいるんだからね。誰に何と言われようが、絶対このコスチュームから違う服に着替えちゃダメ。男子は執事服、女子はメイド服。雰囲気大事よ。むしろ雰囲気しかない喫茶店なんだから」
真希ちゃんの目がマジです。
「特に! 先輩に言われても、ぜったい着替えないでね」
なんでこんな時に先輩が?
「ほらほら、行こう。三人で歩けば大丈夫。陽葵ちゃん、可愛いから。教室で一緒に写真撮ろうね」
若菜ちゃんが私の腕を組む。
ううう。ぜったい逃げられません。
「ねえ、ねえ、なんかみんな見てる気がするんだけど」
「大丈夫、大丈夫~」
真希ちゃんが抵抗する私の背中を押す。
「いや、本当に。視線が痛いよ」
「気のせい気のせい」
真希ちゃんは歌うように返事をしたけど、やっぱり気のせいではないと思う。通り過ぎる人たち、みんな見てるんだけど。ねえ? 真希ちゃん、若菜ちゃん?
「メイド服が通るからだよ。みんなも色んな衣装着てるし、陽葵ちゃんは気にしないの。まあ、気にするのは、崎山先輩だけかな」
若菜ちゃんはケラケラと笑った。
たしかに、すれ違うお化け屋敷の宣伝の生徒は、お化けに扮しているし、劇の呼び込みの人たちは舞台衣装だ。エプロン姿の生徒もいるし、女装してスコートをはいてラケットを持った生徒もいる。
「陽葵にそんな格好、禁止って、絶対、崎山先輩が言いそう」
真希ちゃんと若菜ちゃんが、げらげら大笑いする。
「なんでそこに蓮先輩がでてくるんですか。蓮先輩はそんなこといいませんって……。別に私と蓮先輩、そういう関係じゃないし」
「どういう関係なんでしょうねえ。ふふふ。先輩、陽葵のこと、すんごく心配してるからさ」
「はあ」
そうなのかな。うーん。
蓮先輩にとって、私って、やはり妹扱いなのかもしれない。
私は好きなのに。はあ。どうしたらいいの?
私は自分の思考に落ち込む。
クラスのドアの前では、すでに蓮先輩が待っていた。
「時間ができたから、ちょっと見に来たよ。うう、陽葵、その格好、反則!」
蓮先輩が悶絶している。
「え? どこか変ですか」
がーん。ほらね、やっぱり先輩に変に思われた。
スカート短いですよね。この格好、似合わないですよね。真希ちゃんや若菜ちゃんのようにスタイルのいい人たちが着るべきですよね?
やだ、もう。着替えたい。
蓮先輩が何も言ってくれないので、私はどーんと暗くなった。
「何、言ってるんですか。陽葵ちゃん、こんなにかわいいでしょ」
「先輩、アホですか。ちゃんと褒めないと!」
真希ちゃんと若菜ちゃんが蓮先輩に突っ込む。
「うるさい、後輩ども」
「陽葵ちゃんがショックで涙目じゃないですか」
「かわいそう。ひどーい」
大げさに真希ちゃんと若菜ちゃんがはやし立てる。
「ひ、陽葵。そうじゃないんだ」
「へえ、じゃあどういうわけなんですか、せ・ん・ぱ・い。まだ言ってないんですか。取られちゃいますよ?」
真希ちゃんが腹黒い笑みを浮かべる。
蓮先輩は一瞬顔を引き攣らせて黙る。
「う、うるさいぞ、後輩ども」
「陽葵ちゃんが、ほら、よそに給仕に行っちゃいますよ。さあ、正直に言うんですよ。かわいいねですよ? わかってます?」
若菜ちゃんがニヤニヤしている。
蓮先輩に見られたらはずかしくて、どうしても太ももが気になる。私はスカートの丈がいくらかでも伸びないかと、すそを引っ張っていた。
「陽葵……。その……、その服。ええっと」
「メイド服、似合いませんよね。恥ずかしいから、早く脱ぎたいんですけど。蓮先輩はもう見ないでください」
「脱いじゃダメ。いや、脱いだ方がいい。俺、ちゃんと見ているから。がっつり見る」
蓮先輩が一人で慌てている。
「ほら、先輩、ちゃんと言わないと伝わりませんよ。他の男子が狙ってますけど、どうするんですか」
「うううう。陽葵、可愛いから、他に行かないで」
蓮先輩の顔がみるみるうちに赤くなる。
私の心臓もドキドキし始めて、世界が止まったみたいに感じる。
蓮先輩、「可愛い」という不意打ちは、禁止です! 先輩の視線が熱い。
私たちが見つめあっていると、
「ほらほら、ここから先は、先輩がテーブルで注文してからです。いっぱい注文してください。陽葵ちゃんにずっとお願いしますから」
蓮先輩の目がキランと光った。
「まかしとけ、いっぱい注文する。そしてほかのテーブルには行かせない。さあ、後輩ども。俺を案内するんだ」
蓮先輩が財布をみせたので、私は思わず苦笑する。
「いらっしゃいませ」
クラスメイト達が教室に入る蓮先輩に声をかける。
蓮先輩はテーブルについて、私に手を振った。
「先輩にメニュー、お願いしまーす」
真希ちゃんが私にメニューと注文用紙を持たせた。
蓮先輩は、私がテーブルにいくと、私の顔を見ないで黙っている。
「すいません、お見苦しくて」
私は恥ずかしくなった。
「そ、そんなこと、ない。可愛い。ほんと可愛い」
蓮先輩はメニューで顔を隠しながら、チラッと私を見ただけだ。
ちゃんと話してもくれないんだ。ちょっぴりショックを受ける。
「蓮先輩、やっぱり、他の人に代わってもらいますね」
「ち、違うんだ。陽葵のその格好、他の奴らに見せたくないだけ。ダメ、行かないで。ほんとダメ。」
先輩が茹でダコのように真っ赤になりながら、否定する。つられて、私も顔が赤くなるのがわかった。
「ちょっと、そこ! 注文、まだですか」
若菜ちゃんが突っ込んできた。
「今なら旦那、二千円以上の注文で、陽葵ちゃんのメイド服写真がついてくるっす」
「ナイスだ! 後輩」
目を輝かせながら先輩は若菜ちゃんにハイタッチした。
ひー、いつの間に若菜ちゃん、私の写真撮ったの。こんな写真、削除してください。
「絶対その写真、配るなよ。俺だけってことな」
「旦那、合点でぇ」
真希ちゃんと若菜ちゃんがニヤッと笑った。
真希ちゃん、若菜ちゃん。その言葉遣い、いつの時代の人なの。それに、勝手に写真撮っちゃだめ。恥ずかしいから。
私が眉をひそめていると、「先輩が可愛いって言ってくれて、よかったね」と真希ちゃんがささやいた。
「しかし、旦那はやきもちやきだね」
若菜ちゃんが蓮先輩につぶやくと、「うるさいわ、お前ら」と蓮先輩にぽかっと叩かれていた。

当番の時間も終わり、文化祭も終わりの時間になった。
帰る準備をし終わったが、先輩が迎えに来ない。クラスはまだ文化祭の余韻が残っていた。
蓮先輩、忙しいのかな。もう帰れるんだけど。
なんか蓮先輩がいないとすぐに会いたくなる。もうすぐ蓮先輩、オケ部に来なくなるのかな。いやだな。
廊下をもう一度見るが、まだ先輩の姿はない。
ピアノ、蓮先輩と弾けてよかった。オケ部と一緒に演奏で着て楽しかった。
ああ、寂しいな。
カバンを置いて、ため息をつく。
ガラッ。
クラスのドアが開いたので、蓮先輩かと思って顔を上げる。しかし、来たのは隣の席の田上君だった。
「なんだ、杉浦、まだ帰ってなかったのか?」
「うん、でも、もうすぐ帰るよ。今日は疲れたね?」
「じゃあさ、俺と、い、一緒に帰る?」
田上君が私の顔を見た。
「え?」
「ああ、約束があるならいいんだけど。杉浦はいつも忙しそうだし、きょうくらい時間があるかなって。俺、演奏を聞いて、感動したんだよね。杉浦とゆっくり話してみたくってさ」
田上君が早口で言う。
「あ、ありがとう。演奏、聞いてくれて……」
「音楽っていいもんだな。陽葵ちゃんも上手かったし」
田上君の頬が紅潮している。
そうだよね。音楽の力って偉大だとおもう。オケ部、最高だった。本当に楽しく演奏ができてよかった。それが田上君にも伝わったんだ。
じーんと胸が熱くなる。
「はい、はい。俺とオケ部の発表、聴いてくれてありがとうな。俺たちがんばったんだよな」
蓮先輩が開け放してあった教室のドアから顔を出す。
「ああ、先約がやっぱりあったんだな。またな、陽葵ちゃん」
田上君はばつが悪そうな顔をして、教室を出ていった。蓮先輩はムッとした顔をしている。
「陽葵、あれは誰?」
「隣の席の田上君です。ノート貸してくれたり、親切にしてくれるの」
「あいつ、下心がある。俺にはわかる。いつも陽葵を狙っている」
蓮先輩が腕を組んで真剣そうな顔をしている。
「ええ?」
それは勘違いですよ。でも嬉しい。蓮先輩、やきもちですか? 
下心って、たぶん、ちがうんじゃないかな。純粋にオケ部の演奏について語りたかっただけだと思うけど。
「あいつ、ぜったい陽葵のことが好きなんだ」
蓮先輩が威張る。蓮先輩、シスコンですか? ぜったい妹がいたら、シスコンになるんでしょ?
「なんですか、先輩。それって嫉妬ですか。それともシスコン?」
私のからかい交じりの指摘に先輩の顔に余裕がなくなった。
「そうだよ、悪いかよ。陽葵が悪いんだ」
蓮先輩がいじけた。
「ええ?」
突然私のせいにされて戸惑う。
蓮先輩はシスコン説が急浮上する。
「すべて陽葵が可愛いから悪い」
「先輩、それはお兄ちゃんという立場からでは? 身びいきですよ」
先輩の言葉に思わず驚く。
「身びいきじゃない」
「だって、この前、お兄ちゃんだって、言った。その前は後輩って言いましたよね?」
「嘘、あれ、全部撤回。 陽葵は妹でもただの後輩なんかでもない。照れてごまかした」
先輩の言っている意味が少しずつ分かりかけて、恥ずかしくなる。次の言葉を期待する自分がいる。
二人の間に甘い緊張感が漂う。
「陽葵のこと好きだ。陽葵は?」
教室の窓から夕陽が差し込み、先輩と私の影がドアの方まで伸びている。
「わ、私も、好きです」
勇気を出して、気持ちを伝えた。
「まさか、お兄ちゃんとしてとか、付け足しでいうんじゃないだろうな」
先輩は曇り顔になった。
「先輩とはちがいますよ」
ちょっとふくれてみせる。だって、私、ショックだったんですからね。妹って言われて。大好きなのに。
「じゃあ、どういう意味ですか。陽葵、教えて?」
甘い声で私の耳元でささやく。いつのまにそばに来ていた蓮先輩は、いたずらっこな顔をする。余裕があるその顔がちょっと悔しい。
言いたくない気持ちと、言わなきゃという気持ちがないまぜになる。
きっともう一度言わないと蓮先輩は許してくれないだろう。恥ずかしい。
「だから、本当に、蓮先輩のことが好きってことなんです」
私は俯いた。
きっといま全身真っ赤になっていると思う。頭の中は真っ白だ。
「陽葵……。可愛い」
先輩の顔が近づいてくる。
私は思わず目をつぶった。
唇にふわりとしたものを感じ、思わず目を開ける。
もしかして……。
先輩の唇が触れた? え? どうなの?
目を開けたときは先輩の顔はすでに離れていて……、耳まで赤くなっていて、頭を掻いていた。

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