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『鉄鎖のメデューサ』

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リレー小説として始めたのに趣味に走りすぎて誰もついてこれなかったため、結局1人で40話に亘り書き続けたファンタジーです。
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記事一覧

「鉄鎖のメデューサ」第1章

「見つけたぞ!」「やったよう、兄貴!」

 1年の半分が雪に閉ざされる辺境都市スノーフィールドからもなお奥まった雪山の中、2人の男たちの歓声が切り立つ氷壁にこだました。

 見るからに山育ち丸出しの大男たちだった。背丈は頭1つほど違っていたが顔はよく似ていて、誰の目にも兄弟だと知れた。
 ただしどちらが年上かは、そう簡単な話ではなかった。

「ボビン兄貴よう。これをあとは届けるだけなんだろ?」
 

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「鉄鎖のメデューサ」第2章

 家の中に残っていた食べ物は3日でなくなった。ここから出なくてはならない時が来たことを小柄な妖魔は悟った。

 この3日間で体力はかなり回復していた。だが深夜でさえ完全には途絶えない人間の気配のおかげでほとんど眠れずにいたことから、精神的な疲弊はむしろ増していた。気配の多い日中は地下室の片隅で黒い粗布の下に潜り込み、震えているばかりだった。その粗布は凍っていた自分が運び込まれたときに覆いとして使わ

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「鉄鎖のメデューサ」第3章

 右手の建物の陰の路地から小さな人影が一つ、次いで大きな人影が二つ飛び出してきた。

「助けて! あいつら人殺しだ!」

 そう叫んだ小さな人影が妖魔の方を見た。そしてまっしぐらに駆け抜けざまにまた叫んだ。
「そこの裏路地で! おばちゃん逃げてっ!!」

「畜生! くそ餓鬼っ」
「面倒だ。ババアもろともたたんじまえっ」

 われ先にと大きな人影が二人駆け寄ってきた。振り上げた手が握る血染めの得物が

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「鉄鎖のメデューサ」第4章

「メデューサ、ですか?」
 警備隊本部の一室に呼び出された5人の若者のうち、リーダーである赤毛のアーサーが聞き返した。

「メデューサ、だそうだ」
 隊長のスティーブが、いささか曖昧な口調で繰り返した。

「目撃情報では夜半過ぎに中心街に向かう大通りを疾走する黒い衣を纏った小柄な人影が、蛇の髪を生やしていたという。ただしもの凄い速さで走り去ったため、詳しく見た者はいないそうだ。目下のところ路上で石

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「鉄鎖のメデューサ」第5章

 橋の真ん中で立ち尽くす妖魔の頭上の空がゆっくりと白み始めた。遠巻きにするだけで動きのなかった大橋の両側の人間の群がしだいにざわめき始めた。
 ものすごい数だった。どちらの橋のたもとにも馬に乗った人間の一団が控えていて、河岸も人間の群にびっしり埋めつくされていた。壊れた蟻塚にひしめく蟻さながらだった。
 大きな橋なので、馬の脚でもたどり着くのには時間がかかる。何人かは動きを止められるだろう。だがそ

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「鉄鎖のメデューサ」第6章

「落ちたぞ!」「逃げられた!」

 方々からそんな叫びが上がる中、ロビンは川下へ走った。警備隊ややじ馬もどっと川下へ動き出したが、人の波に巻き込まれないよう路地裏へ回った。姉が生きていた頃からずっと、ロビンは果物を船で運んで川岸で売る露天商の手伝いをすることで日銭や売れ残りの果物を得ていたのだった。だから彼はこの川の流れや淀みを熟知していた。

 橋の真ん中から落ちたのだからまっすぐな場所を流れて

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「鉄鎖のメデューサ」第7章

 次の日から、ロビンの日課には仕事の後酒場や夕食の席で語られる小柄な妖魔に関する噂を聞くことが加わった。帰るべき故郷はどこなのか。林檎の実る場所であることだけは察しがついた。でも、それ以外はなに一つわからなかった。ロビンはこの街から出たことさえなく、貧しい身ゆえに外界について学ぶ機会も得られなかった。だからほんのわずかな手掛かりの一つでもないかと思い、大人たちの話に必死で耳を傾けたのだった。

 

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「鉄鎖のメデューサ」第8章

 かくしてロビンの新しい日課はあえなく頓挫の憂き目にあったが、それゆえもう一つの日課のほうにロビンは、正確にいうならロビンとクルルは全力を注ぐこととなった。それはクルルに言葉を教えることだった。

 小柄な妖魔はあの脱出への試みが結果としてあれほどの騒ぎになってしまったことを自覚しているらしく、決してロビンの家を自ら出ようとするそぶりを見せなかった。そして、あのとき声を交し合うことで奇妙な信頼関係

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「鉄鎖のメデューサ」第9章

 小柄な妖魔はロビンが開けた扉から入ってきた人影を見て目を見開いた。眼点のある触手がざわめいた。

「ナマエ、ナニ? ろびん。ナマエ、ナニ?」

 ロビンが名前を答えられないものなら、それは危険なものかもしれない。緊張した面持ちでクルルは人影に向き合うロビンの背後に身を隠し、首を伸ばして相手に警戒のまなざしを向けた。

 だが、人影のほうも当惑を隠せぬ様子だった。

「服まで着せているとは……」

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「鉄鎖のメデューサ」第10章

「私はおまえがどういうつもりなのか確かめにきた」

 食卓にかけた黒髪の尼僧にそういわれて正面に座ったロビンは思わず聞き返した。
「僕の、つもり?」

 ラルダと名乗る尼僧はうなづいた。とまどう少年の様子を緑の瞳で見つめながら。

「その妖魔が橋から落ちたとき、私はたまたまおまえの少し後ろにいた。けれど皆が走り出したとき、おまえは皆と違う道へ自信ありげに走り込んだ。それが目にとまったから私はおまえ

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「鉄鎖のメデューサ」第11章

「私は神の啓示を受けた。それ以前のことは何も覚えていない。啓示を受ける前は覚えていたのか、それさえもうわからない」

 語り始めたばかりで言葉を途切らせた黒髪の尼僧のまなざしに浮かぶ表情はロビンには計り知れないものだった。しばしの沈黙の後、少年は声をかけた。

「その啓示って、どんなのだったの?」

「……私の名を呼んだ。ラルダ、と。そして続けた。あるべき場所で、あるべき姿で、と。次いで故郷から引

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「鉄鎖のメデューサ」第12章

「人魚というのは不思議な種族だ。陸の上の人間が火の力を手にして他を圧する存在に抜け出したのに対して、水の中に棲む人魚は自分に近づくものの神経に作用しその行動を止めたり狂わせる力を持つ。その力ゆえに彼らもまた水中における無敵の存在へと抜け出した。人魚の力に触れると人間は幻覚や幻聴に襲われる。相手がその気なら一瞬で精神を砕かれる。人魚と比べれば人間は足下にも及ばぬ無力な存在でしかない。
 そして彼らは

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「鉄鎖のメデューサ」第13章

「私は色の変わった水の底に沈んで動かぬ人魚の姿を幻視した。神の声はそれが海辺の民の村ルードでの出来事であると告げた。ちょうど私は大陸南部を旅していたから、ルードの村はすぐ近くだった。だから詳しい話を聞こうと思い、私は村を訪れた。
 今から思えばそれが間違いだったのだ。ルードの民は殺気立っていた。私が敵でないことをわかってもらうだけで、大変な時間を費やしてしまった」

 黒髪の尼僧は目を閉じた。過去

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「鉄鎖のメデューサ」第14章

「ろびん……」

 背後から舌たらずな声がおずおずと呼びかけた。不安げなその声に、ロビンは我にかえった。ラルダも物思いから覚めたように小柄な妖魔に目を向けた。

「……不安がらせてしまった? クルル。心配しないで。きっと森へ帰してあげるから」
 思いがけぬ穏やかな柔らかい声に背後の妖魔の緊張がゆるんだのをロビンははっきりと感じたが、彼自身はむしろ虚を突かれた思いだった。思わず目を向けた黒髪の尼僧の

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