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【読書感想文】 密やかな結晶 / 小川洋子(著)/ 失われ奪われる物語

小川洋子著作小説の感想文は以前投稿した。

最果てアーケード』でも記憶に関わるお話は出てくるが、舞台はどこかで見たことのある、地方都市のイメージ。
物語として作られた世界の雰囲気が好きになり、同じ著者の小説を軽い気持ちで読み始めたが、長編小説の中身は重かった。

その島では多くのものが徐々に消滅していき、一緒に人々の心も衰弱していった。
鳥、香水、ラムネ、左足。記憶狩りによって、静かに消滅が進んでいく島で、わたしは小説家として言葉を紡いでいた。少しずつ空洞が増え、心が薄くなっていくことを意識しながらも、消滅を阻止する方法もなく、新しい日常に慣れていく日々。しかしある日、「小説」までもが消滅してしまった。
有機物であることの人間の哀しみを澄んだまなざしで見つめ、空無への願望を、美しく危険な情況の中で描く傑作長編。

講談社BOOK倶楽部

小説刊行から四半世紀経ち、英国ブッカー国際賞にノミネートされ、2020年には映画化が発表されている。

そのころのインタビューはこちら


感想文

上に挙げた情報は、読み終わってから調べたもの。
そんな昔に書かれた物語だとは知らず、地震と津波が島を襲うシーンに「これは311のオマージュ? でも関係した人は読みたくないところでは」と思いながら読んでいた。

最果てアーケード』の読後感から、ハッピーエンドになることはないと思いながら読み進めたが、後半からエンディングにかけて主人公を取り巻く環境が益々厳しくなる。

作家である主人公が書く小説の内容が、主人公の置かれている状況と交わるように近くなり「もしかすると、主人公が書く小説とこの小説が入れ替わるとか?」とも思ったりしたが、物語にそんなトリックは無くそのまま物語は進行し、その島のほとんどのものが消えてしまう。
そこから最後に一人立ち上がるR氏に、作者は読者へ希望を与えたのかもしれない。

読んでいて不思議な物語。楽しい話ではないのだが興味を引くエピソードが続く。
筋書きを追う物語でもないし、結末を期待してワクワクしながら読む小説でもない。
ただ、読み始めるとその世界に没入し、自分がその世界の住人のように主人公と一緒に街を歩き港を訪れ、誰もいない山へ登った気持ちになる。
主人公の一人称で話が進むため感情が語られ続けるが、文体が観察的で淡々としているのが、自分には合っているのかもしれない。

2020年というパンデミックの中でのブッカー賞候補作となり、ある種のディストピア小説とも語られたようだが『不自由な中にも心の自由はある』『不自由を是とするのはそれに加勢しているのと同じ』と、作者が暗に語っているのではないかと想う感想を持った。



MOH




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