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マッチングアプリで実際に会ってみたpart2


前回までのあらすじ

二日前の深夜、男はある約束を取り付けていた。
マッチングアプリで出会った女との会食だ。

この2日男はいい意味で浮ついていた。
そして、浮ついた心はあらゆる事に良い影響を与えていた。
いつもなら後回しにしている業務に手が回ったり、
日課にしている筋トレも心なしか捗った。

そしてその日はやってきた。
仕事終わりにデートがあるということだけで男の気分はとても良かった。

会合

この日男は30分ほど早く起きた。
朝のニュースをスマートスピーカーから聴きながら朝食を作る。
脳内にはショパンが流れていた。
朝露に濡れた木々や新緑が眩く光る景色が脳裏に浮かぶ。
季節は初夏である。

毎日がこうであれば良い。こんなことを思ったのは何年ぶりか。

ふとスマホが震える。朝のお決まりの通知ラッシュだ。
普段は6回だった。この日は7回だった。

女からのLINEが入っていた。すぐに確認する。

「おはようございます〜今日よろしくお願いしますね!」

「おはようございます!こちらこそ!いや〜もう楽しみすぎて昨日とか寝れなかったですよ笑」

「www  一応会社出る時連絡入れますけど、現地集合で良いですよね?」

「あ、問題ないです〜。じゃあ21時30分に◯◯で!」

「わかりましたー!またあとでねー」

・・・マタアトデネ??
これは明らかに女が男に慣れてきている、親近感を持ちはじめているのではないか?
不慣れな間柄では出るはずのない言葉だ。

こうなるとテンションは鰻登りである。
男は、スマートスピーカーにEDMを流すように指示した。
火曜日の朝7時のことである。
いつもならまだ夢の中。いや、この日も夢の中だ。

朝食を済ませ、この日のタスクを確認しながら残りの準備に取り掛かる。
髪型、髭、爪と整え、戦闘服(スーツ)に着替える。
ちなみにこの日のためにクリーニング済みだ。
ひと通り準備が終わり、男は靴を履き、カバンを手に玄関を出た。

空は曇りだった。
天気ばかりはそうそううまくいくもんではない。
ただ、見方を変えればこれは好都合だ。
季節は初夏である。晴れた日は暑かった。
しかし雨ともなるとまだ涼しい季節だ。
おあつらえである。

そんなことを思いながら、軽快な足取りで駅へと向かう。

「どういうトーク展開にしよう」
「こないだの電話で何話したかな」
「そういえば出身どこだっけ」

情報整理をし、綿密にトークスクリプトを練る。
まるで商談前である。
この時は営業やっていて良かったと思った。

あれよあれよと駅に着く。
示し合わせたように電車が来る。
満員電車ですら今日は気にならない。

電車の中でも、ひたすらは今日の流れをシミュレーションしていた。
ある程度固まり、複数の行動パターンを列挙したタイミングで電車は職場最寄りへと到着した。
スッキリした顔で男は電車をおり、職場へと向かった。

職場での1日は基本的にいつも同じだ。
淡々とルーティーンをこなす。
平時は色のない、無味乾燥な職場が今日は少しだけ色づいていた。
仕事もよく手につく。集中力が段違いだった。

ふと、時計を見ると、針は21時を指していた。
長いかと思われた1日は驚くほどあっという間だった。

さぁ準備だ。
PCの電源を落とし、デスクを片付け、
上司に挨拶をし、傘を持つ。

そして、魔法の言葉を発した。
「お疲れ様でした。お先に失礼します。」

終わった。
否、始まったのだ。
男は、今にもスキップしそうだった。

しかしこのまま店に直行はしない。
男には最後の一仕事があった。着替えだ。
冒頭にも書いたが、季節は初夏だ。
デスクワークメインとはいえ汗が気になる。

トイレの個室へと入る。
カバンには白Tが入っていた。
Yシャツを脱ぎ白Tに着替える。

「普通に考えればただの不審者だ。」
男は時折、自分でも驚くほど自分の行動を分析する癖があった。
少し悲しくなりつつも、これもマナーだと心を鬼にした。

個室から出て姿見で整え、今度こそエレベーターへと乗り込む。
予約した店は職場から歩いて約5分。
時刻は21時22分。完璧だ。

エレベーターを降りた男は優雅な足取りで店へと向かう。
天も祝福しているのか、雨は降っていなかった。

一歩一歩店が近づく。
高鳴る鼓動と乾く喉。
こんな日の酒はしこたま美味いのだろう。
そこはさらにタイプの女性までいたなら、もうこれは昇天必至。

ふいにスマホが震える。

スマホを覗く。LINEの通知。
嫌な予感がした。

この手のアプリではドタキャンというものがよくある。
男も過去に2度ほど経験していた。
恐る恐る中を覗く。

女からだ。
「なんか早く着いたんで先入ってますねー」

ホッとしたが、同時に少し焦った。
男は足早に歩いた。

テンションという意味では絶頂期を迎えた。
そして男がふと横を見ると、
予約した店がその小さな門戸を広げていた。

「あぁ。歓迎されている。」

本当にそう思ったのだから、男はますますバカな生き物である。

さぁ、今日イチ、いや今月イチの魅せ場がやってきた。
店員へと声をかけ、予約名を伝える。
すぐさま席に案内される。

店の通路は狭かった。
大の男1人分の幅しか無かった。
したがって店員の跡をついていく形で入店した男は、
ギリギリまで女の顔が見れない。
いい演出だ。まるでドラマだ。

店員の足が止まる。
ついにここまできたのだ。この瞬間が。

さぁ。さぁ。さぁ。
そこにはどんな人が座っているのか。
高鳴る、胸が高鳴る。
鼓動ってこんなにはっきりしていただろうか。

ドクッドクッドク。

あとはもう顔を上げるだけだ。
もうここまで来たんだ。
今日は綺麗な女としこたま酒を飲むんだ。

覚悟を決めて、顔を上げた。
衝撃が走る。
いなかった。
そこに女の姿はなかったのである。

どういうことだと一瞬訳もわからなくなった男だったが、
すかさず店員が、「今、お手洗いに行かれています」

なんだそういうことか。
それならば待とう。
この際30分だろうが1時間だろうが座して待とう。

ふと、周りを見る。
火曜だというのに、店には客がたくさんいた。
カップル、職場の同僚、上司と部下、取引先、
みな程度は違えど、様々な思いや目的を抱いてここにいるのであろう。
男も同じだった。

メニューに目が行く。
おつまみ系、串物や飯物と幅広く、酒の種類も申し分ない。
我ながら素晴らしい見立てだった。

記念すべき一杯目は何にしようか。
ジメジメしていたので炭酸系ではある。
男はビールが飲めないので、自ずとハイボールか芋ソーダに目がいく。

女は何が好みだったか。
電話ではウイスキーと言っていたな。
ならばここは初手ハイボールからの芋ソーダに転じるのが男の定石だった。

食べ物はどうしようか、と考え出した矢先、突然声がかかる。

「あの、◯◯さんですか?」

きた。ついに来た。ファーストエンカウントの時が。
さぁ見上げるのだ。女のご尊顔を拝む時が来た。

男は自分の感情に素直だった。
したがってここでも思ったことをそのまま書く。

…ピッコロさん?

まず男が思ったのはそれだった。

髪型において、前髪というものは非常に重要である。
前髪を作る、という言葉があるくらいだ。
シースルー、パッツン、かきあげなど様々だ
かきあげスタイルなんてものは、急にクールビューティー化する。
この現象に名前をつけたいくらいだ。

さて、女のそれは、センター分けをベースにしつつ、
パーマの質感を持たせるためか少しウェッティにまとめ、
2束に分けた前髪がおでこの前でラグビーボールを描いていた。

要するにドラゴンボールのピッコロさんの触覚である。

体からなにか熱いものが引いていくのを感じつつ、
心は「まだだ!まだ早まるな!」と叫んでいた。

そうだ。落ち着け。
まだ女はマスクを取っていない。

ファーストコンタクトでは軽いジャブを受けたものの、
やはり前髪だけで判断するのは早計だ。

とりあえず店員を呼び、ドリンクオーダーをする。
ちなみに店員はめちゃくちゃ好みのタイプだった。

すでに決まっていたが、メニューを開き、選ぶフリをする。
少し間を開けて男が「ハイボールを」頼むと、
女はすかさず「芋ソー、山椒入りで」

なにそれ、すごい美味しそうではないか。
あとで頼もう。

ついでに軽い食事も頼んでしまう。
名物は串物。女は目を輝かせていた。

結局軽くのつもりがフルオーダー。
しかもおそらく食べきれない。
まぁ、いい。美味しいものはあって困らない。

キッチンへと戻る店員を尻目に、女の方を見る。

……ピッコロさん?

違う違う。気を確かに持て。

とりあえず自己紹介をする。
「改めましてはじめまして。◯◯といいます!遅くなってすみません。」

女も自己紹介をする。
「はじめましてー◯◯です。いえいえ、いろいろ話しましょ♪」

お読みいただいている皆さん、どうだろう。
ピッコロさんがこんな自己紹介をしてきたら。
私は少し混乱した。

とりあえず世間話でもしよう。
仕事の話を中心にこれまでの経歴などを聞きはじめた。

男は転職エージェントを本業にしていた。
なのでこれらの話は主戦場である。毎日している。
急に男の仕事スイッチが入る。
女も女で自分のことを聞かれて、悪い気がしなかったようだ。
聞いてもいないことをベラベラと喋った。
気づけば女の経歴をほぼ丸裸にしていた。

女の声に少し熱が入り始めた頃、
第一ラウンド終了の合図が入る。

「お待たせいたしましたー」

店員がグラスを持ってこちらに来る。
繰り返すが店員はめちゃくちゃタイプだった。

第2ラウンドは一番重要だ。
飲み物を飲むならなんせマスクを取る。全貌が明らかになる。
ちなみに男は着席時点でマスクは取っていた。勿論断ってもいた。

今の状況はフェアじゃない。

上に女の前髪について触れたが、そのほかはどうだろう。
目元メイクはとても上手だと思った。
あざとさ、いやらしさがない自然な涙袋や、ちょうど良い眉毛の太さ。
年相応で落ち着きつつもまだ少し遊びのある素敵なメイクだった。

そんなこと考えていると、またテンションが上がってきた。

「女はたまたま前髪にミスっただけだ。」
考えてもみれば男にもそういう日があった。
どうしても髪型が決まらない日が。

2人にそれぞれ飲み物がわたる。役者は揃った。
いざ飲み物を片手に、乾杯の音頭をとる。
「今日は平日にも関わらずありがとうございます。これを機に中を深めていければと思います!では、かんぱーい!」

「おつかれさまでーす」

男は豪快に一口目を煽った。
嫌なことがあった夜の酒を飲むかの如く、
迷いを振り切るが如く、勢いに任せて煽った。

女はどうか、と女の方を見る。
男は驚愕した。
マスクを上にずらして、口元だけ出した状態で飲んでいた。
目元と右唇の間、鼻だけを隠した形で、これまた女もグイグイっと。

飲みっぷりは最高だった。とても良い。
変に恥ずかしがってちびちび飲みだす女をこれまで幾度となく見てきたが、
大抵気が合わない。

その点、ピッコロさんは最高だ。
いい。いいぞ。
その中途半端なマスク以外は。

こうして第2ラウンドは女の鋭いジャブで始まった。
流れは女のものだ。先ほどの続きをつらつらと話し始める。

女は美容関係の仕事をしていた。
地方出身でそこでは国家資格を要する仕事についていたが、
一度きりの人生やりたいことをしたいと、転職したのだそうだ。
東京に来たのもその時だという。
職場はゆるふわガールの巣窟らしく、
同僚と飲みにいくにしてもおしゃれなところしかなく、
いつもセーブを強いられていると。

その点、今回の店は赤提灯系の店だった。
女はこちらの方が好きだといい、男の株を少しあげた。

話こそ当たり障りのないものであったが、
男は女の話し方やキャラクターが好きだった。
飾らず感情に素直でくしゃっと笑う。
十分魅力的だ。

こういう場において、男は聞きに徹することに注力していた。
何気ない話の中に女が落とすサインを見逃さず深掘りするためだ。
そうしているうちに男の得意な話題も出てきたりする。
これが本業で得たスキルだった。

30分ほど女の話に耳を傾けていた。
いろんな人の美容事情を聞けた。
男は美容やファッションに多少なりとも興味があったので、
特に問題もなく話は聞けた。

作戦が功を奏した。
「〇〇さんは普段どんなお仕事なんです?」

少し話し疲れたのだろう。

男もこれまたつらつらと当たり障りのない話を展開する。
時折ブラックユーモアを交えつつ、いい感じに場がほぐれて来た。

そんな折、店員が料理を運んできた。
おすすめメニューが所狭しと机に並ぶ。
どれも写真映えする盛り付けに、食欲を刺激するいい匂い。

女の目は料理に釘付けだ。相当お腹が空いているのだろう。
男は話を切り上げ、給仕を始める。

「さすが営業さん!めちゃめちゃ気がきいてますね」

そんなヨイショがありつつ、取り皿に食事が揃う。

「冷めないうちに食べますか!僕、めちゃめちゃお腹空いてるんですよ笑」

空いてなんかいなかった。本心が別にあった。
早く女の素顔が見たかったのだ。

「私もです〜!今日お昼休憩なかったんですよ〜」

わかったわかった。
わかったから早くマスクをとって好きなものを食べるが良い。

「じゃあ〜私これから行きますね〜」

「じゃあ僕はこっちで!」

そういって女はマスクに手をかけた。
やっとだ。時計を見ると出会ってから実に40分。
長かった。

徐々に女の顔が明らかになっていく。
ガン見しててはさすがに不自然なので、少しあたりを見渡すふりをした。
話題を探しているかのように。

女はマスクを鞄にしまおうとしていた。
少し屈んで、席下の荷物入れに手を伸ばす。
この手が上がったらついにご対面である。

男はわざとらしく後ろを向いた。
中途半端に見ないためだ。

女がマスクをしまい終わる。
不自然なガサガサ音が止んだ。

「いただきまーす」

今だっ!
男は至って自然に、だが確実に視線を女に向けたのだった。