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黒い蝋燭 (4)

4

「その後は知っているわよね」とお母さんは冷めた紅茶を飲んだ。
「まさか万理姉さんとの会話をあなたに聞かれていたとはね。でも、今更こんな話聞いてどうするの?」
「この話は墓場まで持っていこうと思っていたのに……」
「結局姉さんにも怖くて話さなかったのよ」
伏し目がちに話すお母さんは、話し始めた時より老けたように見えた。

話しにくそうにしている私に「紅茶のおかわりをお願い」とお母さんがカップを差し出した。
私は自分の分と2つのカップを持ってキッチンで紅茶を淹れた。
席に戻って紅茶から上がる湯気を見ながらお母さんに話した。
「あのね、お母さん。奈々が死んだの。あなたの孫の奈々が3日前に殺されたの……」
お母さんは驚き「殺されたってどう言う事!」前のめりになった。
お母さんの質問には答えず、私は話を続けた。
「お母さんの話を聞けてよかった。もう犯人はわかっているの。おかげで捕まえる事ができそう」

「奈々を殺したのは死神よ」
「今からお母さんを迎えに来るんでしょ、その時に捕まえるわ」
お母さんの顔が歪む。
「あなた……」
「本気で言ってるの?死神に殺されたって、そんな事……」
そう言い私を心配そうに見たが、ハッとした顔をした。
お母さんも気がついたのだ、奈々が死神のローソクで生きていることを……

その時お母さんの後ろに黒い人影が見えた。私が立ち上がった瞬間、人影の近くで何かが光った。

時間が切り取られたように今見えていた人影は消え、お母さんはテーブルに伏せ死んでいた。

私は死神の影を見ながら捕まえる事が出来なかった。娘を殺した憎き死神を捕まえ、娘を殺した真相を聞き出したい。


3日前、私生田数美のひとり娘である生田奈々が1人暮らしする部屋で死んでいた。
警察からの連絡で駆けつけた部屋に、奈々はコタツに入り上半身はコタツの天板に伏せていた。
発見者は娘の働く老人ホームの同僚。無断欠勤で、連絡もつかない奈々が気になり訪ねてくれたのだがチャイムを鳴らしても、ドアを叩いても返事がなくカギも閉まっていた。
大家さんにお願いしカギを開けてもらい部屋に入ったところ奈々が死んでいたのだと言う。
すぐに警察に連絡して、その後私に連絡があった。
警察が言うには、玄関や窓全て内からカギが閉められており密室状態だった。
部屋のいたるところに溶けて固まっているローソクのロウが落ちていて、死因はローソクを過度に燃やしたことによる一酸化炭素中毒とされている。
ローソクのロウはコタツの天板をはじめ、床やベッドの上、テレビの周りなどなど、そのローソクのロウは使い切った量のロウではなく、どこもポタッと落ちた量のロウだった。
使い切ったのではないのならどこかにまだローソクがあるのではないのかと、部屋中探してもローソクは1本もなかった。
もし犯人が人を殺せるほどのローソクをつけて、その後に回収して密室状態にするのは至難の業と思われた。
密室の謎については年頃の娘だけに誰かに合鍵を渡しているのでは?と言う話もあったが、部屋の中にカギはちゃんとそろっていた。
その他色々と検証されているが、未だ他殺と自殺の両方で捜査は行われている。

奈々の部屋を出た時、落ち込んでいる私に大家さんが「ほんま、お気の毒に。片付けやらは落ち着いてからでええさかいな」
と声を掛けてくれた。妙に関西弁が鼻についた。
関西弁を聞くと思い出す。奈々が産まれてすぐに他に女を作って出て行った夫の事を。
それ以来親1人子1人で何とか生きてきたのに……
奈々の結婚式に出席したかった。ウエディングドレス姿を見たかった。孫の顔も見たかった。
車に戻った私は、声を上げ泣いた。


次の日、奈々の働いていた老人ホームに挨拶へ行った。
奈々の職場に何か手掛かりになるものがあるのではと期待したが、何もなかった。ロッカーの中に残っていたのはペンとノートだけで、ノートにも仕事に関する事しか書いていなかった。
肩を落として帰る私に声を掛けてくれたのは、第一発見者の高尾裕子さんだった。
高尾さんは泣きながら「奈々ちゃんをこの老人ホームに転職するよう勧めたのは私なんです。亡くなる前日の夜勤も私と一緒で、奈々ちゃん疲れていたのかな、夜勤中に『死神を見た』と言ってたんです。悪い冗談だと思って聞き流していたんだけど、本当に見ていたのかもしれないです」
「しかもその死神は明日、つまり亡くなった日に家に行くと言っていたそうなんです」
ありえない話だが、泣きながら真っ直ぐに訴える高尾さんは冗談を言っているようには思えなかった。
だけどその時にはそんな話信じられなかった。でも、頭から死神と言う言葉は離れなかった。

警察には死神とは言わずにオバケとして伝えているらしい。どちらかにしても相手にされないだろうと、説明しやすいオバケにしたらしい。
だが、死神だとしたら部屋中のロウに説明がつくが、バカ気ている。
犯人が死神。
そう考えているうちに、昔お母さんが叔母さんに「死神」と話していたのを思い出した。
考えれば考えるほど「犯人は死神」としか思えないようになり、私はお母さんのいる実家に車を走らせていた。

そしてお母さんからすべてを聞いて確信した。
でも、私は死神の影を見ながらどうすることもできなかった。
もう死神と対峙する事はできないのだろうか?
今際の際に現れる死神。
そういえば叔母さんが2月に倒れて入院しているとお母さんから聞いた。
もしかしたら……

今から叔母さんのお見舞いに行ってみよう。
念の為私はキッチンにある包丁をカバンに入れた。



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