見出し画像

あの夏の紡錘形の軌道のすべて/『追憶のスモールタウン』/Popcorn in a Strip Club vol.5


 梅雨に入り、生活リズムが崩れている。昨晩もなかなか寝付けなかったので、積読ストックから薄めの小説を一冊抜いてつらつらと読んでいたら、存外に面白く、朝になってしまった。作品名は『追憶のスモールタウン』(原題は”Montana1948”、元のタイトルで良かったと思う。)

 インディアン居留地と白人社会の間に根深く残るアメリカの社会問題について扱った映画、『ウィンドリバー』を見た後で、色々と調べてついでにポチったまま読んでいなかった本である。(この映画も素晴らしい作品なのでおすすめ。)

 作品の舞台となっているのは、アメリカはモンタナ州。ピンとこない。ウィキペディアを見ると、最大都市はビリングス、州都はヘレナとなっている。どこだそれ。メジャーリーグの野球チームもない。Wikipediaに記載されている出身の有名人も誰1人知らない。「州で1番高い建物」は、グンマで3番目に高い建物の高さと同じだった。唯一、具体的に想像できる情報が、人口密度は東京の約6000分の1、北海道の約25分の1だということ。カナダとの国境を接する、USA四角い州シリーズのうちの一つである。その中でも北東の隅の寂れた街で事件が起こる。

 ちょうどいいあらすじ紹介はアマゾンの商品ページに譲るとして、数ページ読み進めただけで、読者はいい小説を読みはじめたのだと直感することができる。私は即座に最も敬愛するアメリカの作家、コーマックマッカーシーの作品世界の手触りを感じた。テキサスとメキシコを舞台にしたマッカーシーの作品群とは場所は正反対であるものの、銃と馬がモノを言う荒野に生きる入植者とネイティブアメリカンの末裔という背景設定は完全にマッカーシーのそれと共通するものがあり、情景描写を主体とした筋肉質の文体はマーク=トゥウェイン以来アメリカ文学の伝統に受け継がれる本流を脈々と受け継いでいる。回想録という設定で、10歳にもならない少年の視点で語られる本作の入れ子構造は、作品をマッカーシーのものよりも幾分マイルドで、飴色に仕上げることに成功しており、そのバランス感覚も含めて素晴らしい技量で描かれた小説である。

 この物語で語られる経験を経て大人になった主人公は「法の手の届かないないところでこそ真の犯罪があまた起こり、闇に葬り去られているのだ」という一言を残す。その上で最後に回想される幼い頃のボール遊びの描写は、こうした冷たく乾いた主人公の眼差しとあいまって、切なく甘い感情を読者の心の中に惹起させる。頭に浮かぶ紡錘形のボールの軌道の全てが、我々の心を締め付ける。

 社会に根深く残る闇という観点からBlack Lives Matterやあらゆる人間が公平に扱われない問題と絡めながら読んでも良いだろうし、もっと抽象化して、家族と社会の間で正義が相克するとき、どのように倫理を貫き通せば良いのかという、哲学の問題として読んでもおもしろいだろう。(その2つは実際には切り離せない問題でもあるのだが。)

 難点があるとすれば、綺麗な読後感にこだわりすぎて、マイノリティの立場がやはり最後まで浮かばれない、という点かもしれない。が、あえてマジョリティの有力者という視点から社会問題を切り取るという試みを考慮するとこれが限度だろう。ということで、今回の評価は星四つ★★★★

この記事が参加している募集

読書感想文

友人たちへ:ウィッシュリストからサポートしてもらえると嬉しいです。