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ショートショート

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シロクマ文芸部に参加して書いたショートショートや、単発で書いたショートショートです。 ※ すべてフィクション ※ ジャンルはごちゃまぜ ※ 一話完結です。ショートショート同士の繋…
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#小説

【目次】 ショートショート 【マガジン】

ショートショートのマガジンを作りました。 ここは目次のようなものです。随時更新していきます。 ◎ すべてフィクションです。 ◎ ジャンルはごちゃまぜです。 ◎ 1話完結です。ショートショート同士の繋がりはありません。 ◎ 年齢指定になるような極端な描写はありません。 順番通りに読むも良し、気になるタイトル、お題から読むもよし、ランダムにえいやっと読むも良し。 好きなように楽しんでもらえたらいいなと思います。 ▶ シロクマ文芸部 企画参加ショートショート▶ 2023年

レモンとウキウキの朝 #シロクマ文芸部

 レモンから手足が生えていた。  昨夜、机の上に転がしておいたレモン。  今日は休みだから、蜂蜜漬けにでもしようと思っていたのに。  レモンから。手足。  机の上をぴょこぴょこ歩いている。  救いなのは、リアルな手足ではなくて、アニメみたいというか、なにかのキャラクターみたいに見えることだ。  いや、それが“救い”なのかはわからないけれど。  リアルな手足だったら窓の外へ放り投げているかもしれない。  私は夢を見ているのだろうか?  ベタだけど、頬をつねろうとした瞬間——

月に見える色 #シロクマ文芸部

 今朝の月は何色だろう。  彼女はベッドから出るとすぐにカーテンを開けて、月を探す。 「……え?」  彼女は驚きで声を詰まらせた。  今朝の月は——、黒い。  今までに見たことがない、黒い月。  彼女には、月の色が見えた。  夜には“普通の色”に見えるが、朝方の月にはたいてい色が見えた。  物心つく頃には、それが人と違うことを悟った。それは誰にでも話すことでない、ということも。  ただ、彼女の祖母だけは、彼女と同じだった。  今となっては、どちらから言い出したのか記憶は曖

花火とともに消えた秘密 #シロクマ文芸部

 花火と手に銃を持ったその後ろ姿の、コントラストが忘れられない。  その日は花火大会で、会場には多くの人が集まっていた。  私も友だち数人で見に行っていて、楽しみにしていた。夏の一大イベントだ。  ほとんどの人が浴衣か普段着のようなラフな格好だったけれど、その人は上下きっちりとスーツを着ていた。  だからなんとなく目について、仕事帰りなのかな、と思った。  といっても、スーツを着た人は他にも居て、別段目立っているだとか興味を惹かれるだとか、そういうのではないはずなのに、何故

風鈴を鳴らすのは #シロクマ文芸部

 風鈴とて暑さにやられているのだろうか。  無風の縁側では当然か。  涼し気な音色を響かせることもなく、ぐったりとしているような気さえする。 「だよなぁ」  誰に言うでもなく呟いて、持っていたうちわで風を送ってやると、チリンチリンと音を立てる。  だけど、もちろんずっとそうしていられるはずもない。  僕自身も暑さに負けて早々に部屋の中へと引き返す。冷たいクーラーの風でやっと息ができる、そんな気分にさえなる。  ここは亡くなった祖母の家だ。今は誰も住んでいないけれど、僕はこ

帰ろう #シロクマ文芸部

 海の日を理由にして、僕は海へと向かった。  本当は理由なんて要らなかったのだろうけれど。ただ海が見たくなった、それだけで十分だった。  けれど、海が見たい、だなんてちょっとカッコつけてるみたいで、なんとなく気恥ずかしい気がした。  車を降りて堤防沿いを歩きながら海を眺める。  7月の中旬、梅雨の合間の晴れ。  混雑しているとまではいかなくとも、家族連れやカップル、学生の友だちグループなどがチラホラ見える。 「おお、にーちゃん、海が好きか」  突然声をかけられ、僕は驚いて

現代版、夏夜 #シロクマ文芸部

 夏は夜、と清少納言は綴った。  もしも清少納言が現代に生きていたら、決してそんなことは綴らなかっただろう。  冬のほうが夜空は綺麗に見えるだろうし、昼間の暑さの余韻を残す夜はただひたすらに蒸し暑い。  蛍だってひとつやふたつどころか、今では見られる場所は限られている。  雨が降れば大きな被害が出ることだってあるし、蒸し暑さに拍車がかかる。  そんな現代で、清少納言は『夏は夜』だなんて記しただろうか。  川辺に沿った道を歩いて家に帰る途中の今だって、駅から数分歩いただ

海の便り #シロクマ文芸部

 手紙には、海の香りが同封されていた。  彼女が受け取った手紙には、宛先は書かれておらず、彼女の名前だけが書かれていた。差出人の名前はない。  通常であれば、そんな手紙は気味が悪いと思うだろう。  しかし、彼女はその手紙に妙に懐かしさを感じ、興味をひかれた。  手紙から漂う海の香りは、彼女の幼い頃の記憶を蘇らせる。  幼かった頃の彼女は、海辺の町に住んでいた。  小さな町だったけれど綺麗な砂浜があり、彼女はそこがとても好きだった。  彼女が手紙の封を開くと、海の香りは

月曜日、消滅。 #シロクマ文芸部

 月曜日は、この世界から消えた。  月が消えたから。  ある日突然、なんの前触れもなく、地球上のどの位置からも月が見えなくなった。  各国の学者たちはすぐさま研究に取り掛かったけれど、原因は一向にわからなかった。そのうちに民間人にも『心当たりのある者は協力を』と呼びかけられた。全人類の頭脳を結集して解明しようとしたのだ。  それでも月が消えた謎は解明されなかった。  また、月がなくなったら地球に起こるとされている影響が、なにひとつ起こらないでいることも謎だった。  地球の

召し上がれ #シロクマ文芸部

「紫陽花を食べたことってある?」 「いや……、ないけど。紫陽花って食べられるの?」  彼女の急な質問にはどんな意味があるんだろう。  この頃仕事を理由に彼女との時間を取っていなかった。  正直、仕事じゃないときにも使った。そう言うと彼女は「しょうがないね」と言ってくれるから。  嫌いになったとか、飽きたとか、そういうことじゃないんだけど。なんとなく、そういう時期、みたいなこと。 「紫陽花には毒があるんだって」 「え、知らなかったなぁ」 「でもどこに毒が含まれてるかとか、ど

雨音が遺したもの #シロクマ文芸部

 雨を聴くために階段を降りていく。  降りた先にあるドアを開けると、窓のない部屋。  でも不思議と閉塞感はなく、僕にとっては落ち着ける場所だった。  僕の祖父が生きていた頃に作った部屋らしい。  小さいけれど、しっかりとした造りの机と椅子。大きめの本棚には、ぎっしりと詰まった本。  そして、立派な音楽プレイヤー。 『雨って変化のプロなんだよ』  僕の母はよくそう言っていた。  僕はプレイヤーを起動させて、リストを選び再生する。  スピーカーから流れるのは、雨の音。  

雨の中で #シロクマ文芸部

 赤い傘が苦手だ。  放課後の昇降口で空を見上げる。  見上げたところで、雨は止まない。  6時間目の途中で降り始めた雨に、しまったと思った。あと少し、雨も耐えてくれればよかったのに、とも。  こんな日に限って折りたたみ傘を忘れてくるなんてツイてない。朝、お母さんも持って行きなよって言ってたのに。 どしゃ降りというほどでもないし、駅まで走ろうか。傘を持たずに校舎を出ていく生徒も少なくない。多くは男の子だけど。 「あれ? 傘ないの?」  逡巡していると、馴染のある声が聞こ

風が運ぶ季節 #シロクマ文芸部

 風薫る海辺の町。  海に面したこの町は、1年を通して海の香りに包まれている。  しかしこの時季にだけは、みずみずしい新緑の香りが、爽やかな風に乗って届く。  灯台に空いた窓から海を見下ろして、彼女は深く息を吸い込んだ。  今年もまた、新しい緑の香りがする。  少し視線をずらして、町と海を隔てるように伸びている堤防に目をやる。 「今年もこの時季がきたなぁ」 「わたし、みどりの風のかおり、大好き!」  堤防に座った老年の男が嬉しそうに呟くと、隣の少女が目を輝かせて返す。

黒い目玉のこいのぼり #シロクマ文芸部

 子どもの日にこいのぼりを飾る家は、ずいぶんと少なくなった。  そのことに少なからず安堵している。  僕はこいのぼりが怖い。  子どもの頃、僕はこいのぼりに、食べられた。  僕の家には祖父母が買ってくれたこいのぼりがあった。  当時の僕にはわかりもしないけれど、きっと高かっただろう立派なこいのぼり。  5歳の子どもの日。  いつもの子どもの日と同じようにその日を過ごした。変わったことはない。  父母と並んで見上げたこいのぼり。  きれいな青空を、飛ぶように泳ぐ姿がかっ