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完全試合

老人ホームでのジーちゃんとの面会の後、ホームの主任さんにもう長くない、最期に会わせたい人がいれば……と話があった。

ジーちゃんの交友関係なんてわからなかった。
家に帰ってジーちゃんの部屋で何かアドレス帳のような物がないか探したら、すぐに見つかった。

アドレス帳をペラペラ捲ると、ある名前が目に止まった。
『完善寺 愛』カンゼンジ アイ
名前だけで、他の名前のように住所も電話番号も書いていなかった。

ジーちゃんが最近ベッド上でよく言っていた言葉だった。家族はみんな『完全試合』、自分の人生を野球に擬え語ったのだと思っていた。

団らん中のオヤジとカーさんに伝えると、カーさんは「完全試合でいいじゃないの」と気のない返事。オヤジは「でかした」と褒めてくれたが、その後は考え込んでしまった。

完善寺愛。ネットで検索してみたが出てこなかった。
手詰まりかと思ったが、オヤジが「そういえば、俺が子供の頃ジーちゃんが酔った親戚からあの名探偵、完善寺愛はどうのこうのと話をしていた」と記憶を絞り出した。

名探偵?そんな小説の中だけのような話に俄然興味が湧いたが、オヤジの記憶はそこまでだった。


翌日、ジーちゃんの部屋をさらに調べたが何も新しい発見はなく、オヤジは親戚に色々聞いてくれたらしいが、情報は得られず。
今日の団らんの席はオヤジと名探偵よろしく完善寺愛は何者かと推理し更けていった。


学校の帰りに老人ホームへジーちゃんに会いに行った。ジーちゃんはベッドで休んでいた。
傍に腰掛け、もうほとんど喋る事はないジーちゃんに「完善寺愛って誰?」と話かけてみた。やっぱり返答はなかった。
痩せたジーちゃんを見つめて、元気な時にもっと話をしてたらよかったと後悔した。

次の日、学校をサボってテレビによく出てくるような探偵の格好、鳥打帽を被り、オモチャのパイプを持ってジーちゃんに会いに行った。
「ジーちゃん、俺だよ完善寺愛だよ」
思わず照れてしまった。
帽子を脱いでいつものとこに座った。

居室のドアが開いて「おい!俺だよ完善寺愛だよ」と鳥打帽を被りコートを着た男が入って来た。
思わず照れた男はオヤジだった。

「お前学校はどうした?」と何もなかったかのように帽子を脱ぎながら、隣に座った。

また、居室のドアが開いて「私よ完善寺愛よ」と真っ赤なスーツの女が入って来た。
思わず照れた女はカーさんだった。

「完善寺愛って女性じゃないの?」と笑って話した。

変な家族が揃ったが、素敵な家族だと思った。


オヤジとカーさんはすぐに帰ったが、なんだか疲れたし、ジーちゃんとも少し居たかった。


また、居室のドアが開いて、杖を付き白髪の老人が入って来て、
「おい、ワトソン。いや、和村。寝てる場合じゃないぞ、あの事件は未解決のままなんだ。お前の力が必要なんだよ。行くぞ」
ジーちゃんの耳元で大声で話しかけた。
「また狸寝入りか?あの時と変わらんな。またくるぞ」
と老人は出て行った。

慌てて、すぐに追いかけ名前を聞いた。

「ワシか?完善寺愛だよ。あいつと名コンビの」


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