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徳島-海陽町③

ピーッという鳴き声は、はじめは猿だろうかと思ったが鹿のようだった。テントの蚊帳を通しても星が綺麗に見えた。完全に目が覚めてしまった。まだ0時過ぎだったが、既に5時間くらいは寝ていたらしい。
テントから這い出し、海に向かった。黒い波の音が轟いており、これ以上は近づけないなと思って引き返した。魚のことを一瞬思った。死んだのだろう。黒い海を漂うサーフボード。
キャンプ場でタバコを何本か吸った。空を見ると眼が勝手に星たちの細い光線をたくさんすくい集めてくれた。大漁じゃ。

朝は父親がもうすぐ日の出だと言って起こしてくれた。一緒に東の端を観に行った。

白い車で徳島に寄ってお土産を買った。道は分かりやすくて走っていて楽しい。四国に住んでいたら、車で色々な場所を回るのが週末の楽しみになるだろう。

阿波十郎兵衛屋敷に寄った。ちょうど人形浄瑠璃の定期公演が始まるところだった。中高生の頃は観ていて眠たくなってしまった記憶があったが、今観るとかなり面白かった。阿波踊りも面白いけれど、人形浄瑠璃の方にぼくはどこか掴まれた気がする。
浄瑠璃のCDと、海の色をした焼き物のビアカップを買った。これは徳島の青だ。そう思ったのだ。

徳島の道の駅が混んでいたので、神戸に帰ってきてから丸亀製麺でうどんを食べた。
実家に着くと弟家族と姉家族がいた。久々に家族が揃っていた。すぐに庭でテントを干した。弟と読んでいる本の話をした。意図せずして似たところに関心を向けているのだと思えて嬉しい気持ちがした。
前に会った時は喋らなかった甥っ子と会話できたのも嬉しかった。その子はご飯を食べずにおもちゃの青い車の乗りもので遊びたいようだった。車を押してあげたが、これだと遊んで「あげている」といった感じで対等ではなかった。とっさにぼくは、ドライブスルー行こうぜ、と言った。ぼくが店員さんをやった。彼はポテトを注文した。
「ポテトひとつオーダー入りました!お会計は70円になります。はい、30円のおつりです。またのご来店お待ちしております!」
結果的に彼は遊ぶことができたし、母親はご飯を食べさせることができた。ぼくは遊んでもらえた。みんなハッピーだ。
ただ彼のお兄ちゃんの方は難しかった。口内炎が痛くて食べられないということだったが、実際は食べられる程度には治っているらしいのだ。でも口を開けてはくれなかった。ぼくが医者を装って近づいたが警戒されてしまった。ぼくとしては弟君だけに構ってお兄ちゃんをほったらかしにするようなおじさんだとは思われたくはなかったのだ。とりあえずアンパンマン聴診器で笑ってもらえたので良しとする。
しかし彼が泣いている時に放った一言には胸を抉られる思いがした。彼は泣きながらこう叫んだ。
「どうしてお母さんは分かってくれないんだよ!」と。
これは人の運命を象徴するような言葉だと思う。そう、誰もなにも分かってくれないのだ。彼の旅は始まったばかりだ。

そしてぼくの旅は続いている。ぼくは神戸三宮のレンタカー屋に車を運んで行った。白いマツダの車と別れて店を出た。

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