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《土木文学》「戊辰鳥 後を濁さず」第58話

五月十三日(月)

 轟轟とあたり一面、水の流れる音を感じる。
 用水の入水時期のイグアナ地区は、どこかひんやりとしている。
 私は、この空気が好きだ。
 これだけの量の清流があたりを流れるそのエネルギーを感じるし、この空気の張った感じが、身を引き締めてくれる気がする。

 これだけの水量だ。塩分なんて洗い流してくれる。

「お! やっぱりトキだ。名前を調べてきたが、やっぱりトキだったんだな!」

 クロヒョウだった。昨シーズンの試合前のイベントで見かけて、少し話したぶりだ。

 高校サッカー部は地元のうまい選手の集まりだったが、誰が学内で一番うまかったのか。と聞かれると、悔しいがサッカー部に所属してなかったクロヒョウだとみんな答えるだろう。当時、クロヒョウは、湘南をホームタウンとする私の贔屓チーム、アロワーナのユースの選手で、その後はアロワーナでプロデビューを飾るなど格が何段も違う。今は選手を引退しアロワーナで広報関係の業務をしているはずだ。どんな要件だろう。

「いや、お前だったんだな。お騒がせの犯罪者は。
 あれから神奈川県は、平塚市には塩害の影響はない。と公表したけれど、塩害って言葉が一人歩きして平塚市民の沸騰ワードになっているんだ。
 塩害。
 潮風によるコンクリートの耐久性の低下。
 アロワーナのスタジアムをはじめとした総合運動公園の改築計画。
 と、噂は広まったんだ。
 平塚市は総合運動公園の施設を約二十年後までに全て改築する。と、計画しているのに、その計画が全然実行できていないと注目されてしまった。
 今はトキもわかると思うけど公園内に空いた土地なんてないから、一連の改築をするに当たって、どれかを壊さなきゃいけなくなった。その、いの一番ってやつに市民が口々に選んだのが、我らがアロワーナの本拠地というわけよ。
 金食い虫は出ていけ。って話で。俺が次の候補地の交渉を任されることになった。
 それで、こうやって東奔西走しているわけ。
 これじゃ、どっちが犯罪者だかわかんねぇな。」

と、よく日焼けした肌に一際映える白い歯を見せてきた。

「塩害で田んぼもできないんだろ。
 だったら俺たち、スタジアム作らないか。サッカー専用スタジアムだ。
 土地を寄付して欲しい。頼む。」
「やろう。」

 思わず、反射で出てきてしまった。今年も田んぼはできるというのに。

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