【美人画】両国にわか夕立
四代目 歌川豊国が描いた美人画『両国にわか夕立』です。嘉永五(1852)、地本問屋の浜田屋徳兵衛から出版されました。
両国橋を望む二階の部屋で、夏の夕方の部屋支度をする女性たち。蚊帳を吊り、火を起こして蚊遣り(蚊取り線香)を焚きます。まだ明るいのに雨戸を閉めているのは、急な夕立だからでしょう。
部屋の外を見ると、空には にわか夕立の雨雲が暗く立ち込めています。隅田川に打ちつける雨、両国橋の上を人々が足早に駆けて行きます。
火を起こす女性を見てみましょう。
江戸時代は、火打石と火打金を打ち合わせて、火口(道具箱の中の黒い部分)に火花を落とし、そこから付木に火を移して、火を起こしました。
描かれているのは、ちょうど 火口から付木に火を移したところです。
使い終わった後は、床の上に裏返しに置いてある板で、火口にふたをして消しました。
家のなかでこのような火の取り扱いをするのは、現代人の私たちから見るとちょっと不安な感じです。人家が密集する江戸の町が「火事と喧嘩は江戸の花」といわれるほどに火事が多かったというのも納得です。だからこそ、火消しの華やかな働きぶりに人々の賞賛が集まったのでしょうね。
こちらの女性は、蚊帳の輪を手に持って、壁側に紐で結ぼうとしているところです。紅布で縁どりされた青緑の蚊帳が素敵ですね。
この蚊帳は、萌黄蚊帳(近江蚊帳)と呼ばれ、江戸時代初期に近江国の西川甚五郎(二代目)が考案したものです。緑と赤のデザインが評判となり全国に普及しました。
足もとの茣蓙も洒落ていますね。
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三人の装いにも注目してみましょう。
美しい衣装と共に、三人三様の個性がとてもよく表現されています。表情や衣装の感じから三人姉妹の設定(左から長女、次女、末妹)でしょうか。まるでファッション雑誌のようです。
長女とおぼしき女性は、弁慶縞(弁慶格子とも)の着物を小粋に着こなしています。だらりと結んだ黒と赤のリバーシブルの帯が、艶やかながらもシックな落ち着きを見せています。
次女は、菱菊があしらわれた市松模様の小紋です。ブルー系の着物と帯に、赤い麻の葉の帯裏が鮮やかに映えます。
元気いっぱいの笑顔の末妹は、七宝つなぎの可愛らしい小紋です。明るい赤と青の小紋が若々しくて 簪 も華やかです。帯の柄は牡丹唐草でしょうか。総柄のだらり帯がとてもよく似合っていますね。
夕立にあふと女はすたるなり
暑い晩表二階の蚊帳が見え
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※ 参考:国立国会図書館デジタルコレクション『地本錦絵問屋譜』(濱田屋徳兵衛)『川柳歳事記 補』『川柳類纂』
筆者注 新しく解読できた文字、誤字・誤読、読み解きの違いなどに気がついたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖