見出し画像

彼女はいつも暖かい

こんな時だからなんでもない話(創作)をショートショート風に。少しでも不安を忘れられるような時間を作ることができれば幸いです。


朝目覚めるといつも彼女は僕に巻き付くように寝ている。完全に抱き枕状態だ。最近少しだけ太ってしまった彼女の少しむくんだ、でもとても幸せそうな寝顔を見つめていると不思議と微笑んでしまう。

今年の冬はいつもよりは暖かかったけれど、それでも気温がマイナス近くになることもあったし、なんだかんだ言っても寒い。そういえば、少し前に出会った友人は寒い寒いと言いながら鼻をすすっていた。それを笑いながらお酒を二人で飲んだことが懐かしい。

ここしばらく外でお酒を飲むこともめっきりなくなってしまった。というよりもぱったりとなくなった。「外出自粛」という発表がされてどれくらいになるだろうか。多分1週間ぐらいのことなのに、随分と昔のことのように感じる。

天井を見つめながら寝ぼけた頭でそんなことを考えていたら、彼女がもぞもぞと動き始めた。しばらくもぞもぞしていると、力の抜けた安らかな顔が一瞬歪んで、それからまたゆっくりとゆるみながら目が開いていく。「おはよう。」僕は言った。

彼女はのっそりと起き上がると「うーん」と伸びをする。それからゆっくり僕の方に振り返ると、パッと笑顔になって「おはよう。」と言いながら抱きついてきた。忙しい人だ。カーテンの隙間から太陽の光が徐々に僕らの方に差し込む。とても暖かくて気持ちが良い。僕らはそのまま布団にもう一度倒れこむ。

目覚めるともう8時すぎになっていた。流石に寝すぎてしまったと反省する。まだ気持ち良さそうに寝ている彼女を布団に残して洗面台に向かう。眠い目をこすりながら顔を洗って歯磨きをする。冷凍庫からラップにくるんだご飯を二つ出してレンジにかける。パジャマからややちゃんとした服に着替えてそれからソファに座ってスマホをいじっていると、彼女がまたもぞもぞと動き始める。

のっそりと起き上がった彼女は一言「おはよう。」と言う。2回目だけれど特に気にしない。目をさましたらいつだっておはようだ。それから彼女はゆっくり洗面所に向かって、朝の準備をする。全てがとてもゆっくりでのんびりと進む。

二人でもそもそとご飯を食べながらテレビのニュースを見る。テレビでは増え続ける感染者とそして、死んでしまった人々の数を報道している。僕らはそれをやや感情の欠いた目で見つめながら、少しだけ不安になる。だからなんとなく抱きしめ合って、それからキスをした。

時計は9時から10分前を指している。そろそろ出社しなければと二人でパソコンを開いて、出社ボタンをクリックする。メールをチェックして、それからティファールに水を注いで、コーヒーを作る準備を始める。

水がコポコポする音を聴きながら、今日何をするのかをぼんやりと考える。会議が二件とそれから作成すべき資料が2件。カシャっと音がしてお湯がわく。インスタントのコーヒーの粉をコップにいれて、お湯を注いだ。ふと気がつくとコーヒーの粉がもうあと二つしかない。

「もうコーヒーの粉がないよ。」僕は言う。「そう。」彼女は答えた。午前中は二人で黙々とパソコンを打つ。カタカタカタ... 会議と資料作成ってサラリーマンの定番だけれど、本当にそういう仕事を自分がしていることがたまになんだかとても面白くなる。昔思い描いた自分に今の自分はなれているのか、そんなことを思って少しだけ切なくなった。

お昼はパスタを茹でて食べる。オリーブオイルと塩で作るペペロンチーノ。緑の野菜が欲しいところだけれど無いものは仕方がない。なんであっても二人で食べるごはんは美味しい。食べながら僕は「そういえばもうパスタが残り少ないよ。」と言う。彼女は「そう。」と答えた。

食べてから二人で少し昼寝をした。15分と決めていたのに、気がつくと40分ぐらい経っている。起き上がってそれからまた二人でパソコンに向かう。どうにも目が覚めないからまたコーヒーを入れることにした。最後のコーヒー。

それからオンラインの会議に出て、ぼんやりと資料を作っていると夕方になった。やることもないし時間も良いし今日の仕事は切り上げることにして退社のボタンを押した。まだしばらく彼女は仕事をするらしい。僕はイヤホンをしてベットの上でYouTubeを眺めて何も考えずに脳死する。

仕事が終わった彼女がご飯の準備を始める。冷凍庫からラップでくるんだご飯を取り出してレンジに入れる。それから冷凍の餃子をフライパンに並べて蓋をする。しばらくすると良い匂いが部屋を包む。緑の野菜がほしいところだけれど、ないものは仕方がない。

ご飯と餃子のシンプルな夕飯を二人でテレビを見ながら食べた。撮り溜めてあったお笑い番組を見て二人で笑う。大阪出身の彼女はやっぱり関西出身の芸人が好きらしい。東京の芸人の時とは反応が違う。僕はどっちも面白いけどなぁと思いながらもぐもぐ餃子を食べた。

食べながら彼女が思い出したように「そういえばもう餃子がないよ」と言った。僕は「そう。」と答える。食器を洗って、それから二人でゴロゴロしながらお互い好きなことをする。僕は本を読んでいるし、彼女はスマホで漫画を読んでいる。毎日少しづつ無料で読める漫画がお気に入りらしい。「私にぴったりとハマってしまった悪のシステム」と言いながら彼女はその漫画を読んでいる。

10時をすぎたあたりで急に眠くなる。彼女はすでに半目を開けてソファで寝ていた。僕は彼女を揺すって起こす。「うーん」とうなって中々目をさまさない。それでもしばらく揺すっていると観念したクマのようにのっそりと起き上がって、そのままのそのそベットに潜り込む。

僕は彼女の横にするっと滑り混んでベットサイドの小さな電気をつける。それからスマホでニュースを読む。また少し不安になる。気がつくと彼女がまた僕に抱きついて寝息を立てていた。やっぱり僕は少しだけ微笑んで、それから電気を消して暖かい彼女を抱きしめて眠った。

彼女はいつも暖かいのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?