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あのとき、わたしのお股は宇宙だった


「案ずるより産むが易し」だなんて、そんなわけあるかい。股の間から10センチ大の生き物をひねり出すなんて、いくら案じても案じ足りねえわ。

今年6月、第二子を出産した。
一人目でその大変さを知っているからこそ、不安しかなかった。上の子を見ながらの妊娠生活。コロナ禍での出産。そして産後の新生児育児。減っていく育児世帯への補助。勝手に赤子の足をなで回してくるおバアさん。
都会の核家族ゆえ、夫と二人で頑張らなくてはならない。茨の道を見据えながらも二人目を希望したのは、きっと宇宙の意志によるものだと思う。

上の子が3歳になる頃だった。

産院は、上の子を産んだ病院を再び希望した。無痛分娩処置が24時間いつでも行えるところが良い。計画無痛ではなく、自然な陣発を待って無痛分娩、というのが私の希望だった。

はじめは、上の子どもも立ち会い出産が出来るという個人経営の産院に行った。しかし無痛を希望するなら計画無痛になります、という話を聞いて、産院を変えた。コロナ禍で出来るかどうか見通しのつかない立ち会い出産より、子どもが自分のタイミングでこの世に生まれることのほうが私にとっては重要だった。

なぜと聞かれたらよくわからない。「星回り」みたいな概念をぼんやり信じているからだろうか。誕生日占い大全を持っていて、人為的に出産日を決めると占いの信憑性が下がるような気がするからだろうか。

上の子のとき、ズンズンとお尻に響く陣痛の始まりに、「もう出るわよ」という赤ちゃんの意志を感じたからかもしれない。「うんこが出そうで出ない」あの感覚を、赤ちゃんの意志を、もう一度感じたかった。

そんなわけで私は24時間無痛分娩対応の、大病院での出産を決めた。大病院は往々にして食事の豪華さに欠けるが、そんなことはどうでもいい。カロリーメイト一個だしてくれたらそれでいい。というのはさすがに嘘だが、身体の弱い自分にとって、大病院の盤石なバックアップ体制は何より心強かった。

主治医は、上の子でお世話になった先生に再びお世話になることにした。基本は楽観的で適当そうな雰囲気を醸しつつ、ここぞというときには本気で心配して話を聞いてくれる、女医先生。一人目妊娠で立ちくらみが酷すぎて電車の中で失神したときも、今回の妊娠で遺伝子検査をして陽性が出たときも。専門家が本気になって心配してくれる姿は後光がさしていて、病院からの帰りみちみち「先生が今日も良いものを食べて良い暮らしをしていますように」と何度も心のなかで祈ったものである。

そんな主治医のもと、「24時間、睡眠時以外ずっと船酔い気分で妊婦のメンタルをどん底に突き落とす。なんなら睡眠も妨害する」で有名な暗黒のつわり期間を夫と娘の協力でなんとか乗り越え、再度の遺伝子検査で陰性を確認し、「8割女の子ですね」と言われていたのに突如お股のあいだの巾着袋がデデン!とお目見えしてびっくり仰天し、上の子のときよりもお腹はパンパン、私自身もムクムクと太り夢の70キロ台へ突入、妊娠生活10ヶ月って長すぎだろ2ヶ月にしてくれよ頼むよと泣きそうになりながら、いや泣きながら、なんとか妊娠生活も終盤に差し掛かった。

一人目よりも二人目のほうが出てくるのが早い、なんて言われているものだから、正産期に入って以降ずっとそわそわしていた。上の子は38週で産まれたから、37週入ってすぐに産まれたりして。夫の育休の準備は出来てるかしら。上の子にも、これから起こるであろうことを何度も説明した。

しかし待てど暮らせど一向に出てくる気配がない。39週にさしかかったころ、主治医に「そろそろ誘発かけますか?」と問われ、私は焦った。「うーん。まだ待ちたいかなあ」のらりくらりとかわす。
出来るだけ、待ちたい。この子が「外に出たい」と動き出すのを感じたい。しかし一方で、早いとこ産んでしまってこの辛すぎる妊娠期間に一刻も早く別れを告げたいという気持ちも、これまた正直な気持ちである。

いつまで待つべきか…と悩みながらも、私には予感があった。上の子は気が早く38週で生まれてきたのだが、どうやら二人目はのんびり屋さんらしい。いや、のんびり屋というよりも、期日をきっちり守ってくるタイプの男なのでは。

そんな私の予感は当たった。

予定日前日の夕方。夕飯を食べた直後、私は尻に違和感を覚えた。
”なんかちょっと、うんこしたい…”
尾てい骨あたりをぐいぐいと押されてはいるものの、しかしこれは便意ではない。念の為トイレにまたがってみるも、やはりうんこは出ない。

来た。
出たがっているのは便ではない、赤子だ。

私はやけに落ち着いた、そして自信に満ちた表情で夫に告げた。
「来た。たぶん来たわこれ。赤ちゃん出るつもりやわ」

それから妙な緊張感のなかタクシーを呼び、飛び乗った。もっとゆっくり上の子をハグしてから乗れば良かった…と悔やむ車中、何も知らないママ友から「出産頑張ってね〜!」とのメッセージが飛んできて、エスパーかよ!?と思わず後ろを振り返った。


病院に着くとすぐLDRに通され、計測器をお腹に巻きつける。陣痛はそれほど強いものではなかったが、着々と入院準備がすすめられた。どうやらもう予定日だし、もし陣痛がうまく進まなくても誘発をかけてこのタイミングで産んでしまえば良いのでは、というのが医療側の思惑らしい。

いっぽうの私は私で、きっとこのまま陣痛は強くなるし、このまま産まれるに違いないという確信を持っていた。もう夜だったので、このまま順調に進んでも赤ちゃんがホギャアと産声を上げるのは零時を回ってから。予感的中、予定日ぴったりの律儀な男の誕生である。夏休みの絵日記は毎日決まった時間に書くに違いない。

一人目のときと同様、早いめに無痛麻酔の処置を依頼する。一般的に麻酔を早くに入れすぎるとお産の進みが悪くなると言われているものの、これまた私には確信に近い考えがあった。

「麻酔を入れたら緊張がほぐれて、子宮口が開きやすくなるタイプの人もいます」
そんな話をどこかで聞いてから、私はそのタイプに違いないと思ってきた。冷え性で肩こり症で、身体も硬い。麻酔でもないときっとお股もすんなり開いてはくれないだろう。
そして事実、前回のお産では助産師の目算を覆し、なかなかのスピードで子宮口が開いた。麻酔がなければきっともっと遅かったと思う。

だから我慢せず、早めに麻酔科医を呼んでもらった。一人目のときは麻酔を入れる処置が痛かったので身構えていたが、経験の差かなんなのか、あまり痛くはなかった。

それどころか、麻酔を入れてしばらくしたら何だか気持ちよくなってきた。じわぁ…と身体がほぐれる感覚。なんだこれ。いいのかこれ。薬物キマっちゃってんじゃないのかこれ。麻酔科医に尋ねると、「末端の毛細血管が拡張して、温泉に浸かってるような感覚になる人はいますね」と言われて、それですそれ!アァきもちいい…と、しばしその感覚に身を任せていた。

出産なんて本来痛いものなのに、無痛はともかくあまつさえ気持ちよくなってしまっているなんて…ッ!との罪悪感もないわけではなかったが、どこかで読んだ出産漫画で「子宮口グリグリされるのが気持ち良くてびっくりした」という経験談があって、そうだよな、どうせ何かしら痛いんだし、気持ち良くなれるところは気持ち良くなるべきだよなと思ったのを思い出して、全力で気持ちよくなることに。
ちなみに子宮口グリグリというのは、お股が引きちぎられるんかと思うほどに痛くって、処置をしてくれている医者を思わず蹴り飛ばしそうになるくらい痛いはずのもの。気持ち良いなんてラッキーでしかないのだ。

そうして私が、麻酔という名の温泉に浸かりなんだか気持ちよくなっている間にもしっかり陣痛は強くなっていき、子宮口はぐんぐん開いていった。およそ1時間に2センチずつ。おお、線形(関数的)に開いていっている、と夫が嬉しそうにしている。目算通り零時を回った。

麻酔によって痛みは取れているものの子宮収縮の感覚はわかるので、モニタの波形を見ながら、痛くなりませんようにと願いながら、フーと軽く息を吐く。ズンズンと子宮を押される感覚があり、「あー、やっぱ赤ちゃん出ようとしてる〜!出る気マンマンや〜」とテレビ通話越しの夫に報告するなどして、一つ一つの陣痛をこなしていった。

途中、子宮収縮の感覚が強くなってきた感じがして、麻酔科医に麻酔を足してくださいと依頼。早めに麻酔を足したほうが、少しでも痛みを遠ざけられる気がした。
というのも、一人目の出産では、無痛麻酔を使用したにも関わらず大絶叫を余儀なくされるほどの痛みで、赤ちゃんが骨盤にハマるまでは無麻酔と変わらないレベルで痛い痛いと大騒ぎして喉を嗄らし、「もうこれ以上麻酔は追加できません。痛がりなんでしょうね」と麻酔科医に言われてしまうという過去があったのだ。

きっと今回も、どこかであの意識を失いそうな、人格破綻をきたして絶叫するほどの痛みが待っているのだろうと身構えていた。

「このまま痛みなく出産できたら最高やけどなぁ〜無理やろなぁ〜」

夫に向かって話す私に、助産師が何か言いたげな視線をよこした。そうなるかもよ、とでも言いたげに不敵に笑う。

気がつけば子宮口は全開。
いま、私のお股は直径10センチも開いているらしい。信じられない。宇宙だ。私のお股はいま宇宙。

と、ここまで順調に見えたお産だったが、しかしそこでストップがかかった。破水しないのである。破水しないせいで赤ちゃんの頭が骨盤にハマりきらず、赤ちゃんの頭の下に羊膜と羊水のヘルメットが出来てしまっているとのことだった。

破水を待ちながら、時間が過ぎる。なかなか破水しない。子宮口全開から数時間が経過し、テレビ電話の向こうの夫は仮眠に入ってしまった。

助産師が身体の向きを変えてみましょうと提案してくれたので、言われるままに右を向き、言われるままに何度かいきむ。そしてまた、言われるまま左をむいて陣痛を迎えた、その時。

ドンッ!という衝撃が身体に走った。
うん…?これが破水…?
思っていたのと違う。破水ってもっと、バシャッ!とかそんなふうだと思っていたので、これが破水だと確信が持てない。持てないけれど、かといって破水以外に今の衝撃に思い当たる節がない。
戸惑いながらナースコールを押して見てもらったら、もちろん破水だった。

ようやく赤ちゃんの頭が骨盤にハマる。感覚だけはわかるので、「あぁハマってるぅ」とヘラヘラする私。そういやこの子、検診の計測でずっと頭大きめだったんだよな。

ちょっといきんでみて、と言われていきんでみたところ、これが相当うまかったらしい。無痛分娩の場合、感覚がわかりにくいから上手くいきめなくて難航しやすいと言われているが、そこは私の長きにわたる便秘歴が役に立った。「うんこする感じうんこする感じうんこする感じ…」と心のなかで唱えながらきばって、じゃなくていきんでみたらえらく褒められた。

すぐに分娩の準備がされた。天井からごっつい手術用のライトがものものしく下りてくる。助産師がオペ用のエプロンをかぶる。分娩台に足を乗せる。アラヤダなんかちょっと恥ずかしい。そんなことを思う余裕すらある。準備万端、和やかなムードで分娩が始まった。

いきみが強すぎる私に助産師は何度も、「今の力の半分でいきんで!」と声を掛けた。えーなんでぇ、いきみ甲斐がなくてつまんない、と思ったが助産師の「ゆっくり出したいので」の言葉を聞いた私は気持ちを改め、真剣に、出来るだけ優しくいきむよう心がけた。ブリッと出したら尻穴は切れる。お股だってそう。一気に出しちゃったらお股が切れる。切れないように助産師は頑張ってくれているのだ。いきみ甲斐とかなんとか言ってないで、ちゃんと助産師の言うことは聞けわたし。

すぐに、あともう何回かいきんだら出るよ〜と言われて驚いた。こんな平和な雰囲気で、もう赤ちゃんとご対面できるの?
聞けば、もう頭の先はこちらの世界にコンニチワしているという。触ってみる?と言われて大喜びでお股をまさぐったら、そこに小さなひとの、薄毛の頭があった。

触っているのに感覚がない。つまりこれは私ではない。私の中にあって私ではない。それは宇宙から来た赤ちゃんだった。

うわぁこれなんですか?なんか赤ちゃんの頭に…ヒダ?これって会陰ですか?ううん、それはね、赤ちゃんが頭を折りたたんでいるシワなんですよ。ほら、こういうふうに。えーすっごい!なんて会話をしながら、最後のいきみをする。
ぎゅうぎゅうだったお腹が、ふっと緩んだ。ぽかっとなにかが居なくなって、そして股の向こう側で赤ちゃんが、控えめな柔らかい産声をあげる。泣いた。その声を聞き届けて、私はドサッとベットへ倒れ込んだ。

やり終えた。
産後の処置をする周囲の声が、私の耳に届く。

あぁ〜ごめんなさい、会陰ちょっと切れちゃった、という助産師の声。えっ?3800グラム?お母さん、3800もありますよ!うわあおっきい!とざわつく後ろの助産師。切れたと言っても少しだけ、大きさなりですよおと、股の傷口を縫うドクター。いつの間にかカムバックしていた夫が、テレビ電話越しに私をねぎらっている。こんなに穏やかな出産、信じられない、最高のお産でしたと助産師に告げる、自分の声。

やり終えた。産めた。
いま成したばかりのことなのに、もうその事実が信じられなかった。


「少しだけ」切れちゃったと告げられていたお股は、あとになって見てみるとほとんど肛門に届いていた。それでも、人生二度目でおそらくこれが最後になるであろう今回のお産は「無痛分娩」のその名にふさわしく、終始穏やかな素晴らしいものであった。

が、しかし。

それではこれにてハッピーエンドですチャンチャン、なんてそうは問屋が卸さないのが出産で、産後の入院中から高血圧となり、頭痛で眠れずパニックになって死ぬ思いをし、おっぱいは激痛、尿は出せない等々のこれまで経験したことのないトラブルが続出し、産後2ヶ月半経った今なお身体はガタガタなのだから、出産は恐ろしい。

無痛分娩なんて楽をしてけしからんプリプリ、なんて論調も鼻で笑えるほどに辛く、本当に本当に大変だった。もう出産なんて絶対やりたくない。金輪際もうこりごりだと思う。思うのに、早くも宇宙を腹に宿していたあの頃を懐かしく、愛おしく感じてしまうのは、これまたきっと宇宙の意志なのだろう。

10ヶ月。
それは永く、終わってみれば短くも感じる、命を育んだ特別な季節。途中下車の不可能なジェットコースターに乗って、出来ないと思いながらもどうにか出産を乗り越えた私は、何年か後、きっとこう言っていることだろう。「案ずるより産むが易しだよ」と。

いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!