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め
2015年12月8日 07:37
欲しいモノがある。「私と付き合ってよ」 そう言うと、タケオはたじろいだ。体育倉庫の薄暗い蛍光灯が、彼の栗色の髪の毛を照らしている。もう8月だというのに、中学校で指定されている長袖長ズボンのジャージを履いていた。暑くないのだろうか。 「え、なに。えっと・・・なんで・・・」 あぶくが消えるような声。 彼は口を少しだけ開けて、息を吐いた。そこからどんな言葉が出てくるのかと、私は待っ
2016年1月28日 00:43
金曜日の玄関は甘い匂いがする。イツキさんが来るから、ママが張り切ってお菓子を作るのだ。 クッキー、マドレーヌ、フォンダンショコラ。レパートリーは沢山あるけれど、全てホットケーキミックスで作られているから、どれも似たような味がする。そのことに私とお姉ちゃんは少しうんざりしているのだけれど、文句を言うほどの事でもないので、ママの作った甘いお菓子をイツキさんと一緒に食べるのがお決まりとなっていた。
2016年2月20日 09:58
初めてのキスはあっけなくて、大したものじゃなかった。 道端で知らない人と肩がぶつかり合ったような、その程度の衝撃。何の高ぶりも感じない。タケオはただ固まっていて、呼吸すらしていなかったと思う。きつく結ばれた彼のまぶたがなんだか面白くて、私はそこに唇を押し付けてから、ちゃんとキスをした。 いつもと違う何か素敵な事が起きるかと思ったけれど、そんなことはなかった。 空はどんより曇っていたし
2016年3月12日 12:26
女子っていうのは、不思議な生き物だと思う。 お互いを手の内を探り合い、涼しい顔で自慢する。優越感に浸りながらも慰める。呪いながらも一緒に喜び合う。笑いながら嫉妬する。それが馴れ合いながら繰り返される。 この狭い教室の中で感覚を研ぎ澄ませて、目には見えない空気に上手く対応していかなきゃいけない。でも、鋭すぎても可愛くないから頭が悪いと思われない程度に鈍感を装うことが大事なのだ。女の子はみん
2016年3月18日 00:11
保健室特有の青ざめた匂いが鼻をさす。体を動かそうと全身に力を込めてみたけれど、重力にやんわりと押さえつけられ抵抗するのをやめた。そのままの状態でぼんやりと真っ白い天井を眺める。深く呼吸し、もう一度瞳を閉じる。 思い出したくないけれど、ナツミのことを考えてしまう。「私たち友達だったじゃない」 彼女は確かにそう言った。意地の悪い笑顔を浮かべながら。そう。私たちは友達だったのだ。昔のことの
2016年4月8日 22:47
早退をした次の日。私はいつもと変わらない時間に起きて、歯を磨き、顔を洗って、朝ごはんを食べた。そしてきちんと学校に行った。 休んだらナツミに負けるような気がして、それだけは絶対に嫌だった。 緊張で指先がぴりぴりと痺れていたけれど、その手でドアを開け教室に入る。一緒に行動している友達たちは私の体を気遣いながらも、何事もなかったような変わらない態度で接してくれた。彼女達からは、私が昨日帰った
2016年4月15日 12:05
栗ご飯が好きで、牛乳が苦手だということ。すぐに謝る癖があること、跳び箱が飛べないけれど、理科と数学が得意で家庭科の授業が苦手なこと。リレーの選手に一度も選ばれたことがなくて、でも美術の賞を何度か表彰されていること。栗毛の髪の毛は触ると柔らかくて、手のひらが意外と大きいこと。美術部に所属していること。 これだけ。 私が知っているタケオのこと。 謎に包まれているわけじゃない。私がタケオに
2016年4月22日 08:23
金曜日だった。私は今朝歩いた通学路をなぞるように帰っていた。 今日はお姉ちゃんと、その彼氏のイツキさんが家に来る。私の憧れ。素敵な世界を持つ大好きな二人。私はどうしてもそれが欲しい。誰にも邪魔されないキラキラとした世界一人ではどうしても手に入れることができないから、私はタケオに告白をした。 彼は今日も部活があるようだった。聞けば部員は5人だけしかいなくて、そのうち4人は幽霊部員らしい。実
2016年5月18日 12:39
美術室には彼以外誰も居ない。 静かにドアを開けたのに、タケオは私の気配に気づいたようで顔を上げた。夕日で彼の栗色の髪の毛が赤く染まっている。眩しそうに目を細めるので、私は日が差し込む窓際まで歩いて、そっとカーテンを閉めた。 「あ、ごめん。ありがとう」 そう言うと、タケオは表情をほころばせて笑った。付き合い始めの頃、彼はこんな風には笑わなかった。むしろ笑顔をみせる方が珍しかったのに。喋