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日本初「演劇を学ぶ国公立学校」案が発表。日本って欧米の演劇教育と違うの?

演劇・ダンスを学べる国公立専門職大学の創設案と、学長候補者は平田オリザさんであることが発表されました。演劇関係ではけっこうなニュースです。(正確には「県立の専門職大学」です。いろんなニュース見出しにより「国立の大学」だと勘違いしそうですが、違います)

せっかくなので、「なんで国公立に演劇コースがあったほうがいいのか」「どういう学校になる可能性があるのか」を、ざっとですが眠れぬ夜に書いてみました。おかげでもう朝だよ。


まず、この『演劇やダンスを学べる国公立機関が初の創設』というニュース。これまでもいろんな人がいろんな場所で「私立だけでなく国公立で演劇を学べるようにならんかー」と言ってきましたが、兵庫県豊岡市に作られる県立の専門職大学で演劇のカリキュラムもあるとのことで、ついに形になる……!と話題です。今回、この構想は、実現に向けて動かれていた豊岡市や市長の尽力があったからだと思います。

まぁ、まだ申請が通ったわけではないのですが、認められれば、正式名称は「国際観光芸術専門職大学」(漢字が多いな)となり、2021年に開校となります。

平田オリザブログ「学長候補者就任について」

■ずっと言われてた、「演劇を一般教育に」。

演劇が「国公立」で学べるということは、国が演劇を一つの教育ジャンルとして具体的に認めることでもあると思います。

もともと平田オリザさんはずーっと「演劇を一般教育に」と言ってきました。そして、実現に向けて取り組んできました。それが、平田オリザさんが構想・設立・運営に関わってきた、2000年設立の桜美林大学総合文化学科(現:芸術文化学群)であり、2011年誕生の四国学院大学演劇専攻コースです。(私は桜美林大学の4期生なので、2007年に平田オリザさんが大学を離れるまで3年間学びました)

外から見ていて「大学を利用して自分の演技形式を広めてる!」と揶揄する声もありましたが、これまで平田オリザさんが関わってきた授業プログラムでは、できるだけ多彩な講師を揃えるよう努められていました。定期的な授業が難しい場合は、短期のWSや講座の講師としてさまざまな劇団の各部署、劇場、芸能の方が来てくれました。
「人間だから好みも相性もある。俳優なら、この脚本家の台詞は言えるのに、この脚本家の台詞はどうも覚えられないということがあるはず。自分がやりたい演劇、一緒にやりたい人と出会えれば」というようなことを言われた記憶があります。

また、講師を呼ぶ際にこだわったのは“現役で活躍する人”であること。おかげで、いろいろなタイプの現役演劇人に会うことができました。もちろん、全ジャンルを網羅することは難しいので、偏りがないわけじゃないですが……。

また、演劇専攻であっても4年生大学なので一般教養も学びます。演劇の授業についても、他の多くの大学の演劇コースでは実技がメインですが、桜美林大学では実技(演技、各種テクニカルワーク含む)と座学は半々くらいで、かつ「舞台づくり」についてだけ学ぶのではありません。演技・各種スタッフワーク・劇場法や著作権などの創作に関わるあれこれ・アートマネジメント・他ジャンルのパフォーマンスの授業もあります。それらが、今回の専門職大学に掲げられているのと同じくリベラルアーツだったので、学部・学科を越えて授業を履修することができました。

当時から平田オリザさんは何度も「欧米には必修科目に“演劇”がある。中学でも演技の授業がある。日本でも実現しなければ」と言っていました。こっちは大学生らしく徹夜で飲んで授業中にうとうとしてたにもかかわらず覚えてるので、よっぽど何度も言ってたのかもしれません。またその時期より遡って2001年に『芸術立国論』を出版し、日本の芸術の展望や理想について書いていますから、20年くらい前からは言ってそうです。

■欧米との違いは? 〜俳優〜

欧米では何十年も前から、国によって身体表現が教育に積極的に取り入れられています。
小学校や中学校でも演技に触れる授業がありますし、国立・州立大学では、映画や演技のコースを持っている大学はたくさんあります。プロを目指すだけでなく、教養として学ぶこともできます。
日本で有名なものだと、俳優のオダギリジョーさんがカリフォルニア州立大学フレズノ校(1911年設置)で演劇学を専攻しています。イギリスだとベネディクト・カンバーバッチが国立マンチェスター大学で演劇を学んだ後、ロンドン音楽芸術学院でも演劇を学んでいますし、オーストラリアだとメル・ギブソンやケイト・ブランシェットがオーストラリア国立演劇学院/NIDA(1958年設立)を卒業し、ハリウッドもあげればきりがないです。(授業内容はそれぞれですので、またの機会に)

一方日本は、劇団や芸能プロダクションに養成所があります。小さな頃から縁があって所属するか、そこそこ動きのクセのついた大人になってから所属することになります。欧米と比べると、学んでいる割合は少なく、大人になってからではスタート年齢が遅いです。また、劇団もプロダクションも「そこで使える人」を作るので、基礎を身につける場ではありません。よっぽど余力のある場所でないと、基礎の土台がないのに、見せるために装飾を施していくことになります。
さらに、いわゆる「プロの劇団」も演技指導の仕方がバラバラです。劇団の養成所の場合は独自のメソッドに基づいていたりするので、極端な場合、所属劇団ではベテランで素晴らしい反面、他の舞台にはメソッドが応用できないなどもあり得ます。芸能プロダクションの養成所やレッスンの場合は「売れる技術」になってくるので、演技術としてはどうなんでしょう、良し悪しかな。そしてそんなバラバラの環境で育ってきた俳優が共演するときは、それぞれが各演技術のプロゆえに、演技スタイルが噛み合わずに散漫な舞台になったりします(もちろん素晴らしい組み合わせになることもあります!)

仕事が増えてからの成長度合いにも、欧米と日本では違いがありそうです。
イギリスやアメリカでは公演ごとにオーディションで出演者を募るのが一般的で、テレビドラマの場合は人気が出なければまだ序盤だろうと、打切りです。つねに競争、周りはライバル、実力を発揮し運を掴み続けないといけないので、技術を磨き続けなければいけません。まぁ、それはもちろん日本でもそうですが、とくにアメリカは人数も多く人種も多様でつねに海外からも新しいライバルが土俵に上がってくるので、競争率は高いと考えられます。

というのはざっとした違いですが、まぁどっちが良い悪いって話ではないです。そもそも観客・視聴者が求めているものも、日本と欧米各国では違うでしょうから、単純に比べられない……。ただ、発信側(パフォーマー・創作者)と観客・視聴者は相互関係なので、どちらかが変わればどちらかが変わります。ので、観客視点もちょっと考えてみます。

■欧米との違いは? 〜観客・視聴者〜

お客さん視点でみると、日本は「技術的にも未成熟なパフォーマーを応援する文化」があります。それはすごく素敵で楽しいことですが、あるインタビューで若い俳優さんにこう言われたことがありました。「今度ヨーロッパ公演があるんですが、怖いです。日本は「頑張ったね!」って喜んでくれるけど、ヨーロッパはどんなに頑張ろうと「面白いか、面白くないか」で評価されるんです。自分の舞台が認めてもらえる質に達してるのか、怖いです」。

そう。特に欧州では『完成度の高いものを自分の目で判断すること』に価値がある傾向があります。パフォーマンスに限らず、食事や生活雑貨もそうです。そのため、実力や才能がある人は認められ、チャンスを与えられ、さらに力を伸ばし、より良い作品を産むことができます。同時に「有名だろうが賞をとっていようがつまらなければ客は帰る。どこの馬の骨と知れないものでも面白ければ拍手をする」というシビアな状況に、肌をヒリヒリさせて臨みます。

日本のアーティスト(主に言語を用いない美術家・音楽家・ダンサーなど)が海外に行くのは「宝の流出だ」なんて意見もありますが、ここに一つの理由があります。実力があれば認められ高められる環境へ行くのです。

ただ俳優は『言葉』を用いるので、ほかの分野に比べるとあまり海外に出ません。若いうちに海外に行って、言葉を学びながら技術習得する人もいれば、日本で実力派と認められて海外の作品に出る事になってから言語を頑張る人もいます。でも全体的に、海外進出は他国より少ない割合で、国内で活動する俳優がほとんどです。

そうなると、必然的に、世界と比べて日本の演劇レベルが低くなってしまうのではと懸念します。もちろんもちろん素晴らしい方々はたくさんいますので、これはトップだけでない裾野や、観客の目も含めた全体の話です。

■「専門職大学」で演劇。どうなるかの期待

と、書いてきたのは「演劇に携わる人」「演劇を見る人」の話でしたが、欧米では演劇が他のジャンルにも関係する教養だということはいろんな場でいろんな人により、言葉にされてきています。単純なところだと、演技技術を身につけることはコミュニケーション能力を育てたり、ディベート力を育てたりする事になる、とかですかね。

また演劇は今では専門知識ですが、一般教養になると当然、観客/視聴者の見る目が養われます。すると日本の演劇や映画やドラマの質、ひいては文化レベルが向上します。創り手と受け手は相互関係にあるからです。

ドラマを見て、その良し悪しの判断力が上がるでしょう。
専門的な演技訓練を受けていないタレントの演技レベルは上がるでしょう。
俳優やタレントたちに基礎素養があるので、演技の成長も早いでしょう。
基本的に演技訓練を積んでいる欧米の俳優たちとともに作品を創る機会も増えるでしょう。

……というのは願望も込みですが。なんか、影響はいろいろと考えられます。事前に数値化しづらいものなのが残念ですが、可能性は存在します。

まぁそんなこんなで「日本でも演劇やダンスを学べる教育を」と言われているわけです。


今回の『国際観光芸術専門職大学』の構想案を見ると、
 ・観光
 ・アートマネジメント
 ・パフォーミングアーツ(実技)
の3つのコースからどれかを選択しますが、リベラルアーツが基本なので、共通してどれも学ぶことができます。これは桜美林大学の時から同じでした。
(詳しい基本構想案はこちら)

平田オリザさんいわく「新しい大学でも、これまで桜美林大学や四国学院大学で実践してきたリベラルアーツとしての演劇教育を推し進めたいと考えています」とのこと。

リベラルアーツであれば、その大学の学生であれば学部を越えて授業を受けられます。演劇公演もカリキュラムになれば、学部・学科を越えて舞台に関われる可能性があります。

桜美林大学の場合は、学部・学科・学年関係なくオーディションを受けられました。すると、4年間真面目に学んできた芸術学科の4年生が落ちて、経済学部の舞台経験のない1年生が良い役につくということも当然あります(また、演技力があれば舞台に立てるわけではありません。多少演技が下手でも、その脚本のその役に合った人が選ばれることも)。リベラルかつシビアかつ、リアル社会の縮図です。ちなみにこのオーディション方式はニューヨークなどの演劇学科を持つ大学でも行われています。では新設される専門職大学でも、欧米と近いスタイルで演劇教育が受けられるようになるのでしょうか? 期待が高まります。(欧米の演劇スタイルが最善かつ日本に適しているかどうかはまた別の話として)

もちろん掲げているのは理想で、どんな学生が集まり、兵庫県という土地の環境でどう育ち、どう判断され、どこを目指し、どんな場所でどんなふうに活動する人材が育っていくのか……。構想を見ると、演劇コースは創り手を育てることもするけど、他のコーストのリベラルアーツによって地域と協働して地域を発展させられる人材を育てる感じでしょうか。まぁ、やりながら調整されていくことになると思います。
しかも今回は、国公立大学ではなく新設の「専門職大学」なので、どんな感じになるのかは実際に開設してみないとわからないとこともあるでしょう。

専門職大学とは?(byスタディサプリ進路)


………で、最初にも書きましたが。
演劇が「国公立(国が認めた機関)」で学べるということは。国が演劇を一つの教育ジャンルとして具体的に認めることでもあると思います。私立だと一つの企業みたいなものですから、経営者の意向によって教育方針もある程度変わりますし。

今回は、国公立で演劇が学べるといっても、それはその大学に通う学生が対象です。
この先には国公立の中学・高校でも「演劇/パフォーマンス」の授業が増えればいいなと思います。

先輩方が少しずつ少しずつ歩んできました。
今回のこれもひとつの一歩で、未来で振り返ると大きな一歩になっている、と信じたいです。


もう完全に朝だー。
おやすみなさい。

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