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【詩】春だから

赦された朝の筋肉に触れながら、あなたの寝顔で空白が侵されていく。僕を否定するための背中、肩越しに見た赤城山、産毛を残したままの背の骨の辺。ねえ、ねえ、ねえ、としつこく曝露を求めるあなたこそ不安定なフルドラだった。特選コーヒーが残り少ない、と気づくとき、陰翳は張りついて、今週は忘れずにプラを棄てる、と思うとき、利き腕にぶら下がり、春の一片を捉まえて、また季節を潜ってしまった後などに、水滴のようにくっついて、景色のなかで互いに流れる、そんな具合に僕らはなった。

暮らしを舌の上で転がすような塩梅で、嚥下しきれぬままだから、味はとうに薄くなった。引っ越しの度にあなたを連れて行こうか迷うのも、まるやばつでは決められない。金曜日に棄てたウヰスキー瓶の数。痩せさらばえた野心と探求が照れ笑いで逃げていくこと。田んぼを十字に割った道をあなたが走っていく背中。僕は追いかけていく背中。切れぎれとした呼吸と笑い声が、古した塀や鳥居に門、竹の林や低い柵をぬって走り、自動車道路と平行になったところ、青に向かった。眩しいのは空だけでもないね、と言うあなたこそ不用意なソネットだよね。潤いを保ったまちがいの味。嚥下しきれぬままだから、味は次第に薄くなる。

成長を棄てた分だけ、育めるもの。馴染みのない小屋の中で、水の様に流れあう。約束を重ねるのは、それが未来に触れる唯一の方だから。ねえねえ、なあに、ねえねえ、なあに。名前を嬲る。夜明け前のテーブルの上で換気扇の音をぼんやりと。寄り添い寝息を聞きながら、僕は地獄を選んだことがある。幸せを確かめるのは、それが過去を離れる唯一の方だから。やがて囀りや鳴き声の朝、青白い光の窓、深海のような部屋の中。寝息を聞きながらあなたの涙を拭いたとき、遠く離れた場所から僕は自分の意味を殺しはじめていた。

言葉の宇宙の何処か、あなたの名前だけを探しにいく。懲りないねって、違えた道の向こうからあなたの溜め息は確かに聞こえた。悪い意味で変わってないねって、遠くの町からあなたの言葉が頰を打つ。やさしくなると、あなたは漢字を使わない。変わってないのは景色も同じなのに、舌の上で暮らしを転がし続けて薄くなった妙味。くるくると日常の中、何度でも触れたり離れたりを繰りかえす。点けたり消したりを繰り返すテーブルライトのように。

簡単に張り裂けて、散らばった心を集めている。いつまでも声を求め合った日々の後先に、あなたが笑えているのなら嬉しい。廻る陽の蔭に咲いた花には触れられない、見逃しはしない。早朝トラックが走る音が聞こえる。何台も通り過ぎていくみたい。大きいの、ちいさいの、何台も、何回も、死んでも続く。あしたも運ぶ。これが愛ならいい。僕はシャワーを浴びたら服で隠してしごとにいくはずで。きょうの天気は晴れ。血脈を拡げて葉のように感じたい。きっと山の稜線はくっきりとして、すがすがしいにちがいない。かふんしょうは変わらないけど。春だから。景色の中にあるはずのあなたの言葉をさがしにいく、ゆっくりとたしかめながら、僕は生きようと決めて、あさごはんをひとくちのこした。

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