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連載小説「戊辰鳥 後を濁さず」

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土木業界を離れることとなったため、今までの仕事の経験をもとに初めて小説を書きました。 全85話で完結。約55000字となりました。街から文学が生まれるのではなく、街づくり文学を目…
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#サッカー

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第1話

あらすじ 戊辰鳥 後を濁さず ―つちのえたつとり あとをにごさず― 第一部「釜場」 三月十五日(金)  農家であり地主であるトキ家の跡取り娘として生まれた私は、二十歳の時、祖父の養子となり、祖父からボロアパートを一棟譲り受けた。  表向きはトキ家の血を絶やさないためとなっているが、実際は広大な土地を持つ祖父から相続を受けるためである。  医師が祖父に宣告したおおよそ三年後までに私は相続税として多額のキャッシュを用意しなければならない。そのため、ボロアパートを解体し、そ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第17話

三月三十一日(日) 「もし温泉だったら、工事費2億円が浮くくらいの大当たりじゃね。」  いつもいっつも肯定してくれる、サッカー少年団からの付き合いのビーバーと、隣町である平塚市のスーパー銭湯に来た。 「湘南天然温泉 敷地内地下1500mから湧出する源泉は、化石海水に分類されます。」  と、湯上がりに廊下の壁に貼られたポスターを見て、すぐさまスマホで温泉掘削工事の地下1500mまで掘った際の施工金額を調べたビーバーは、その金額を言ってくれた。  ビーバーは小学生の頃か

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第18話

四月一日(月)  全くもって煮え切らない試合だった。  ピンチはチャンス。その逆も然りでチャンスの時間帯にリスクを負って攻め切ることができなければ、カウンターでピンチを迎える。チャンスはピンチだ。  だが昨日の試合は、ピンチはピンチ。どのみちピンチ。という試合内容だった。リスク覚悟で討って出る勇者の姿に憧れるが、実際ピッチに立つと、これがまた難しい。  現に、「ぱっと見で売約済みの区画っぽく整地工事」と「露天風呂新設工事」の二択に揺れている。今は見積の段階で、玉石の量

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第34話

四月十八日(木)  なんだか追い抜かされていると実感したのは、サッカー少年団の高学年クラスの時だった。  中学校のサッカー部は数名しかいなかったため入部は諦め、高校生になってようやくサッカーに関われた。  部活のマネージャーとしてだったが、それでも嬉しかった。  高校サッカー部は近隣の学生が集まったローカルチームであったが、高校教諭であるにも関わらず、現在A級ライセンスを持つほどの指導者が顧問をしていたため、強い選手が集まり、最終的に全国高校サッカー選手権神奈川県予選準優

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第36話

四月二十日(土)  今日は札幌戦だ。  いつもはゴールに近いちょっとだけリッチな席で見ているが、今日は、これから宿泊するお客様をもてなすんだからと、メインスタンドの一番リッチな席での観戦だ。  リッチと言っても、収容人数が一万五千人程度のスタジアムだ。いつもより角度的には見やすくなったが、高さ的には陸上のトラックもあるしで、遠路はるばるいらしたお客様には悪い気がする。試合が始まっても、席はまばらと言えばまばらだし、観客数から考えてもこの程度がちょうどいいとも言えるが、あ

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第58話

五月十三日(月)  轟轟とあたり一面、水の流れる音を感じる。  用水の入水時期のイグアナ地区は、どこかひんやりとしている。  私は、この空気が好きだ。  これだけの量の清流があたりを流れるそのエネルギーを感じるし、この空気の張った感じが、身を引き締めてくれる気がする。  これだけの水量だ。塩分なんて洗い流してくれる。 「お! やっぱりトキだ。名前を調べてきたが、やっぱりトキだったんだな!」  クロヒョウだった。昨シーズンの試合前のイベントで見かけて、少し話したぶりだ。

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第63話

六月十日(月)  どっかで見たことあるぞ。と、思ったら長崎の画像だった。  今日はクロヒョウがやってきて、「トキ、先日は同意してくれてありがとう。」と感謝を述べにきてくれた。  あれからクロヒョウは、アロワーナ内部で話を進め、市役所に概略の説明をしに行く段階となったことを伝えてくれた。その時、見せるつもりの資料がこちらで、これでよければ市役所に提出したいということだった。  画像参照元は、長崎スタジアムシティの画像である。これは、長崎を本拠地とするJ2クラブ、V・ファー

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第68話

六月二十一日(金) 「トキさん、すみません。長々とこちらの考えるメリットの部分だけ話してしまって。  結論を申し上げていませんでした。  このターミナルを起点とした線路は、東海道新幹線とJR相模線の新駅である倉見駅を目指します。そして倉見駅を通過して湘南台駅へと接続します。湘南台駅はトラ急江ノ島線。相鉄いずみ野線、横浜市営地下鉄ブルーラインが接続する駅です。そのため、今日はこれだけの人数で伺っております。トキさんはトラ急線のみが関係しますので、今後は私のみが伺うことになると

《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第72話

七月十三日(土)  今日は横浜戦だ。  会場は新国立競技場。Jリーグが昨年から開催し出した「THE国立DAY」というやつだ。  とは言っても、私は民泊の駆けつけ要件で神宮外苑なんて行けるはずもなく、最近はサブスクの配信アプリ「ジュゴーン」での観戦の日々が続いている。そんな、私のことを心配してくれたのか、横浜サポーターのシロクマが私の家に来て母屋のTVで、あいまみえることとなった。応援合戦だ。  シロクマは横浜の攻撃的なチームに対するフォワードの意見を。  私は守勢に立つチ