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石原慎太郎氏死去

◉巨星墜つ。89歳ですから、大往生なんですが、寂しいですね。毀誉褒貶はあれど、昭和から平成の文学界と政界に、大きな影響を与えたことは間違いないでしょう。昭和も遠くなりにけり。残念ながら、文学者としてよりも、保守系政治家──と言うより国粋主義的言動の方が目立ってしまい、ニュースでも肩書が元都知事や国会議員というものばかりというのは、残念ではあります。戦後の文学は、三島由紀夫・石原慎太郎・大江健三郎の三人を外すことはできませんからね。

【石原慎太郎氏死去 東京都知事など務める】NHKニュース

東京都知事や運輸大臣などを務め、芥川賞作家としても知られる石原慎太郎氏が、1日亡くなりました。
89歳でした。
石原慎太郎氏は、昭和7年に神戸市で生まれ、一橋大学在学中に小説『太陽の季節』で芥川賞を受賞しました。
「太陽族」という流行語も生まれ一躍、文壇の寵児となりました。

ヘッダーの写真はnoteのフォトギャラリーより、太陽族という言葉を生み出した、石原慎太郎氏に合わせて。

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■戦後を象徴した兄弟■

個人的には、優れた作家だと思います。大学在学中に『太陽の季節』で鮮烈なデビュー。なんでしょうね、当時の田舎の人間には想像できない、東京の華やかな若者たちの奔放な青春という点で、戦後文学の幕開けであったのは、間違いないでしょう。『狂った果実』は弟である石原裕次郎さんの銀幕デビューを映画会社と決めて、その上で書き下ろされた作品という点でも、とても現代的というか。

結果的に、石原裕次郎という存在は、戦後のスターという点では特筆すべき存在に。萬屋錦之介や高倉健も大スターでしたが、お二人が戦前から連続する価値観──義理人情や仲間意識──を背負ったスターだったのに対して、石原裕次郎はアメリカ的というか。慶応ボーイでヨットとか、普通の庶民には手が届かない世界で、でもそれが嫉妬ではなく憧れを生み出したという点で、稀有な存在でした。

■コンプレックスの人■

その意味で、石原慎太郎氏は文学においては三島由紀夫や大江健三郎氏にコンプレックスを感じていたでしょうし、自分がプロデュースした弟に、別のコンプレックスを感じていたでしょう。裕次郎氏は、松田優作氏が傷害事件……要するに喧嘩で捕まったとき「で、勝ったのか?」と、実に男として信頼できる言葉が出てきちゃうタイプの人。実際、慎太郎氏が喧嘩で負けて泣いて帰ると、裕次郎氏が敵討ちに行ってたとか。

けっきょく、そういう三島由紀夫や弟へのコンプレックスが、政治家としての石原慎太郎氏が、ゴリゴリの保守派というより、国粋主義者にしてしまった要因なのか? ここら辺は、研究者の領分でしょうけれど。キツイ言い方をすれば、チャラチャラしてた芸人が、若さを失う年齢になって、急に池上彰氏のポジションに自分も就けると、付け焼き刃で政治を語るような。まぁ、石原氏は付け焼き刃ではないレベルに至りましたが……。

■立川談志と石原慎太郎■

そういう意味では、青瓢箪で肉体的なコンプレックスがあった三島由紀夫が、ウェイトトレーニングで肉体的な自信を手に入れ、そこから自分自身の人生さえ作品にしてしまった生き方や。大江健三郎氏のようにノーベル文学賞という世界的な権威に到達してしまった訳ですから、世俗的な栄誉では二人をリードしていた石原氏が、世俗の頂点である政治家、総理大臣を目指したのは、当然の帰結かも。

石原氏の親友で、息子に慎太郎と名付けた立川談志師匠が、自身も政界進出したのは、人気と華やかさでは古今亭志ん朝師に負け、真打ち昇進でも抜かれ。柳家小さんの名跡は弟弟子の小三治師が継いだことで無理(小三治は一般的に小さん候補者が継ぐ名跡と目される)となり。政界進出からの立川流創設へという流れは、石原氏の国会議員から都知事転身にも重なります。小さん襲名や新協会でのトップ就任、落語協会会長が無理なので、違う山で頂点に立ちに行った、と。談志ファンが怒りそうですが。個人の感想です。

■文学者としての石原慎太郎■

ただ、政界進出してから小説をほとんど書かなくなった田中康夫氏に比較して、量は減っても文学者で有り続けた点は、やはり評価されるべき。デビューが大学在学中と早かったので、その活動期間も長いです。活動期間的には、20世紀の内がピークですが。物議を醸した『完全なる遊戯』も、旧来の価値観や道徳への疑義、挑戦という点では、凄い文学です。D.H.ローレンス『チャタレイ夫人の恋人』にも比肩できうる。

政治家としては表現規制派に転じてしまい、自分は全く評価できません。石原慎太郎氏の国粋主義的発言は、実は韓国の民族主義者(部族主義者)と似ているという視点で、度々批判もしてきましたし。そういう意味では、自分は政治家としての石原慎太郎氏は、あまり評価していません。だからといって、石原氏の紡いだ文学まで否定する・党派性丸出しの左派よりは、物書きとしてのシンパシーはあるという、微妙な部分はあるのですが。

■見巧者としての石原慎太郎■

追加として。Twitterでこんな意見を見かけました。平野啓一郎氏に対して、こんな辛辣な評を下していたんでね。歯に衣着せぬ男の真骨頂ではあります。7歳年上の三島由紀夫は、目標であり、ライバル。もちろん石原氏は好き嫌いが激しい人で、評価を100%肯定するつもりはないですが、やはり見巧者で慧眼だったのは疑い得ないです。町田康氏の作品を評価したときも、その高等遊民ぶりを肯定的に捉えていました。

一方、新海誠監督の初の長編アニメ『ほしのこえ』に石原慎太郎氏は「この知られざる才能は、世界に届く存在だ!」と絶賛していますね。自分は当時、「そりゃ褒め過ぎだよ」と思ったものです。これは一部の濃い層には受けても、大衆層には届かないタイプの映像作家なのに……と思ったのですが。しかし、正しかったのは石原慎太郎氏でした。『君の名は。』で実際に、大衆に届きましたからね。

■作家の才能は相互承認制度■

作家の才能は相互承認性であり、作家にしかわからない部分がある……と、自分は思います。豊崎由美女史が、評論家を作品の上に置こうとしたのは、傲慢極まりない思い上がりです(断言)。作品をクリエイトする立場からしか、理解できない部分はあるわけで。三島由紀夫も石原慎太郎氏も、見巧者としての鋭さは、並外れていたと思いますよ? 当たり外れはあっても。編集者と原作者を跨いだ人間として、これは日々実感しています。

雁屋哲先生の『美味しんぼ』で、それまでの料理人主体の料理漫画が、評論家(的なポジションの人物)を主人公にして成功し、1億層評論家時代と評されましたが。料理がないと料理評論家は成立しないように。小説家はやはり評論家としても見巧者で、特に読むのが好きから入った人間は、そうですね。論じるより書くほうが好きなので、あんまりやらないだけで。いわんや、数々のベストセラーを叩き出した石原氏ですから。売るための仕掛けも、わかってるでしょうしね。

石原慎太郎氏のご冥福をお祈りします。合掌

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