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【流浪の月】 或いはたった一人の運命

朝起きたらまず、蛇口から一番最初に出る透明なお水で毎日花瓶の水を替えるような女に憧れていた。

しかし現実の私は平気で2日は放置することもしばしばだ。3日目の夜くらいになって、ふわふわした布団に入った途端に思い出し、ああ、めんどくさいと思いながら渋々這い出して水を替え、寝る。
そんなことだから昔は花も枯らしがちだったのだけれど、数年前に食器用洗剤を数滴入れると除菌になって長持ちするという手法を得てからは意気揚々とそうするようになった。仕事でも私生活でも化学の力に甘え切っている。

昨日からどうしても心の置き場が分からず、しかし私が家に引っ込んでいても仕方がないのでとりあえず愛する本棚を眺めた。未読のものでも本棚に突っ込む性質なので、何か新しいもの…と思って一冊取り出した。
流浪の月。
買ったきり、「これはいつか心が必要とするときに読むものな気がする」と大切に取ってあったのを思い出し、今日かなあと思い鞄に入れカフェに行った。


この本を読むのは今日だったなあと思った。

わたしは、あなたたちから自由になりたい。中途半端な理解と優しさでわたしをがんじがらめにする、あなたたちから自由になりたいのだ。
凪良ゆう(2019)  流浪の月


文の独白に至るまで、更紗と同様に彼を「小児性愛という生まれ持ったものから逃れることのできない、生きづらさを抱えた強靭な理性の持ち主」
であると思い込んでいたから、どんなに更紗が彼を信じていても梨花ちゃんと二人になる場面ではつい先の展開が心配になってしまったことを私は正直に書くべきだと思う。
理解を示したふりをしてレッテルを張る、私はそれを文にしていたのだ結局。

怒涛の独白はこの本の中に閉じ込められていた文の苦しさや優しさが堰を切るように溢れ出すようで、私もこの本を読みながらすっと文を独りぼっちにしていたのだと思った。
更紗は、そこから一緒に逃げようと言った。そんな二人を素敵だと梨花ちゃんが言っている。

蛇口を捻った朝一番のお水で毎日花瓶の水を替える女、そうしなければ生きられないひと、文の母もまた生き辛さを抱えた人だったのだろう。しかしそれは何の言い訳にもならない。
母と正反対のような更紗と出会ったことで文はこの世界に初めて居場所を見付けることが出来た。更紗をそういう子に育てたのは更紗のあの「重いものが嫌い」な愉快で弱い母親で、自分を救った更紗を捨てたその女の生き方に文自身が救われている。

誘拐犯と被害者というラベルは剥がされないまま、それでも二人は自ら望んでこの世界で生きているんだと思えるラストは切なくて胸が潰れそうだった。ピザのデリバリーがしょっちゅう来る一軒家を建てその庭にトリネコを植えまくって生きるような人生をなぜ得られないのか。
流浪の月、とは文のことだった。彼の全てを深い愛で肯定する凪良先生の強さの光る忘れられないお話だった。今更だけどまだ公開中の映画も観に行こうと思う。
ちなみにロケ地は私の出身地だそうなので、たまには帰って来いと言われているような気持になっています。

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