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マッチングアプリで実際に会ってみたpart1

最後に女性とお付き合いしていたのはいつであったろうか。
男はふと小雨の降る初夏の夜空を見上げながら思った。

男は独りとなって3年が経とうとしていた。
大学時代から付き合っていた最愛の彼女と別れ、
長い傷心の時を経て、最近やっと次を考えられるようになっていた。

男自身が成長した、と言うのもあるが、焦りという側面が大きい。
28歳となり、周囲は結婚ラッシュ。
早ければ第2子の出産報告までもらう。

「誰か好きな人を見つけよう。」
そう思い立った男はマッチングアプリに手を出した。

2年ぶりの再インストールだった。
最愛の人と別れた後、乱心の余り手を出していたのであった。

以前登録されていた情報と現在の自分を比べながら淡々と情報を更新していく。
ほとんどが変わる。変わらないのは年収くらいか。(いや、厳密には下がっている。)

ひと通り入力し終わり、次にすることといえば「いいね」だ。

男は営業マンだったが、「テレアポに似ているな」という感想が率直なものだ。
ニーズがあるかどうかもわからないところが、あまりにも似ていた。

20人くらい終わった後だろうか。
ふとスマホがふるえる。
なんと早速マッチングしたのである。

ただ、男の心臓は平常だった。
至って冷静だった。

繰り返しになるが、マッチングアプリを使うのは2度目だった。
そしてマッチングしたのも初めてではない。

まるで待合室での読む雑誌のページを捲るかのごとく、
何もなかったかのように相手のページへと遷移する。

相手は同い年であった。
飾りすぎず、かと言って簡素でもなく、ちょうど良い塩梅のプロフィールを読む。

彼女は地方出身で、今は都内で美容の仕事をしているとある。
職場で出会いがなく、友達に勧められて始めたのだそうだ。

写真に目がいく。
友人であろう女性とのツーショット。
2人ともマスクで顔全体は見えない。しかも当の本人は絶妙な角度で顔全体の予測がつかない写り方をしていた。

男はいわゆる面食いだった。
最愛だった彼女が男好みの顔であったこともあり、なかなか顔へのこだわりは捨てられずにいた。

この時点であまり期待はしていなかった。
ただ、せっかくマッチしたのだ。
とりあえずメッセージを送った。

「はじめまして。〇〇といいます。プロフィール読んで趣味などが合いそうだったのでよければお話ししながら仲良くなれればと思います。」

我ながら全くもってやる気の感じられない、当たり障りのない文章だった。
大して期待もしていなかった。

数分後、スマホが震える。
またいつものお知らせLINEか?
そう思って覗き込むとマッチングアプリの通知だった。

「はじめまして!〇〇と言います。いい人に会えればと思って…」

当たり障りのないテンプレのような返事だった。

男は相変わらず大した期待もせず返事をする。
始めた経緯やいいねした理由、一応会話を広げようと質問などもした。

相手も同様に付かず離れず、お互い核心に触れぬやりとりが続いた。
その中で、どうやらこの女性は男と趣味が似ていて、考え方や性格も男好みであったことがわかった。

男は歓喜した。
こんなにも早く、楽しく話せる相手が見つかるとは思っていなかったからだ。

さっそく次の手に移る。
電話の打診だ。

男は電話派だった。
というよりも落とし所を探して、相手の希望する形で着地しなければならないテキストコミュニケーションが苦手だった。

メッセージがほどほどに熱を帯びてきたタイミングで、「今度でも良いので一度電話しませんか?」
男は賭けに出た。

「いいすよー」

その返事は、想像以上に淡白かつ簡単な物だった。

この、飾らない感じ、必要最小限で済ましてくる感じ、程よく軽い感じが、かの最愛だった彼女を彷彿とさせた。
男のテンションはもちろん上がる。

「いつがいいですか?」

「別にいつでも〜」

「え、今からいけます?」

「30分後からなら!」

「ありがとうございます!そしたら22時30分になったらかけますね!」

話はとんとん拍子で進んだ。
日曜日のことである。

いつもならそろそろ寝ようかとする時間。
うとうとしながら明日の仕事への嫌悪感を覚える時間。

この日だけは違った。

「何の話をしよう?」
「一言目は挨拶からか?」
「そういえばどこ出身だった?」

そんなことを考えていた30分はあっという間で、程なくしてメッセージが入る。

「いつでもいいですよー」

男は軽く緊張していた。
いつもより濃いめに作ったハイボールを煽る。

「なるようになるさ」
そう思い、通話ボタンを押す。
耳を突くコール音。1回、2回、3回、ぷつ。

「もしもし〜。」
彼女との会話が始まった。

まず思ったのは、声が可愛い。
もうこれだけで白飯3杯はいけた。
次に思ったのは、メッセージから感じさせる人物イメージ通りに、程よく淡白でそれであって愛嬌のある話し方だ。
あざとさなどは無縁だった。

男はすかさず脳内にミディアムヘアーで、目元は若干濃いめにアイラインを引いた清楚系ギャルをイメージした。

男は馬鹿な生き物である。それゆえ幸せでもある。
今になって思い返してみると、この時がピークだったかもしれない。
想像するだけなら人はどこまででも自由な生き物なのだ。

マッチングアプリの連続通過時間は30分だった。
30分で強制終了する仕組みだった。
のっけからいい意味で意表を突かれた男の口はいつになく饒舌で、女もつらつらとよく喋る。
30分などあっという間だ。

終了してはかけ、かけては終了し。
これを4回繰り返した。
すでに1日で可能な通話上限に達していた。
つまり今日はもう通話ができない。

「しまった」
男の素直な感想である。
本来であれば、上のような条件をダシにLINEへと繋げるはずであった。
男はどこまでも姑息で、呆れるほど馬鹿であった。

「もう話せないね〜」
先程まで良い意味で淡白だった女の返事は、
今は地獄の囁きとなっていた。

焦る男。
何の脈絡もなく「LINE交換しない?」と言った男はある意味勇敢だった。
そして英雄だった。

「ID入力できないんだよね。」

「じゃあこれ貼っとくね。」
とバクバクな心臓を押さえ込みながら、
自身のQRコードを添付する。
ちなみにここら辺のオペレーションは恐ろしく早い。

...数分後再びスマホが震える。画面を覗き込むとLINEの通知だった。

新しい友達:1件

男の勝利である。

「〜(アプリ名)からきました。よろしくでーす」

男は奮い立った。
おそらくこの半年で1番テンションが上がった。

「あ〜早速ありがとうございます!」
直ちに返事を送る。

「いえいえ〜。というか、こんな時間ですけど大丈夫ですか??私は明日休みなんで平気ですけどー」

そう。何を隠そう、日曜日である。日曜日の0時30分である。

男は悩んだ。次の日は仕事だ。
だが、ここで話を次に進めなければまた同じプロセスを踏むことになる。
男は決意した。

「あとちょっと話しません??さっきの話の続きも気になりますし。」

女から電話がかかってくる。応える男。

「日曜のこんな時間に、なんだか申し訳ないですけど、嬉しいです。」

女ってやつはこれだから。
男の心をこなれた手付きで引ったくっていく。
タイのひったくり常習犯より手際良く。

結局1時間ほど話してしまった。
内容などない。本当にくだらない内容だ。

流石にそろそろ寝ないとまずい。
明日は朝から定例会議だ。

男は渋々と終わりを切り出す。
受け入れる女。

もどかしい。あと一歩踏み込みたい。
ここまで来たんだ。ダメでも納得はできる。
意を決して男は最後の打診に踏み切る。

「飲みに行きませんか??」

男は酒が好きだった。
何もアル中とかそう言うのではない。
ただ単純にお酒が好きだった。
また、居酒屋というのも好きだった。

女も「酒」が好きだった。居酒屋も好きだった。

上で述べた、共通の趣味というのは、居酒屋巡りだった。

男はこのタイミングで打診したのだ。共通の趣味を果たすべく。
時期尚早にも思えた。
だがこの時すでに、濃いめのハイボールは確実に男を酔わせていた。
アルコールというのは敵とも味方ともなる不思議な存在だ。

少しの時間の後、画面上には既読の文字。
高鳴る鼓動。不思議と酔いは醒めていく。

「いつにしますー??」

同意ではなく、予定を聞いてくる返事は総じて確度が高い。
男は多いとも少ないとも言えない恋愛経験から、そう結論づけていた。

男の顔は綻んでいた。
すぐさま予定を確認する。
いや待て。女は不定休だ。
それならここは。

「平日でも20時以降なら大丈夫ですよ〜」

大正解だった。

「それならちょっと急ですけど、明後日とかどうですか?」

こと、アポイントの取得において、ここまで理想的な流れが今までにおいてあっただろうか。
仕事においては間違いなくNOだ。

男の返事はもちろんYES。
女の仕事の都合も踏まえ、2日後の21時30分に決まった。

男の明日のタスクに、店の予約が追加されたのだ。
取引先との飲み会を除くと、実に1年半ぶりの偉業である。

女の好みや話してわかった雰囲気からすぐに店は決まった。
双方からして同じ距離で値段も普通。
他店舗展開はしつつも大手チェーンではない、串物が名物のカジュアルな店にした。

店の概要を伝えつつ、再度時間と場所の確認をした。

女は控えめに言っても楽しそうだった。
そこからさらに20分ほど話した。

流石にトークのテンポも落ち始め、会話を締める。

「明後日ほんとに楽しみです♫」

初めて絵文字が出てきた。
これはもう期待せずにはいられない。

男は楽しみなんてレベルではなくなっていた。
色々な想像が膨らむ。
男は馬鹿だった。

「じゃあまた明日、お店予約した後に連絡しますね。遅くまでありがとうございました。楽しかったです!おやすみなさい♫」

「私の方こそ!よろしくお願いします〜。おやすみなさい。明日頑張ってくださいね。」

余裕で頑張れる自信があった。
何なら1週間分のタスクを1日で終わらそうくらいの気概だ。

高鳴る鼓動を押さえながら、スマホをベッド脇に置く。
男は眠れなくなっていた。