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小説 「長い旅路」 9

9.暗鬼に魂を喰われる

 新しい職場で働き始めて、一週間以上経った。その頃には、警戒すべき人物と、信用に値する人物が、だんだん判ってきた。一部は名前も憶えた。
 相変わらず、命じられるのは単調な作業ばかりで、それは一向に構わないのだが、飽きっぽい利用者が作業中に馬鹿話を始めて大声を出したり、それによってパニックになってしまう人が居たり、慢性的に出席率が悪かったりして、指導役の職員達は いつも苛立ちを露わにしている。職員同士の関係性も、決して「良好」とは言い難い。そのため「仕事が やりにくい」と感じることは多々ある。
 利用者は15:30で作業を終えて帰ることが出来るが、職員達が忙しいのは、むしろ「その後」で、その日に出勤した利用者の病状や言動に関する記録の作成、指導方針に関する会議、来客への応対、長く休んでいる利用者の「生存確認」等、終わりの見えない業務が山積みだという。
 俺に、それを教えてくれたのは玄さんである。俺は、毎日彼と一緒に弁当を食べている。(作業中は別々の階層に居るため、会えるのは昼休みだけだ。)
 現在44歳だという彼は、医学部受験に失敗して浪人中だった20代の頃に精神疾患を発症し、長い静養を経た後、これまでに30箇所近い福祉作業所を点々としてきたという。「障害者就労支援」の業界に、今ほど明確な法規制が無かった時代から、彼は その現場を見てきたことになる。

 俺は、いつも彼が語る【福祉の歴史】に耳を傾けながら、黙って仕出し弁当を食べている。
 教壇に立って学生に聴かせても良さそうな、すごく中身の濃い話を「僕が喋りたいから、喋ってるんだ」と言う彼は、俺に「返事」を強要しない。とはいえ、俺も内容次第では頷いたり、首を振ったりはする。
 弁当の中で、自分が食べられないものは全て、玄さんが引き受けてくれる。
 彼と並んで弁当を食べていると、大きな壁に守られているようで、安心する。


 しかし、作業中は、どうも居心地が悪い。幼稚な利用者達の一部が、耳が悪い上に、まったくと言っていいほど発話が無い俺の動きに対し、空想で「アテレコ」をして遊び始めたのだ。直接 絡んでくるのではなく、俺自身には「ギリギリ聴こえない」距離と声量を見計らいつつ、仲間内だけで何かを言い合いながら、クスクス笑っている。どうやら、内容は至極 幼稚らしい。
 職員がそれを止めないことが腹立たしいが、いちいち構うのも馬鹿らしい。

 しかし、数日経っても、彼らは その悪質な遊びに飽きなかった。
 彼らの空想の中の俺は、絶望的に知能が低く、言葉をまったく理解できないらしい。そして、あの『説明係』を「自分の母親と勘違いしている」という設定らしい。
 あまりにも くだらないので無視していると、だんだんエスカレートしてきて、作業中に ふざけて尻を触られたり、キノコを男性器に見立てた猥談を吹っ掛けられたりするようになり、さすがに頭に来て、主犯格の男子の尻を蹴り上げてやったら、俺が職員に摘まみ出され、別室で一人きりにさせられた。
 口頭での侮辱より、足蹴のほうが重罪だった。
 本来なら「面談室」か「体調不良者の休憩室」となる部屋が、まるで【懲罰房】のようだったが、俺は むしろ一人のほうが気楽だった。
 退勤時間になるまで、ひたすら、何に使うか分からない紙箱の組み立てをさせられた。
 俺一人だけに見守りの職員を付けられるほど、人員に余裕は無く、俺をその部屋に放り込んだ男性職員が「全部、カメラに写ってるからな!」「事務所で、社長が見てるからな!」と釘を刺してから退室し、数十分おきに様子を見に来た。(休憩時間になったら、ちゃんと教えに来てくれた。)

 俺が尻を蹴った奴は浅野といい、作業所内でも名の知れた『トラブルメーカー』である。彼と友人達による「イジり」や「悪戯」を苦に辞めていく人が、後を絶たないと聴いている。30歳を過ぎた既婚者だが、まるで思春期のような「落ち着きの無さ」と「他者への関心の強さ」が、俺としても正直 目障りだ。
 彼は検品の部屋に集められている人員の中では最も障害の程度が軽く、だからこそ単調な作業に退屈しているし、仲良しグループの中で【王様気取り】なのだろう。
 玄さん達と同じ階層に送り込まれている日もあるが、すぐに「腰が痛い」とか「足が痛い」と言って、ギブアップして戻ってくる。
 下の階層での菌床作りや、椎茸の管理と収穫に従事するメンバーは、ほぼ固定されている。情緒と体調が安定していて、然るべき衛生管理がきちんと出来て、生物である椎茸のために日曜・祝日でも厭わず出勤できる人は、残念ながら限られている。(もちろん、彼らもシフトを組んで交替で休んでいる。)
 玄さん達は「選ばれし主戦力」である。彼らの時給は、俺達よりも高い。

 俺は、身体さえ適うなら、下の階層に行きたい。上の階で「馬鹿だ」と決めつけられて、雑な扱いを受けるよりは……多少きつくても、健常者の「一般作業員」に混じって、労働者らしい仕事をしたい。
 生物学は、本当に奥が深い。何度でも、学び直す価値がある。鶏について学ぶことを諦めたとはいえ、菌類に対し、まったく興味が無いわけではない。


 しかし、浅野の尻を蹴った日を境に、職員達からの【監視】が厳しくなった。俺が「何も言わず、突然キレて、同僚に危害を加えた」という点を、彼らは過剰に問題視して、俺は『要注意人物』と見なされた。
 犯罪者でさえ、取調べを受けて「動機」や「経緯」を話す権利があるのに、俺は「何故あいつを蹴ったのか」と訊かれることさえないまま、一人で別室に放り込まれ、内職をさせられる頻度が高くなっていった。
 俺が「暴力的な人間である」という『キャラ設定』は、瞬く間に作業所内に知れ渡り、気の弱い人は俺に近寄らなくなったし、少しでも、道具の置き方やドアの開け閉めが荒ければ、職員が警戒して すっ飛んでくるようになった。そのたびに「音が大きい」「みんなが びっくりする」「気をつけて」と、注意された。(俺は、自分が出す物音というものが、健聴者ほど鮮明には聞こえないので「大きな音を出している」という自覚に乏しい。)
 噂は下の階層にも伝わっているようで、玄さんは「イライラしちゃうなら、お昼休み、お散歩に行きなよ」とアドバイスをくれた。
 俺は早速それを実行した。食事が終わったら、薬を飲んでから外に出て、近くの商店街をぶらつくようにした。そこは、作業所の中とは【別世界】だ。
 外に出て、やっと「その日の天気」を知るようなことも、度々あった。温度管理が徹底された閉鎖的な職場に、地下鉄で通っていると、外の様子(特に外気温と風の強さ)が、だんだん分からなくなってくる。街を歩く人々と自分の、服装の違いに驚くことも しばしばである。

 散歩に行っても、午後の作業開始時間までには戻っているのだから、何ら問題は無いはずなのだが、職員の誰にも断らずに外に出た日は「声をかけてから行くように」と注意された。
 俺に少しでも「発話をさせる」ことが【訓練の一環】なのだろうか……。億劫だが、職員を相手に「散歩に行きます」くらいは、言える。


 10代に逆戻りさせられたような、くだらない日々は淡々と続き、「下の階層に移りたい」という意志を誰かに伝える機会すら無いまま、内職の腕だけは上がっていった。俺と一緒に帰りたがる人は居なかったし、ここでは基本的に「他者との連絡先の交換」は禁止されている。(職員に黙ってSNSで繋がっている人達は居る。)俺には、昼休みに玄さんから聴く話以外に、まともな【情報源】は無い。形ばかりの朝礼は「出欠確認」と「新人の紹介」だけで終わる。その日の段取りさえ不明瞭だ。連絡事項はホワイトボードに書かれるか、紙に印刷されて そこに貼り出されるが、配布されることは無い。気が付かなければ「終わり」だ。まるで、一昔前の大学だ。

 また、作業中には、やはり どうしても、かつての勤務先で目の当たりにした光景がオーバーラップして、浅野や他の利用者達が笑い転げていると、頭の中でも、自分に対する【侮蔑】と【嘲笑】が始まる。
(“うわぁ、またキノコ量ってるよ……!”)
(“昨日と同じ服だね”)
(“あいつ、臭くない……?”)
(“腐った鶏の臭いがする!”)
それらは幻聴であるはずなのだが「同じ部屋に居る利用者達が、本当に自分を嗤っているに違いない」と感じるようになっていく。(実際に彼らが話している内容は、はっきりとは聴き取れない。)
 作業中に退室して、トイレに行く頻度が上がってきた。

 吐くたびに、除草剤を飲んだ日のことが脳裏をよぎる。あの日と同じように、目の前が暗くなっていく。脳貧血か何かだとは思うが、それは まるで【死の予兆】で、身体の奥底から、抗いようの無い恐怖と絶望感が湧き上がる。
 遺書を隠蔽されたこと、あれが【労災】とは認められなかったこと、先進国に あるまじき【差別】に対し、何らの罰則が無く、加害者達は今も のうのうと生きていること……奴らは今の俺よりも遥かに高い月収を得て、平然と家族を持って、当たり前のように一般市民として暮らしていること……悔しくて、悍ましくて、堪らない。
(“死ねよ、バーカ!”)
(“ホモのくせに……!”)
(“なんで、まだ生きてんの?”)
聴こえてくる声の中に、浅野の声が混じっている。あいつがトイレまで覗きに来て、侮辱しやがったかのようだ。

 本当に様子を見に来た男性職員が、何を言っているのか、全く分からない。
 吐き気が治まった頃に、いつもの別室に連れて行かれ、長椅子で横になる。普段、紙箱を組み立てている机に、ペットボトル入りの水が置かれたが、口をつける気になれない。起き上がる気力も無い。


 ここで、どれだけ真面目に働いても、また、あんな風に使い倒されて、嗤われて、今度こそ本当に死ぬかもしれない。おが屑やホタテの殻と一緒に、機械に放り込まれて、菌床に混ぜ込まれてしまうかもしれない。
 俺が 細切れになって死んだら、浅野や他の連中は、大喜びしそうだ。そして、俺の体を栄養にして育った椎茸で、また遊ぶのだろう……。

 恐ろしい妄想が、止まらない。誰が何を言っているのか……自分が今、どこに居て、座っているのか、寝ているのかさえ判らない。
 頭の中が【日本語】で溢れ返っている。善い言葉も、暴言も、何もかも 一緒くただ。この国に生きている、全ての人の、全ての発言が なだれ込んでくるかのように感じる。
 光は見えない。真っ暗だ。



 ふと気が付くと、俺は あの別室の長椅子に座っていて、手には、タオルに包まれた保冷剤を握らされていた。目の前には、社長が居る。
 社長は、保冷剤を握る俺の手を上から握って「冷たい、冷たい、冷たい……」と、暗示でもかけるかのように、同じ言葉を繰り返している。
 やがて「わかる?」と、問いかけられた気がして、「冷たいです」と答えると、彼は「あぁ、そうだ」と言って、保冷剤を俺の手から回収してくれた。そして「良かった、良かった」と言いながら、何度か俺の肩を叩いた。
「吐き気は、治まった?」
よく分からない。
 俺は、よく冷えた掌で、顔を覆った。
 しばらく、その冷たさを愉しんでから顔を上げると「一人で帰れる?」と書かれたメモ用紙を手渡された。
「……今は、何時ですか?」
社長は、黙ってスマホ画面を見せてくれた。表示は「16:24」である。
 作業終了時刻を、とっくに過ぎている。
「……僕、一人で帰ります」
「気をつけてね」
「は、はい……」
 無事に帰宅できたら会社の携帯宛てにショートメールを送るよう、再びメモ用紙で指示された。

 利用者の作業時間は原則として10:00〜15:30だが、能力や経済的な事情が認められた一部の利用者は、9:00〜17:00のフルタイムで働いている。(下の階層にいる人達は、基本的にはフルタイム勤務である。)
 勤務時間を延長するには、6ヵ月以上在籍した上で、社長が用意した独自の筆記試験に合格しなければならない。
 今の俺には、高すぎるハードルだ。
 まだ1ヵ月にも満たないのに、もう身体が音を上げている。


 電車を降りて、自宅に向かって歩く時、サイが恋しくて堪らなかった。
 彼らに会いに行くのをやめてしまってから、俺は また消化器系が狂っている。食事が栄養にならず、力が出ない。
 玄さんと一緒に食った弁当は、数時間後には下水道に消える。

 休日の朝は、疲れで起き上がれない。動物園の開園時間に、間に合わない……。だからといって、混雑すると解っている時間帯には、近寄る気になれない。
 撮り溜めた動画の鑑賞で、どうにか凌いできたが、液晶画面を長時間 見るのは、かえって疲れる。癒しに ならない。


 絶望的だ。


次のエピソード
【10.忘れ得ぬ声】
https://note.com/mokkei4486/n/n280279ac410d

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