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石油取引の資金の流れと米ドルの重要性

 先日、ペトロダラー協定の終了と、それに伴う米ドルの崩壊の可能性について、「そんなことはない」と解説しました。
 石油輸出国の米国債の保有量が少ないという点を解説しましたが、YouTubeのコメント欄で、「問題はそこではない。米ドル以外の通貨で石油の取引ができるようになると、米ドルの価値が失われることが問題ではないか」という意見をいただきました。

石油取引と米ドルの関係

 逆に言えば、「石油が米ドルだけでしか取引できないことが、米ドルの価値を支えているのではないか」という話です。原油を購入している国は、ドルでお金を払わなければならないため、常に米ドルを保有する必要があり、それが米ドルの価値を高めているという説明をしているインフルエンサーもいます。
 今回は、このペトロダラー協定の問題を更に掘り下げ、石油がドルで決済されることがどれだけドルの価値を高めてきたかについて解説したいと思います。

石油取引と米ドルについて

 まず、結論から言いますと、石油の決済が米ドルで行われていることが米ドルの価値を押し上げているという考え方について、私はその影響は少ないと考えています。米ドルで決済されるからといって、常に大量の米ドルを手元資金として保有しておかなければならないということはありません。

石油取引の資金の流れ

 これを具体的に説明するために、日本企業が石油を輸入する際の流れを追ってみましょう。
 日本がサウジアラビアから石油を輸入する際、石油を輸入するのは石油元売り会社、例えばエネオスや出光興産などです。これらの石油元売り会社がサウジアラビア国営石油サウジアラムコから石油を購入する際の流れを見ていきたいと思います。

①日本の石油元売り会社が先物で米ドルを購入

 まず、石油元売り会社は年度が始まるタイミングで年間の業績予想を立てます。その計画を立てる上で、原油価格と為替レートの想定が必要になります。そして、その想定から実際に取引するレートが大きく異なってくると、業績が計画と大きくずれてしまう可能性があるため、年度が始まる段階で先物取引を使って原油や為替の取引を行います。つまり、為替に関しては先渡し契約でドルを買うということを行います。
 そのため、実際にお金を支払うタイミングではなく、先物を買うタイミングで為替市場ではドルが買われるということになり、そのタイミングで一定のドル高要因になります。

②日本の石油元売り会社が代金支払い

 その期間中に、実際に石油の購入資金がサウジアラムコに支払われます。おそらく米国の石油元売り会社の口座から、国際決済のスイフトという仕組みを通じて、米国のサウジアラムコの口座に振り込まれるか、もしくはもう少し多くの銀行を経由して行われるはずです。
 この時、日本の石油元売り会社は、実際に必要な金額を円から米ドルに交換しますが、事前に先物を買っていた米ドルを売るので、この時点で為替市場にはほとんど影響はありません。そして、石油の購入代金がサウジアラムコの口座に移るわけです。

③ドルからサウジアラビア・リヤルへの交換

 石油の購入代金がサウジアラムコの口座に移りましたが、この米ドル資金をサウジアラムコはどうするでしょうか。
 サウジアラムコは、利益の90%以上を配当として株主に還元しています。そして、サウジアラムコの株の80%以上を持っている株主は、サウジアラビアの政府です。つまり、サウジアラムコの配当は、サウジアラビア政府の最も大きな財源になっているわけです。
 サウジアラビア国内で使われるお金であるため、サウジアラビア・リヤルに交換するということになります。また、サウジアラムコはリヤル建てで決算を行う会社であるため、その資金の多くが米ドルからリヤルに交換されていると見られています。

サウジアラビア王国(Kingdom of Saudi Arabia)基礎データ:通貨
サウジアラビア・リヤル(SR)

外務省HP

石油取引の資金の流れ(まとめ)

 上記の流れを見ていただければ、日本の石油元売り会社が米ドルでの決済のため、米ドルの先物を買った際にドル高要因になるものの、その後サウジアラムコに資金が支払われた後、それをサウジアラビア・リヤルに変えている。米ドルはその時に売られており、相場に与える影響は限定的ということになります。これが数週間から数ヶ月の間に実施されるため、一時的にドル高になるタイミングがあるわけですが、それは長く続くものではないということです。

米ドルとサウジアラビア・リヤルのペッグ

 サウジアラビアは米ドルからリヤルに交換する際、リヤルに通貨高圧力がかかります。リヤルは米ドルにペッグしている通貨ですので、リヤル高圧力がかかるのを放置するのは適切ではありません。そのため、政府がリヤル売り米ドル買の為替介入を行うか、もしくはソブリンウェルスファンドなどを通じて米ドルを買うか、それしかないということになります。つまり、もう一度米ドルを買うというわけです。

通貨相場の安定を目的として、自国の通貨レートを経済的に関係の深い大国の通貨と連動させることをペッグ制といい、世界的な基軸通貨である米ドルと連動させる場合を特に「ドルペッグ(制)」と呼びます。中東産油国などが採用しています。

三井住友DSアセットマネジメント株式会社HP(情報提供:株式会社時事通信社)

ペッグの変更の考察

 「ドルペッグをやめたら、ドルを買う必要がなくなるのではないか」という人がいるかもしれませんが、ドル以外の通貨にペッグをするというのは、今の状況では現実的に不可能です。実際、ドルほど流動性のある通貨は存在しないので、ドルペッグをやめること現実的に難しいということになります。
 つまり、ペトロダラー協定がなくなろうが、ドル以外の通貨で決済しようが、サウジアラビアは一定程度ドルを買うしかないということです。ドルと同じような機能を備えた通貨が出てこない限り、この状況は変わらないということです。

ペトロダラー協定の影響についての結論

 ペトロダラー協定がドルを支えていたわけではなく、そんなものがなくなっても石油輸出国はドルを買わなければならないということがお分かりいただけたと思います。そう簡単に米ドルが基軸通貨であるという現実は変わらないだろうということです。
 ただし、この件については、こうした実際の取引がどうかではなく、原油がドルでしか決済できないということがドルにお墨付き与えていた、心理的な面も含めてドルの評価につながっているという、通貨の信認という観点からの意見もあります。
 もしその影響が本当に大きいことだとしたら、それがなくなった瞬間に、ヘッジファンドは絶好の空売りのチャンスだと思うでしょう。そういう動きはほとんど出ていないと見られています。相場はほとんど動いていません。 
 
私の結論としては、このペトロダラー協定というものが本当に終わっていとしても、ドル崩壊ということにつながる話では全くないということです。


ご参考

サウジアラビアという国は、お金を使いまくり、目立つプロジェクトを行い、注目を集めようとしています。しかし、実際のところ、財政状況は決して余裕があるわけではありません。

サウジアラムコの決算とサウジアラビア経済


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