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テムズウォーター経営難とロンドン水道問題


テムズウォーターの経営危機

 イギリスの水道問題、特に首都ロンドンの上下水道を提供する会社「テムズウォーター」が多額の債務を抱え、経営危機に陥っている問題について、解説します。

ロンドンの上下水道の歴史

 ロンドンの上下水道が整備されたのは19世紀のことで、それ以前は工業排水なども含めて全てがそのままテムズ川に流されていました。しかし、1858年に悪臭と伝染病が問題になったことをきっかけに、上下水道が整備されました。この時に作られたインフラの多くは今でも使用されています。
 しかし、その後の人口増加や市街地の拡大などにより、処理能力が追いつかないという問題を抱えています。ロンドン市内では、老朽化した水道管の破裂が絶えず起こっており、古い水道管の補修だけでも毎年大きな費用がかかっています。

テムズウォーターの民営化

 首都の上下水道を提供する会社「テムズウォーター」は、サッチャー政権の時に民営化されてできた企業です。
 長らくイギリス経済は「イギリス病」と言われ、低成長と慢性的な財政・国際収支の悪化に陥っていました。これには、戦後の労働党政権による「ゆりかごから墓場まで」と言われた社会保障政策による大きなコストや、重要産業の国有化による非効率的な経営が増えたことなどが要因とされています。
 そこでサッチャー政権は、小さな政府を目指して公共事業の削減と民営化を進めました。その一環として、テムズウォーターも民営化されました。

民営化政策の失敗

 サッチャー政権の民営化政策は必ずしも成功したとは言えません。競争を無闇に促しすぎた結果、国民が必要なサービスを受けられないという問題が多く発生しました。このテムズウォーターも、サッチャー政権による民営化の失敗例としてよく語られます。

テムズウォーターの民営化の失敗

 テムズウォーターが何を失敗したのかと言うと、首都ロンドンの上下水道を提供する会社でありながら、海外の投資家に株を持ってもらって事業の効率化を図ろうとした点です。しかし、投資家から見れば、莫大な費用をかけてロンドンのインフラを改善しても大して儲からないのです。規制の関係で水道料金が自由に上げられないという問題も関係しています。
 その結果、ロンドンの上下水道にお金を使うよりも、海外の事業に投資をした方が儲かるという判断になり、海外案件が拡大するという事態になりました。そのため、民営化以降、ロンドンの上下水道は改善されず、一方で海外事業ばかりが増えていきました。

借金とインフレの影響

 テムズウォーターの失敗はそれだけではありません。この会社はお金がないため、物価上昇率が低かった時に物価連動債を発行して多額の借入れを行いました。現在は約3兆円ぐらいの負債があると言われていますが、その半分以上が物価連動債です。
 物価連動債とは、消費者物価指数に連動して償還金額が変動する債券のことで、インフレになると発行した企業は償還時に返すお金が増えてしまいます。通常、物価連動債を発行する企業は、インフレになった場合のリスクを減らすために発行と同時に投資銀行とデリバティブ取引を行ってこのリスクをヘッジするのが一般的です。しかし、テムズウォーターはそれをケチってやらなかったため、インフレによる物価連動債の償還金の増加で負債がますます増えてしまいました。

テムズウォーター経営難と問題点

 現在、何が問題になっているかと言いますと、お金がないため、水道料金を上げるしかないという状況です。
 テムズウォーターは水道料金の56%の値上げを規制委員会に申請したと報道されています。この規制委員会というのは、公共事業の民営化が行われた時に価格などを無闇に上げて国民生活が混乱しないように監視することなどを目的に作られた組織です。この規制委員会の許可が出ないと、テムズウォーターは水道料金の値上げをすることはできません。この規制委員会は以前、40%の値上げも認めなかったということがありましたので、今回の56%の値上げなんて絶対無理だろうと言われています。

テムズウォーター経営難と総選挙

 しかし、政府は今のところ、このテムズウォーターを救済しないとしています。このテムズウォーターを救済するということは、サッチャー政権の政策が間違いだったということを示すことにもつながりますし、保守党としては再び国有化するような方向に向かうことはなかなか受け入れがたいと見られています。
 選挙を控えている中で、テムズウォーターを救済すると保守党のイメージがさらに悪くなると見られています。
 ただ、国も助けないし、水道料金の値上げもできないということになると、一般投資家からお金を借りるしかないという状況になりますが、値上げもできないし、国のサポートも期待できないという中では、投資家としてもお金を貸すのはなかなか難しいと見られています。このまま行くと選挙までこの問題が改善できない可能性が高いでしょう。

総選挙とその影響

 総選挙では、今の世論調査の結果などから、政権交代して労働党政権が誕生する可能性が極めて高いと見られています。そうなると再び国有化するというのが現実味を帯びてくるかもしれません。今の債権者にも痛み分けを求めることになり、10%から最大25%の債務のカットが行われるのではないかという見方もあります。今の状況でテムズウォーターにお金を貸したいと思う投資家はいないでしょう。

イギリスの水道事業とその教訓

 水道などのインフラ事業において、利益を追求することが難しいこと、そうした事業を民営化してしまったイギリスの悪いお手本は、まだしばらく私たちにいろんな教訓を与えてくれることになりそうです。


ご参考

慢性的な赤字で、国債の発行に頼っているイギリスは、もう予算的にも全く余裕がない状態になっています。このことが政策的な選択肢を狭め、結果としてどちらの政権になっても取れる選択肢が大きく変わらないと見る向きが多くなっています。

英国政権交代へ、保守党政権の振り返り


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