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右左折がうまくなりたい女と早く帰りたい男〜Part1〜

プロローグ


さわやかな初夏の夜、男は自宅への帰路とついていた。

疲れ切っていた。

今宵もマッチングアプリで知り合った女と一戦を交えてきたからだ。


前日譚

男は密かに昂っていた。

明日は女とのアポイントがある。

1ヶ月使ったマッチングアプリに限界を感じ、新しく乗り換えて2日目で知り合った女だ。

男は相変わらずバカだった。
今回の女もプロフの写真では顔が分からない。
それにもかかわらず男はアポイントを取り付けた。

万に一つ、女が自身のタイプである可能性を捨てきれなかったのだ。


この日、相変わらず男は、楽しみを前に無尽蔵に発揮されるやる気を糧に仕事に打ち込んでいた。

女とはアプリからLINEへと移行し、ほぼ毎日やりとりをしていた。

前日ということもあり、明日の舞台となる居酒屋の話で盛り上がっていた

あろうことか、今回のプロフ写真は顔がイッサイ見えていない。
結婚式の会場での写真なのかドレスを纏った女が斜め後ろから映っている写真。
「いいね」を送った男はどうかしていた。出会いに飢えていた。

この日もあっという間に仕事が終わる。
金曜日の夜。通常であればゴールデンタイムである。
だが今はそうはいかない。ウィルスのせいで会社と家の往復が続いていた。そろそろ限界だった。

男は、職場の先輩に声をかけた。

「サウナ、いきませんか?」

男の職場の近くにはカプセルホテル併設型のサウナがあった。
こんな時期でも営業している。

実は先週の日曜日、同じ先輩とトライして、定休日という反撃を喰らっていた。日曜日のことである。

今日は金曜日。時間は20時。営業している。

1週間、溜めに溜めた穢れを放出する場としてこれ以上の舞台はなかった。

男の先輩も同じだった。

先輩は快諾し、2人でサウナへと向かった。

ここのサウナは普段利用している”ホーム”に比べると緩かったが、男たちが整うには十分すぎた。
いつものごとく、サウナ12分・水風呂1分・外気浴5分の2セットをキメた

男は整っていた。
十分すぎるほどに整っていた。昇天する寸前であった。
本来であればこのまま飲みに行く。
しかし今はコロナだ。アルコールを求めて疼く体をなんとか抑えて帰路へついた。


自宅へ戻った男は、相変わらず昂っていた。

明日は女と会う。顔も知らない女と会う。

期待と恐怖が入り混じった感情は、男を寝付けなくさせた。

落ち着かない。どうしようか。。。そうだ。

珍しく男はデート服というものを考えてみた。

男はファッションというものが好きだった。

中学生の時、風邪で学校を休んだ時、退屈しない様にと親が買ってきたファッション紙を読んだのきっかけだった。

そこから面白いくらいにのめり込んだ。

これまでに服には相当な額をつぎ込んできた。

それゆえに大方のコーデは試したことがあった。

今回はどんな格好で行こうか。

こんなことを考えるのは初めてのことであった。

女は年上だ。

これまで話してきた感じで行くと、今回は綺麗めで行くのが妥当だろう。

シンプルにモノトーンで抑えるイメージで綺麗めで行くとすれば、セットアップがいい。

いや、待てよ。

今回は沖縄料理が有名な居酒屋だ。店内も沖縄風になっていた。

そしてさらに季節は夏だ。

モノトーンのセットアップでは少し重すぎるか。。

ならば、上はあえて古着で行こう。ブラウンで少し緩めでシルクの光沢が上品さを醸し出すカーディガンをチョイスした。

うん。いい感じだ。ぴっちりし過ぎず風通しも良く動きやすい。

これにしよう。


コーデが決まった。時刻は23時。

そこまでではないが、少し眠気があった。

こんな時はコーヒーとウイスキーのカクテルだ。

夏ではあったがホットコーヒーにウイスキーを混ぜたカクテルを作って飲んだ。

ついでに本も読んでみた。

効果は覿面だ。眠い。瞼が重い。

ベットへと移動する。好きな音楽をかける。アラームをセットし部屋の電気を消す。

もうすぐ夢が近い。

今日はどんな夢を見るだろうか。。

そんなことを考えながら気づくと眠りについていた。


男は女と戯れていた。


ここはどこだろう。

場所は定かではないが、とにかく楽しんでいた。

この女は誰だろう。

名前も顔も知らない女だ。

だが不思議と落ち着く。時折はにかんでいる女の顔は眩しくて見えない。

この女は誰なんだろう。

思い切って声をかけた。

振り返って声を発しようとする女。


その瞬間、目が覚めた。

あぁ。夢だったのか。

いい夢だった。寝起きだというのに体が軽い。

こんな目覚めはいつぶりだろう。


・・・・あの女は誰だったのだろう。


ふと時計を見る。時刻は10時ちょうどであった。

少し早く起き過ぎた。約束の時間は17時だ。

二度寝をするか、このまま起きるか。

ウダウダしながらスマホに手を伸ばす。

LINEの通知があった。

女からだ。


「おはようございます!今日楽しみ過ぎて早く起きちゃいました!笑」
「待ち合わせ、16時50分に〇〇でいいですか?」


いつも思うのだが、女という生き物は言葉巧みだ。
自分はこんな気の利いた文章を相手に送ったことがあっただろうか。

女の言葉にまんまと乗せられた男はすぐに返事を返す。


「おはようございます!自分も楽しみです〜!待ち合わせ場所と時間、了解です!」


すぐに女から返事が来る。


「ありがとうございます!今からネイルと美容院行ってきますね!!」
「少しでもおめかししないと!笑」


めちゃくちゃいい人ではないか。

いや、そのこと自体は以前から気付いてはいたが、相変わらずいい人だ。

こんなこと言われてテンションが上がらない男はいないだろうと思う。


「美容院行くんですね!ネイルも楽しみにしてます!」


そんな返事をした。そしてすぐにネットから起き上がる。

音楽をかけ、顔を洗い歯を磨く。そのままキッチンへと向かいお湯を沸かす。

冷蔵庫から適当に食材を取り出し朝食を作った。

優雅な朝だ。カーテンの隙間から日差しが入り込んでいる。

外は快晴。真夏日だった。おあつらえである。

朝食を食べながら、残り時間で何をするか考えていた。

いつものカフェに行き本を読むか。
少し早めに家を出て買い物でもするか。
それとも自宅で土日分の家事を片付けてしまうか。


よし、家事をしよう。

部屋の掃除、洗濯、来週分の弁当の作り置き。
ついでに模様替えもしとくか。

そうと決まってからは早かった。

まずカーテンを開ける。眩しい日差しが全身を照らす。
目が痛いほどに太陽が照りつける。

窓も開ける。ぬるい風が肌を撫でる。

さぁ、素晴らしい1日のスタートだ。


いざ行かん、決戦の地へ


一人暮らしを6年もしていると、嫌でも家事の手際がよくなる。

掃除、洗濯、料理は2時間ほどで全てがおわり、男は部屋の模様替えをしていた。

今回の模様替えも結構大規模なもので、家具の配置から見直し、カーペットを敷き直したりといろいろやった。

そのせいもあって、いい具合に時間を使えた。
時刻は15時になろうとしていた。


ちょっと焦った。

待ち合わせの場所までトータル1時間はかかる。

つまりはもう支度をしなくてはならない。

そそくさと残りの片付けを終わらせシャワーを浴びる。

さすがは真夏日。自宅でのんびり作業しているだけでもうっすらと汗をかく。

シャワーを済ませた後は、昨日準備した服にアイロンをかける。
お肌も服もシワは大敵だ。
伸ばせるシワはとことん伸ばしておく。

次に髪をセットする。
髪の毛は服とは違って伸ばさない。
パーマースタイルでいく。
今日の髪の毛はわりと素直で思い通りにまとまった。

ついでに眉毛と髭も整える。

仕上げにお気に入りの香水を纏う。
dunhilのものだ。
かなりのお気に入りでかれこれ4年ほど同じものを使っている。

さぁ、準備はできた。時刻は15時50分。完璧だ。


男は今回も入念にトークスクリプトを練っていた。

女との共通の趣味は音楽と仕事だ。

音楽は好きなアーティストが同じであった。
ライブにも行ったことがあるという。

手始めに話すのはちょうど良い話題だ。

仕事については、女の前職が、今の男と同じ業界であった。
これはポイントが高い。
業界あるあるなどで距離を詰めやすい。

まずはこの2つでジャブを打っていこう。

そこから徐々に核心に迫っていこう。

そんな算段であった。


外に出ると、夕方ではあったがまだ明るかった。
気温も高く、ゆったり歩かなければ汗ばむ感じだ。

ピッコロさんの時から1ヶ月弱しか経っていないが、季節の流れは早いものだ。
あの時は、この時間は既に空が赤く染まっていたし、外は涼しかった。


あの時とは何もかもが違う。

顔が見えないこと以外は。


若干の不安を感じつつも、ここまできたからにはもう進むしかない。

そう思って、男は家を後にした。

決戦の時は近い。