見える言葉、手話とピクトグラム
昨年、放送されたドラマ「silent」を見ていて、思い出した光景がある。
高校生のとき、地元の町で主催していた手話の講習会(3カ月)に通ったことがありました。
その頃、ドラマで手話で会話している登場人物を見て、手話のこと知りたくなって通ったという、あるあるのミーハーなきっかけで。
外国語を満足に習得できなくても、「I love you (アイラブユー)」にあたる言葉は身につくものと聞いたことがあります。
たしかに。大学時代、第二外国語でとったドイツ語。ほとんど覚えていないけど、「Ich liebe dich(イッヒリーベディッヒ)」は覚えていますもの。
町の講習会で教わった手話もほんの少ししか覚えていないというのに、「私はあなたが好きです」という手話は今でもしっかり使えます。
講習に通っていたとき、ろう者の方たちの集い(何か大きめの会)に誘っていただいて、講習仲間と一緒に参加したことがあった。
体育館かホールのような場所で、私たちは2階席で見学した。
1階にはろう者の方がたくさん座っていて、そこここで、両手がひらひら、ぱたぱたと動いていた。音はしなくても、なんだか賑々しさが伝わってきた。
おしゃべりに花が咲いているのが目に見えて、そう、ほんとに花が咲いてるみたいな光景だったのだ。
なんだかとっても楽しそう、声でおしゃべりしてるときとおんなじ感じだなと思ったことを、今でも時々思い出します。
「silent」の最終回、主人公の二人が歩きながら、スマートフォンでビデオ通話(手話で会話)するシーンが出てきた。
手話は目に見える言葉なんだなと、改めてハッとするシーンだった。
情報を伝えるため、目に見える形にしたもの。それってピクトグラム(絵文字)とも通ずるな、と(情報という言葉にすると、そっけなく響いてしまうけれど、手話の場合、気持ちという情報も含めて)。
たとえばトイレのピクトグラム。どこの国でも、その国の言葉がわからない人でも、大人でも子どもでも、これを見ればトイレがあると一目でわかる。そんなピクトグラムが私は大好き。
手話も、ピクトグラムも、どちらも広い意味で「サイン」の仲間。味わい深かったドラマの延長線上、街でピクトグラムを見つけたときのような楽しい気分になった。
あ。でも、手話で内緒話をするときには気をつけなくては、ですね。
ようこそ。読んでくださって、ありがとうございます。