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Yonn _

前回の投稿から2ヶ月が経っていた。
もはや11.8、
あっとゆーまに2022年が
加速して終わってしまう時期になっている。!

10月末で、半年程働かせてもらった梅農家のバイトが終わった。

約週6、おばちゃん達や会社の人たちとのじかんは
社会勉強的な面でとてもよい人生体験だった。

けど、座りっぱなしの8時間労働によって
私のようなバランスが崩れた体は
すぐに骨格の歪みや筋肉の炎症におかされてしまい
また体についてよく考えさせられたじかんでもあった。

体がよくない方の 精神論よりな理学療法士なので
年々、常に体の中へ意識は向くようになっている。

細かいけれど、
小さな関節の動きと筋収縮や 痛みなどの炎症具合、
内臓の滞り具合や冷え、
姿勢とバランス状態を常に感じている。

梅農家での8時間ほぼ座りっぱなしの仕事は
背骨が屈曲していくので、余計に
その肉体への内観能力は向上していった。

そんなじかんは、
体を回復・再建していくために必要な要素に
身をもってたどり着けたり。逆に、
体の回復にとって良くはないこともはっきりしたり。

また、
心を整えていくための 前提的な姿勢を
自分の中でまとめていくために必要な材料を見つけたり。

一人暮らしを始めて1年経ち
病んでいた心も だいぶ安定した上で、
心と体の繋がりを、身をもって
深くシンプルに捉えることができた。◎

まだ言葉へ熟してないが、
ぼちぼち出してみる価値ある人生体験という材料は
揃ってきているような気がしている。

私の産み出したい創造物・表現は、
もう数年前から 軸は変わらない。

この現実の自分が 安らぎに包まれている状態で
それを産み出したいと思っているのだ。

_

この一年、あえて馬の仕事から離れて、
一人暮らしでのぐーたらごろごろを体験したり
外で 立ちっぱなしや座りっぱなしの仕事をしたり
体自体にとっては 不健康なこともやりきった。

それも
県外へ出て、一人で一軒家で生活するという人生体験を
自分が望み 飛び出したからである。

だからこそ今、
ニートになって 自分の時間を自由に使える今、
少し頑張んないといけないのが分かる。

一日中だらだらするのも、
外で仕事をするのも、
今の私にとっては簡単なことなのだ。

このニートになるタイミング、
一人暮らしを始めて3回目になる。

今までは 心の中で
経済的な不安が先立ってきて、
自己表現に対してざわつきもあり
外で仕事を見つけたり、流れたりしてきた。

個人的にだけれども、
今は、3回目 同じ人生体験やっても
もう本当につまらないことになる。って思っている。

現代人が難しいことって やっぱり
自分の本当の考えや望みを素直にやることや、
目の前にある生活という現実に一念してやること。

その先に、ん、その上で
個々が求めている
経済的な豊かさや、心の充足感や
体の健やかさがあるのだ。

頭の中で、意識がうろちょろしていると
やっぱり言動や行動も うろちょろしちゃう。

そこに気づいているか気づいていないかは別にして、

私も 自分の人生や現状に不満を持ち
逃げてみたり 挑んでみたりと迷っている
人類の一人なのだ。

宇宙のことも、社会のことも、世界のことも
人間という生き物のことも
見せてくれた この半年間の人生体験は
私の人生にとって、あってよかったものだった。

私の今って、お金はそれほどないし
出ていく予定のお金もそれなりにある。

私は人間なので
現実的なことが、やっぱり大事だと思っている。

現実といっても、
目に見える物質的なことを示して使ってるのではなく

『 現実( 物質的 ) は、意識( 精神的 ) なものがつくっている 』
という事実を前提とした上で、
私は現実という言葉を使っている。

だからこそ、
この2ヶ月で自分に落とし込んだ
人類にまつわる法則に従って
私はまだ外で働かないことにした。
( 個人的な意見、他人へ強要しているわけではない )

その代わりに、

自分が自分と一致した上で、
他人や社会・まだ見ぬ世界と交わるために

毎日、朝夕は軽いお散歩をすることと
瞑想timeをこまめに思い立った時にすること。

一日の中で、同じ作業を長い時間やり続けず
こまめに休息をとること。

を、始めたところである。

できるだけ、クリアな意識の中で
自分の生活を営んだり、他人と関わったりしたい。

この2ヶ月の間にあった、大きな気づきは
ハイヤーセルフなどと呼ばれる
見えない側の自分の存在を 比較的しっかりと
感じとれるようになったこと。

だから
それを無視して行動したり発言したりすると
違和感と共に ストレスになるようになった。

自分の望む人生を歩んでいきたいのなら
ゆっくりでいい。と、
色々なところから その仕組みを
教えてもらっていたような日々だった。

なかなか今の社会でそれをしていくのは
簡単なことではない。
少し力がいる。そんな時を今過ごしている。

とにかく、
①朝夕の10分散歩 ②こまめに瞑想
が珍しく 気持ちよくできているので
苦手だった継続すること をやってみようと思う。

続かないということは、
自分に方法が合っていない。とか、
仕組みの理解が足りない・腑に落とせていない。
とかが原因だと思うので、
またそのへんを整えていけばよい。

長くなった。けどおかげさまで、
自分の散らばった意識は まとまった。

そのために、このnoteを活用している。
心地よく活用できていれば、知らぬ間に
何年も継続するものみたいだ。

そんな感じで、

私が今やっと試みている
お金を介する 表現したいこと・創りたいものが
自然と産み出されていくのだと
事実 不安半分あるけれど、
今までにない軽やかな自分で思えている。

だからこの冬、『 静のじかん 』を充実させる。

冬至までは、陽極まり続けて
冬至からは、陽極まり陰へ転じ
  春分まで、陰の極まるじかん。

『 静のじかん 』も大きく2つに分かれる。

この美しい二十四節気に 少し力を借りて
『 静のじかん 』を実りあるものにしたい。

人生をなめていた。

人類と人生の仕組みへの理解がすすみ、

じゃあ自分自身がこの生涯で何をやりたいのか。
どんな自分で在りたいと望むのか。と、問い
30歳にして 収束した答えはいくつか出てきた。

焦りをあおるわけではないが、

かるーく全て意図すれば叶うと調子にのっていたら
あっとゆうまに人生が終わってしまう。

" すべきとき・すべきこと " は、
少し力を入れてやっていこう。と . . 

きっとこの2022年11月、
そーゆう良い意味でのあおりが 宇宙からきている。

人間の自分は地面、魂の自分は天空。

人間の肉体と同じなのだ。

股関節を点に 下にも上にも矢印が向き
伸縮性のある筋肉を養うことが
健やかさな肉体へ再建するために必要。

精神も、地へのグラウディングと共に
天と繋がる 大きな意識で
自分の感情を俯瞰することが必要。

" すべきとき・すべきこと " を始めれた今日。

今日はとても健やかな満月だなあ。○

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