![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/54618823/rectangle_large_type_2_bd4aef74d6a627644a20286db1348613.jpeg?width=1200)
右左折がうまくなりたい女と早く帰りたい男〜Part3〜
前回までのあらすじ
男は勝ち誇っていた。
今回マッチングした女があたりだったからだ。
容姿はタイプでこそなかったが、話していて飽きないし、お酒という共通の趣味もある。
マッチングアプリからの卒業を確信した男。
しかしそれは甘すぎる判断であった。
話は続くよどこまでも
相変わらず女との話は盛り上がっていた。
お酒も進んでいた。
店に入って1時間弱が経過していたが、ここまで時間の流れが早かったのも久々である。そのくらいに楽しんでいた。
一通り話していたが、ここで少しブレイクタイムだ。
女がトイレへと立つ。
それもそうだ。ここまでも間で2人とも既に4杯飲んでいた。
音が戻ってきたタイミングで男も用を足しに席に立つ。
次はどんなことを話そうか。
そろそろ恋愛系の話に繋がる話題で行きたいところだ。
店も混み始めているので、おそらく19時ごろには出なければならない。
ここでも仕事で培ったノウハウが役立った。新たにスクリプトを構成し、満を持して席に戻った。
男は即興で用意した計画に沿って話を切り出す。
乗ってくる女。このままかじ取りしてタイプの話などできれば。
そう思っていた男は甘かった。
誕生日ケーキの上に乗っている砂糖菓子よりも甘かった。
女は不意に割り込んできた。
高速道でなら大事故になるレベルのガサツさで。
女の様子が少し変だった。
先ほどとは比較にならないほどのマシンガントークをかましてくるようになっていた。
・・・女は酔っていた。心なしか呂律も回らない時がある。
これはまずい。スイッチが入りかけている。ちょっと目も座り出した。
パチンっ
そんな音がした気がした。
次の瞬間、女の猛攻が始まった。
結婚
それは甘くもあり苦くもある男女永遠のテーマ。
女には歳が近い同僚が(女)いた。
同僚は自分より少しぽちゃで顔も普通だという。
そんな同僚が3ヶ月前に結婚をしたそうだ。
新婚だ。良いではないか。
よくなかった。
女たちの職場は中年の男ばかりの、言うなれば墓場のような職場だそうだ。
結婚を逃した数多の男が巣食う魔境なのだそうだ。
そんな中で結婚のチャンスなどなく、だとしたらマッチングアプリだと、女たちは同じタイミングで始めたのだそうだ。
昨年の夏からやっているという。
お互いに適宜進捗報告をし合い、「まだあいつに男はいない」、「なんだと来週APだと?」、「そうかと思ったら外れか、心配させるなコノヤロウ。。。」
と言った具合に互いの状況を探り合っていたそうだ。
だがどうだ。半年ほど前から同僚の女が急に大人しくなった。
月曜に顔を合わせれば聞いてもない出会いの話を振ってきた奴が急に何も言わなくなった。
女は悟っていたのだった。
「コイツ、、やりやがった!!!」
女の勘は当たっていた。いや厳密には少し外れていた。
その頃、同僚は結婚を前提に付き合っていた。
そしてその相手と3ヶ月前にめでたくゴールインしたのだそうだ。
こうなると女の立場は危うい。
頼んでもないのに職場の親父どもから合コンに呼ばれる。
試しに行ったことがあったそうだ。
「まさに地獄」
加齢臭漂うその場は、都内随一の高級レストランだったそうだ。
同席していたオジサマが、気を利かせて頼んでくれたケーキには、花火が飾ってあって、それはまぁ美しく輝いていたそうだが、女にはそれがお焼香に見えていた。
「もう二度とあんな思いはごめんだわ。。。」
そういうと彼女の目はギラリとこちらを見てきた。
背筋が伸びる。
鋭い眼光を前に息を忘れる男。一瞬で色々を悟る。
「あぁ、お母さん。聞いていますか。」
「息子は今日、天に召されるかも知れません。」
「思い返せば、いい人生でした。素敵な人たちともたくさんお付き合いしてきました。そんな私の恋愛道もここで終わりです。どうかお元気で。」
「次お会いするときは、念願の初孫かもしれませんね。ハハハ、、、」
なんて思いながら、頭の中は綺麗な思い出でいっぱいだった。
いやいやいやいやいや、嫌、嫌、嫌! こんなの嫌だ!!
気をしっかり持て! お前は男だ!
男の中の男が、そう叫んでいた。
気を取り直せ。まだ巻き返せる。
「ハハハ、、まぁそんな経験されていると、焦りますよね〜」
「でもやっぱりこういう時こそ落ち着いて、自分を見つめ直すのも必要だと思うんですよ。」
「〇〇さんは素敵ですし、焦らなくてもいい人見つかりますし、少し冷静になりましょ?ね?」
必死だった。脇汗が止まらなかった。
「まぁ、、ね。・・・ごめんちょっと取り乱しちゃった。」
ちょっとではなかったと思うが、まぁいい。
時を戻そう。
男は共通の趣味である音楽の話をしようと考えていた。
男と女には共通で好きなアーティストがいた。
とりあえず話をそこに持って行こう。
「女さんって、〇〇(グループ名)お好きでしたよね?」
「自分もすごい好きで〜。ライブとか行かれたことありますか?」
「あ〜そうそう!〇〇ね〜。めっちゃいいよね!!」
キタコレ。
紆余曲折あったがこれでもとの路線だ。いや、長かった。
「あ、てかさぁ、アタシ最近運転にハマっててさぁ」
・・・・・・・・・・・・はい?
なぜこの文脈で「運転」というワードがでた??
男には理解ができなかった。
職業柄いろんな人と話す。確かにたまに会話が成り立たない人がいる。
だが、ここまでではない。
なぜ運転の話になった?
あのアーティストはどこへ行った?
おおよそ日本の若者のほとんどが知っているあの超有名アーティストはどこへ消えた?
大通りの合流車線で永遠と入り込めない車のように、
気づかない間に長蛇の列を作り出すあの車のように、
男もまた取り残されていた。
女にしてみればもうずっと「オレのターン」だった。
女のデッキにはあと何枚のカードが残っているのだろう。
まさか、禁止カード「死者蘇生」を3枚とか入れてるんじゃないだろうな。
小学校の時、いたぞ。そんなズルをするガキ大将が。
もう止まらなかった。
珍しく綺麗に合流できたその車は、長く続く直線道路を、周囲も気にせず走っていた。
もうだめだ。今日はもうだめだ。
もう、触らぬ神に祟りなしだ。
黙ってきこう。
それしかない。
そう、腹を決めた男に、突然神が救いの手を差し伸べた。
「すいませ〜ん、ちょっともう店内がいっぱいでして、本日はそろそろ退店のご準備を、、、」
これが盛り上がった飲み会だったならムッとする。だがしかし今は違う。
こんな僥倖があるのか。
男の目は輝いていた。やっと救われる。このデスレースからやっと解放される。
泣きそうだった。
男はこの日一番声をはった。
「あ〜そうですか〜、それは仕方ないですね」
「迷惑もかけられないので、今日はこのまま出ましょうか。」
吹かしに吹かしたエンジンからいきなりガソリンを抜き取ったかのように、女はエンストを起こしていた。
女も大人だ。ここで駄々をこねるような人ではなかった。さすがに。
渋々財布を取り出す女を制して、男は会計を済ました。
これでいい。この地獄から解放されるのであれば、1万や2万など端金だ。
いつになくスマートに会計を済ませ、女を出口へとエスコートする。
「足元気をつけて。」
こんな気の利いた言葉まで出る始末だ。
それほど嬉しかった。
これで帰れる。それならばあと少しの辛抱なんて大したことない。
そう考えながら店を出る。駅へと向かう。
あぁ、今宵もよく戦った。
よくやった、自分。お疲れ様、自分。
お前は胸を張っていい。
幾度とないトラップにも屈せず、よく最後まで走りきった。
今日は自宅でこのあと飲みなおそう。
久しぶりにちょっといい酒でも開けよう。
そんな余韻に浸りながら駅へと向かう。
女は女で、少し涼しくなった外気に触れて、酔いが飛んだようだった。
先ほどの勢いはどこへ行ったのか。
おしとやかに今日のお礼なんて言いながら歩いていた。
次回はないだろう。
確かに楽しかったし、酒の話もできた。
だが、スイッチが入るとだめだ。
そしておそらくこの類のスイッチは、知り合えば知り合うほど緩くなる。
ここらが潮時だ。
ちょうどよく駅へとついた。
これにて終い。二度と会うこともないだろう。
不意に女がこちらを向く。
別れの挨拶か。
と思っていた男は本当に甘かった。
次どこ行きます?
次回、終章
曲がりたいけど曲がれない女と、帰りたくても帰れない男。