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今日は満月だから。-eill / ((FULLMOON))-

深夜2時過ぎ。
人通りもほとんどない駅の前。
夜風で少し身体が冷えてきた私の視界には靄がかかってる。

馬鹿だな私。

『今夜は特別な夜にしよう』

そう電話口で囁いたあの人の言葉に舞い上がって、いそいそとメイクアップして出かけた午後20時。

待ち合わせの駅に到着して2分後。

『ごめん、仕事で遅くなる』

なんで今言うかな。もう駅着いたっての。
そう毒づきながらも、遅れてくる彼を責める権利もなく、待ち続けるしかない自分が虚しくなる。

ようやく現れた彼の車に乗り込めば、ごめんねと言いながら交わされる口づけに全てを許してしまいそうになる。

彼の唇から温度を感じなかったのは、夜風で冷えた私のせいなのか、
単にこの関係性に温かな愛なんてものが存在しないからなのか。

彼の瞳は悪魔的な魅力を放っていて、見つめればすぐに吸い込まれてしまう。

そのせいで、瞳の奥に私の知らない誰かがいるのにも気づいてしまうんだけど。

何も言わずとも、ある場所に向かって走る彼の車。

私、いつまでこの関係続けるんだろ。

ドキドキしたり落ち込んだり、嬉しくなったり苦しくなったり。
彼との関係が始まってから気分の波が激しい。
膨らんだり縮んだりを繰り返して擦り切れそうな私の心はもう壊れそうだ。

車の窓からぼんやりと外を眺めた。

「そっか、今日は満月なんだ。」

満月の日は、月の力に誘われるようにして、自分のことを振り返ってしまう人が多いと聞いたことがある。

自分を振り返るとは、恋愛に置き換えてみればすなわち、恋人との関係を見直すともとれる。

それならいっそ。
今日がベストなタイミングかも。

「この関係も時効かな。」

信号待ちで車が停まる。
シートベルトを外し、扉を開ける。

彼が何かを言っていた気がしたがその声には振り返りもせず、トビラをバタンと閉めた。

月が満ちて潮が満ちるように、私たちの関係にも潮時がきただけ。

冷たい夜風を深く吸いこみ、
ついさっき通った道をひとりで歩いて帰った。

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