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黒い蝋燭 (2)

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死神の話を聞いたあと、私は車を走らせ実家に向かっていた。
思い出した事があった。
お父さんの葬儀の日、お母さんがお母さんの姉である叔母さんに「死神が……」と泣きながら話していたのを襖の向こうから聞いた事があった。あんなに泣いていたお母さんを見たのは最初で最後だった。
しかも、それ以降、死神の話は一切なく、あんなに泣いていたお母さんをおもうと、その話は聞くに聞けないでいた。
もう21年も前の事になる。
今なら話してくれるはず。そしてその話が今回のことと、関係していると睨んでいる。

実家へは車で1時間半、周りは山や田んぼや畑ばかりの田舎。
近くのコンビニに行くにも車を走らせなければいけないような所で、良く言えば自然あふれるのどかな場所。

実家に帰る時にはお母さんの好きなケーキ屋さんに必ず寄って行く。「ここのモンブランは絶品」と買っていくと喜んでくれる。
そのケーキ屋さんはおしゃれな建物で、中に入ってもおしゃれ。ショーケースの中に並ぶケーキは色とりどりで宝石のよう。眺めているだけでも幸せな気分になる。
1つはモンブラン。もう1つは……
毎回の悩んで1つに決められず、お母さんと2人で2つくらい食べれるだろうと、チーズケーキとザッハトルテに苺のショートケーキを注文する。
箱に詰めてくれたケーキは「お持ちします」と出口で渡してくれる。
本当に宝石を買ったようで気分は高揚する。

これで準備は整ったと、また車に乗って実家へ向けて走らせる。
実家に向かうにつれ、景色に緑が増えるにつれ、死神の話をしてお母さんはどんな顔をするのだろうと、あの日のお母さんの涙が思い出された。

実家に着いたのはケーキを食べるには丁度いい15時を少し回った頃だった。
インターフォンを押しても誰も出てこない。留守かと思ったが玄関のドアを引くと、鍵はかかっていなかった。田舎は不用心だ。「ただいま」とつぶやいて上がり込む。
中に入ると実家の匂い、実家の空気に懐かしくなる。
リビングにやっぱりお母さんはいた。ウトウトと昼寝中。テレビがつけっぱなしで、リモコンを取った時「おかえり」と目を覚ました。
「どうしたの?珍しい」とガバッと起き上がりキッチンへ。「紅茶でいいわね」と意識はもうケーキにむいている。
ヤカンを火にかけたあと、ケーキの箱を取りあげ「あなたはどれにするの?」と箱の中身を見る前から聞いてきた。
「チーズケーキ」と答えるとお皿にケーキを移してくれた。もう1つのお皿には、すでにモンブランがのっている。

リビングのテーブルにケーキと紅茶。
「で、どうしたの?」と熱い紅茶を啜りながら、向かいに座る私を見ず、モンブランを見ながら聞いてきた。
少女のようにモンブランを美味しそうに食べるお母さんを見ていたら、話を切り出しにくく私は無言でケーキを食べた。
ケーキを食べるこの時間は幸せな気分に包まれる。

食べ終わった私は紅茶を飲むお母さんに「死神って知ってる?」と軽く聞いてみた。
お母さんは「もちろん知ってるわよ『アジャラクモクレン・テケレッツのパー』でしょ?」と笑って話した。
席を立ち「落語の噺でしょ?」と紅茶のおかわりを入れに行った。
戻ってきたお母さんに
「私、お父さんの葬儀の日に叔母さんに『死神が』って話をしているのを聞いちゃってたの」と言った。
お母さんは、しばらく黙っていたが覚悟を決めたように話はじめた。 



つづく


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