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森見登美彦 著「きつねのはなし」考察その4 全体像

この作品の4つの物語をつなげられるか?とまずは考察を進めていきます。

作品から考えられる事柄については考察、作品に書かれてはいないけれども繋げていくにはこういうことを考えると良さそう、という事柄は仮説、とします。言い換えると仮説というこちらが勝手に作った稚拙な物語で、あわよくば「きつねのはなし」を包含できないかという試みです。この仮説をできるだけ少なくかつ本作品の描く世界から離れないように抑えるのが腕の見せ所といったところです。実際は、私の読解力不足などにより、仮説が多く出てきます。スミマセン。

注意:これより下には小説「きつねのはなし」のネタバレがあります。

まずは話の全体像が描かれる水神から得られる考察を元に、この話を通しての前提となっている「水神」と、全話に登場するケモノについてまとめておきます。

定義1 水神:樋口直次郎が1887年頃発見・封印した存在。この封印は100年後に解かれる
・樋口家の祠の蒸気ポンプに閉じ込められていた
・芳蓮堂のもってきた100年前の琵琶湖の水で封印が解かれる
定義2 ケモノ:京都に出没する胴の長い化け物
・夕方から夜に行動
・疎水付近に出没。古い家や井戸に住み着く。
・樋口家に剥製があった
・濡れた犬のような匂いがする
・人に歯を見せ、その人に憑く。その人を精神的に乗っ取ることもある

樋口家に水神が封印されているときにもケモノの剥製があったので、これら二つは別の存在であったと考えます。

話の全体をつなげて考えるとき、ヒントと同時に混乱の要因となるのが果実の中の龍の先輩からの情報です。”…何かの拍子に僕がその糸を触れると、不思議な音を立てる。もしその糸を辿っていくことができるなら、この街の中枢にある、とても暗くて神秘的な場所へ通じている…”というように、この人はその糸に非常に敏感になってしまったようです。神秘的な場所の一つが樋口家の祠で、”私”が紹介している話がこの水神になにかしら関係のある話のようです。実際、先輩はいろんな糸に反応しているようです。奇妙な書物の話、女王配下の連中との対決、映画製作に関わる内紛などの話もしています。これらは水神とは関係ないでしょうが、「熱帯」や「みそぎ」などの濃い連中の話を連想させます。

考察1:先輩は人々を繋ぐ不思議な糸に敏感に反応するようになり、そこからホラ話を描いていた。やがて糸に囚われて実際の記憶と糸の音との区別ができなくなっていく
先輩の話は他の話と繋がってはいるものの、おかしいところも多々あります。過去に起こった出来事の記憶が糸を通して彼の記憶を作り替え、さらに彼の中で数々の物語を自分の環境に合わせて作り替えていると考えます。そこで、彼の話の時系列や人間関係は大幅に変更されている可能性があります。ただし、見た目すなわち場面や人の描写などは他の場所で過去に起こったことと近いと考えます。

物語の根幹にあるのは封印された水神とそれとの関係が強く感じられるケモノですが、これらの物語を補強するため、いくつか仮説を立てます。

仮説1:ケモノは水神の力の化身で複数の個体が存在する

物語を通して登場するケモノ。これが水神の力の化身、おそらくはその蒸気ポンプから漏れた一滴の水から作られた化け物のようなもの、と考えます。ここで、今回私が考え付いた、今回の考察で核となる仮説が立てられます

仮説2:この作品は、水神を封印した人間、それを開放したい龍、それを取り込みたい狐、の3グループの争いの物語である
3グループは以下のようになり、樋口家がゲームの言ってみれば親で、龍と狐がプレーヤーと考えます
樋口家:封印した人間
芳蓮堂:龍の化身。龍は水の守り神。相手を溺死させる。
天城:狐の化身。相手を捻り殺す。

「きつねのはなし」で天城さんの屋敷に”私”が初めて行ったとき、”三方を囲む襖には、奇妙な絵が描かれてある”という記述があります。半ば読み流してしまうような描写だったのですが、「果実の中の龍」で先輩の話にまた登場します、曰く三方の絵は、”雲の間から龍がのぞいている絵”、”同の長いケモノが走る影”そして”稲荷社の鳥居”の三枚です。これから龍とケモノ・水神と狐が三つ巴の争いをしている印象を受けました。最初の「きつねのはなし」は、狐対龍という気がしていて、そこに水神がどう加わるのかについて考えた結果、思いついたのが次の仮説。

仮説3:大宴会とは、樋口家、龍、狐の間の話し合い。樋口家がイニシアティブをとり、龍と狐に水神を競わせた
水神を封印しているという強みを持つ樋口家が、それを欲しがる龍・狐にそれを競わせるルールを決め、そのなかで樋口家に利益をもたらす仕組みを作ったと考えます。利益は金銭的なものであったり、自身の寿命であったりしたのではないでしょうか。

これを補足するため、次の仮説が必要です。

仮説4:大宴会に先んじる会合が、直次郎が水神を発見・封印した直後に行われた
”私”や伯父たちが知る大宴会は三回ですが、水神を発見した直後にその力を欲しがる狐と、それを解き放とうとする龍の化身が直次郎と話し合いをしたと考えます。その前提条件あるいはその争いの過程で直次郎に利益がもたらされ、それを資金として事業を始めたと考えます。
これらの会合や大宴会で、水神の力を持っていることの証として、ケモノを作り出したのではないでしょうか。

まとめ

今回の話を全体としてつなげるために考えた仮説を紹介しました。これらを前提とすると、各物語は以下のように考えられます
1.きつねのはなし:狐と龍の争いに巻き込まれた”私”が語る
2.果実の中の龍:京都に張り巡らされた糸からこの奇妙な物語を聞いてしまった先輩の話を”私”が語る
3.魔:ケモノに憑かれた”私”が語るケモノの話
4.水神:水神の封印が解かれるまでの話を、親類の”私”が語る

もちろんこれは私が思いついた、糸と糸とをつなげるための話なので、皆さんのいろんな解釈や考察と相反するところもあるかもしれません。そんな時は、こういう方向で走り始めちゃったんだね、仕方ないね、くらいで見逃してください。


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