新しい資本主義と社会的企業

これを書いているのが2022年7月の参議院議員選挙が終わったところで、岸田政権もこれから安定的に政策を進めることが期待されています。
その岸田政権の掲げる政策の目玉である「新しい資本主義」ですが、当初は一部の市場関係者の間に、市場や企業活動の自由が妨げられるのでは無いかという懸念が広がりました。特に自由を重視する立場の人たちの懸念が大きかったようです。もちろん、行き過ぎた株主至上主義を批判的に見ている人達からは「新しい資本主義」への期待も大きかったように思われます。
その後は過激な政策が打ち出されるという予想は後退し、現実的な政策が進められるという安心感が広がったように見えます。それでも、まだ具体的な中身の議論は始まっていないので、様々な期待と疑心暗鬼が交錯しているようです。
一体「新しい資本主義」とはどういうものなのでしょうか。具体的な中身はどのようなものなのでしょうか。
実は、グランドデザインとしては、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」というペーパーが既に発表になっています。

ap2022.pdf (cas.go.jp)

この中で、次のような事がまず書かれています。
「新しい資本主義においては、市場だけでは解決できない、いわゆる外部性の大きい社会的課題について、「市場も国家も」、すなわ ち新たな官民連携によって、その解決を目指していく。」
これだけ読めば、市場を抑制するというわけでは無く、市場と国の役割分担を志向しているようです。
そして、
「新しい資本主義を貫く基本的な思想は、①「市場も国家も」、 「官も民も」によって課題を解決すること、②課題解決を通じて新たな市場を創る、 すなわち社会的課題解決と経済成長の二兎を実現すること、③国民の暮らしを改善し、課題解決を通じて一人ひとりの国民の持続的な幸福を実現すること」であるとも言っています。
さらにこの具体化のために、「民間で公的役割を担う新たな法人形態・既存の法人形態の改革の検討」ということが掲げられています。この中でベネフィット・コーポレーションという例が取り上げられており、「新たな官民連携の形として、このような新たな法制度の必要性の有無について検討することとし、新しい資本主義実現会議に検討の場を設ける。あわせて、民間にとっての利便性向上の観点から、財団・社団等の既存の法人形態の改革も検討する。」という事だそうで、「新しい資本主義」のメニューの中に「社会的企業」も入っているようです。

「新しい資本主義」の検討項目は多岐に亘っていますので、社会的企業についてどれだけの議論がなされるかはわかりませんが、このような検討に至ったことは、「社会的企業の法」という本を上梓した者としては感慨深いです。

社会的企業の法―英米からみる株主至上主義の終焉 (学術選書152) | 奥平 旋 |本 | 通販 | Amazon

一つだけ、現時点で違和感があるとすれば、民間で公的役割を担う新たな法人形態にアメリカのベネフィット・コーポレーションが取り上げられている点です。アメリカのベネフィット・コーポレーションの位置づけについてはもう少し深掘りをして欲しいと思います。

社会的企業の実例(アメリカ編)|奥平旋|note

ここで書きましたように、アメリカで盛んなベネフィット・コーポレーションは、より大きな文脈でのコーポレート・ガバナンスの改革の中で位置づけられているものであり、もちろん、各ベネフィット・コーポレーションは社会的課題の解決に向けた活動もしていますが、どちらかと言えば、これまでの、通常の収益事業に社会貢献やCSR的な視点を加えていく、という側面が強いです。

民間で公的役割を担う新たな法人形態を検討するというのであれば、英国型のCIC(コミュニティ・インタレスト・カンパニー)の方が、より具体的な地域の問題の解決に適していると思います。
社会的企業の実例(英国編その1)|奥平旋|note
社会的企業の実例(英国編その2)|奥平旋|note
社会的企業の実例(英国編その3)|奥平旋|note
実際、英国はCICを公共サービスを補完するものと位置付けており、社会的企業を一種の官民連携として捉えることができます。

政府の出したペーパーの趣旨からは、英国型を検討した方が良いのではないかと思ったので一言加えてみたのですが、まあ、偉そうに言うつもりも無いですし、社会的企業を10年以上研究してきた身からすれば、政府がこのような議論を始めるというだけでも感慨深いです。
議論が進むことを期待します。

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