ガラクタ捨てれば自分が見えるのか?
今から約6年前、今のマンションを購入して引っ越してきた。
私は当時、モノが多いことが豊かな象徴とばかりに沢山のモノを所有しており、片付けが苦手なのは間取りや収納のせいだ!と思い込み、今のマンションを買う時に約100万近くかけて居室をまるまるひとつ大型クローゼットにリフォームした。
沢山の洋服やカバンがお店のようにズラリと並ぶさまを見て、心底満足していたのだが、それは最初の1,2年のこと。
すぐにまたクローゼットの中は大渋滞を起こし、「あんだけお金掛けてリフォームしたのに、この使い方は無いわ」と夫を心底落胆させた。
だんだん理想とかけ離れていくのを自分でも痛感していたが、何も捨てたくないし、全部大事だし、言い返すことが出来なかった。
モノの渋滞の原因を何年もかけて試行錯誤しながら探った。
この時に出会ったのが、著者カレンキングストンの、「ガラクタ捨てれば自分が見える」という一冊の本。
風水整理学とあるが、それを除いても良書なので…というレビューを見て読んでみたのだが、この本の内容が私の中でかなりセンセーショナルだった。前半を読み終える前に片付けが始まってしまい、あっという間に何袋ものゴミ袋を満タンにした。最後まで読もうとしても、また途中で片付けが始まって読めないのだ。
沢山モノを処分した後、気持ちがとてもすっきりした。この本があれば、他はもう要らないなと思い、10冊くらいあった片付け本もすべて処分した。
また少しすると元に戻るような感覚があったが、その時にまた本を引っ張り出して読み、、、という事をひたすら繰り返した。
モノが100個あれば100回「選択・判断」する事になるのだが、これをひたすら繰り返すことで、理由を考える時間、どうするか悩む時間がぐんと短くなっていった。
そしてだんだんと思考が整理されていき、モノに対してだけではなく、日常の判断能力の速度も少しずつ上がっていった。
そしていくつか前の記事に記した実家の片付けのフィナーレを迎えることが出来た。
部屋が、自分自身が、少しずつ整い始め、何かが変わる感覚を得て、
「ガラクタ捨てれば自分が見える」タイトルに偽りなし、と感じた。