見出し画像

「私はあなたの記憶のなかに」 角田光代(短編集)

2000年過ぎに発表された短編をまとめたもの。
どの物語も主人公の記憶が主体となり、その時々の風景や匂い、味が記憶とともに書かれている。
物語の進行はゆっくりとしており、純文学とライトノベルの間の小説(MOHが勝手にそう思っているだけ)は、このような時間感覚なのかも知れない。

父とガムと彼女

父の葬儀中、主人公が小学生の頃に少し普通ではない家庭の過去を思い出し、葬儀場での意外なシーンで終わる。
駄菓子の味が思い浮かぶ(蜜柑味のガム)。
短編としてのまとめ方は、こうするしかないのだろうなとは思う。

猫 男

学生には身分不相応な横浜中華街のフルコース、冬の寒いアパート玄関の外で食べるケーキ。当時付き合ってもいないK和田君のことを、海外のひとけの無いリゾートで今の恋人に語る主人公。

神さまのタクシー

地方の伝統ある女子校寄宿舎が舞台。
同室の風変わりな上級生。

水曜日の恋人

母と一回り年下の不倫相手から同じシャンプーの匂いを嗅ぎ、主人公が大人になってから妻子ある男性と同じことをし、中学生の自分を思い出す。

空のクロール

酷いイジメとラストのイジメ返し。
筆者は水泳経験者だと思う。
(50m  60秒サークルのキツさを知っている)

おかえりなさい

離婚でそれぞれの荷物を片付けていて、学生時代に見知らぬ老婆の家庭料理を食べていたことを語る主人公。

地上発、宇宙経由

メールが織りなす、登場人物たちの思い。
でも何も変わらない。

私はあなたの記憶のなかに

GWに突然消えた妻。
居るはずのない思い出の場所を訪ね、記憶の中の妻を思い出す。


感想

どの短編も記憶に纏わる物語。
それぞれのエンディングはその先を明示せず、想像出来る読者に余韻を残している。

雑感

人に読んでもらう物語を書くようになってから、SFやミステリー、推理以外の小説を読むスピードが、格段に遅くなった。

小説の分野分けとして「筋を楽しむ小説」と「情景を楽しむ小説」があると思う。

SFなど「筋を楽しむ小説」はストーリー展開が気になり、場面の展開・登場人物の行動を追っている。

この短編集のように「情景を楽しむ小説」は、物語の流れに驚くことは起きず(話の持って行き方に「なるほど」と思ったりはする)、場面々々のシーンを思い浮かべることが多い。
筋を楽しむ小説」は全体構成が勉強になり、「情景を楽しむ小説」は文章表現の巧みさが気になる。

この短編集、著者の代表作『対岸の彼女(直木賞受賞)』と同じ時期の作品。
作家活動を始めて20年を経ている頃の短編集で、読んでいて表現が気になり読み返すところも多い。

読者に情景を思い浮かばせる文章を書ける力量は羨ましい。
小説の構成要素は「文字」だけだが、それだけを使って読者にどこまで現実を感じさせられるのかが、プロとアマの違いではないかと思う。

MOH

この記事が参加している募集

#読書感想文

189,568件