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【短編連載小説】#003:繰り結び ― Episode2:インタレスト

★短編小説 #003:繰り結び ☆もくじ

・Episode1 : みずのおと
・Episode2 : インタレスト (←いまココ
・Episode3 : 気まぐれの風

*バックナンバー*

★現在2作品。
#001:グッバイ!タモリ倶楽部
#002:モザイク(全5話)
は、のマガジンに掲載しています♪

Story

・Episode1 : みずのおと のつづき

この日は朝から雨だった。梅雨だから仕方ない。昨日はたまたま天気が良かっただけだ。

授業の帰りに図書館へ向かうと昨日と同じくらいの時間になっていて、高齢者や子どもたちは出払っていたが会社帰りに寄るにはまだ早いという、とても静かな時間になっていた。
2階へ行くと、昨日、私に本を勧めてくれた図書館員が返却カウンターに座っていた。静かな館内に響く足音に気づいた彼が顔を上げると、私と目が合った瞬間に「あれ?」というような顔をしたのが分かった。

「こんにちは。返却をお願いします。」
持っていた本をカウンターに置くと、静まる館内に自分の声が響かないように、私は少しトーンを下げて小声で言った。すると、
「こんにちは。…昨日の夕方に、本を借りにいらした方ですよね?」
「…もしかして、面白くなかったとか…?」
本を手にしながら彼が不安そうな顔を見せた。私は慌てて、
「いいえ。面白くて一気に読んじゃって…。」
と言うと、ホッとした表情に変わり、
「それはそれは。」
昨日と同じ笑顔を見せた。
「この本の最終話が特に気に入りました。私に重なる部分があって…。」
「楽しんで読んでいただけたならお勧めしてよかったです。」
彼は返却した本のページをパラパラと開いて栞などが挟まれていないか確認すると、背後にある『戻し』と書いた紙が貼られたワゴンに本を入れた。

「あの…ほかに…オススメがあれば、教えていただけませんか?」
図々しいお願いだということは分かっているが、読書の楽しさを知ったばかりの私がこれだけの蔵書の中から自分に合う一冊を選ぶのは難しい。昨日、勧めてくれた本が気に入ったという点も含めて、彼ならば私に合う本を見つけてくれるだろう。だって、図書館司書なのだから…。
そんな突然のお願いに、
「え?」
と、彼は眉を少し上に上げて驚いたような顔を見せたが、
「…はい。もちろんです。では、本を読んでどんな気分になりたいですか?」
先ほどの不安そうな顔とは全く違って、目尻が下がった笑顔の中から本のことなら何でも応えられるという自信が伝わってきた。
「…そうですねぇ…。なんか…前向きな気持ちになれる話がいいです。」
「わかりました。では、こちらへ…。」
カウンターを出て書架コーナーへ向かう彼の足取りは、背が高いせいなのか少々速くて、ついていく私は小走りになっていた。

『随筆・エッセイ』というプレートが掲げられた場所へ着くと、彼は本の背表紙をざっと見まわして、そこから手早く2冊の本を引き抜いた。
「こちらは、大学時代の就活の道のりを綴ったエッセイなのですが、学生ならではの視点で社会を覗いていて面白いですよ。で、こちらは、人気ユーチューバーのまなるんさんの初エッセイ本です…。まなるんさん…ご存知ですよね?」
「はい。もちろん。チャンネル登録もしています。」
まなるんは若者に絶大な人気を誇る現在20歳のユーチューバーだ。同世代のいろいろな人たちから、生い立ちや生き様はもちろん、彼らの信念や価値観などをインタビューする番組を運営していて、現在、登録者数100万人を超えた人気チャンネルになっている。有名著名人ではなく、身近にいる人にこそ興味深い人生の物語があり、多様化した社会や価値観に触れることができる面白い番組だ。
「じゃぁ‥‥まなるんのエッセイ本にしようかな…。」
彼の両手で私に差し出した2冊の本のうち、右手で持っていた『インタレスト』を受け取った。
「では、貸出カウンターへどうぞ。」
左手に残った本を空いた右手で持ち変えると手早く書架に戻し、私たちは貸出カウンターのほうに向かって歩き出した。

***

自宅に戻った私はさっさとシャワーを浴びて部屋着に着替え、夕飯を適当に済ませてひと休みし、フェイスマスクを顔に乗せながら、先ほど借りてきた本『インタレスト』の表紙をめくった。

若者向きのエッセイということもあって、文字量は少なめで読みやすく、同世代の著者ということもあってとても面白い。

多様性…という言葉が出回っているが、世の中は本当の意味での多様性とは程遠く、気に入らなければ匿名で誹謗中傷したり、周囲と馴染めない人を弾いたりする風潮は社会問題にもなっている。
まなるんの番組は、一歩間違えると誹謗中傷の対象になりそうな、ふだん周囲と馴染めない少数派といわれているような人ばかりではなく、多数派とカテゴライズされているであろう、ごく一般的な人たちも多く登場している。そこで一人一人からじっくり話を聞くと、それぞれの人生の中に、私が経験したことがないことや思いもよらない考え方があり、自分が置かれている世界を大きく広げてもらえる気がするのがとても気に入っている。
結局は、何が良いとか悪いとか、どちらが正しいとか間違っているとかいう分類はなく、私たちはこの世に生まれた宿命を背負いながら精一杯生きている…。登場している人と共に自分自身を応援したくなるから私はこの番組が好きだ。

エッセイ本『インタレスト』で私は、どんな人もかけがえが無いということ、だから世の中は面白いということを、まなるんの番組制作の裏話を交えながら教えてもらった気がした。

あっという間に読み終えると、テーブルの上に置いていたスマホを手にする気がなくなっていて、私はそのままベッドに入った。

「世の中に数え切れないほどの本があるのに、読者の好みや本との相性でチョイスできる能力って凄いなぁ…」
横になって目を閉じた私の頭に浮かんだのは、あの図書館員の優しい笑顔、そして、本を持った時の美しい手だった。
「明日また返却に行ったらヘンかなぁ…。でも、もう読んじゃったし。次の本を読みたいし…。」
新しい楽しみを覚えたばかりだからなのか、私はどんどん次の世界を知りたくてしかたがない。

***

いつのまにか、私は授業の帰りに時間があれば例の図書館に通うようになっていた。
私の本の好みを知っている図書館員の彼がいれば、お勧めの本を聞き、不在の時は以前に勧めてくれた本を選んだ。
有難いことに、今まで借りた本はどれもハズレがない。ジャンルは多様なのに、どれも私の興味を引き関心を寄せるものばかりだった。
本から得られる世界はネットから入る情報の比ではなく、心の奥まで深くその世界に入り込める。ほかに何か考える余地を与えないほど、活字が作る世界へ引き込まれていく感覚は、私にはとても新鮮だった。

梅雨が終わり、暑い夏がやってきた。
前期試験で図書館へ通う機会が少し減っていたが、終わればまたゆっくり図書館に行ける。この一週間は一夜漬けの勉強が続いてやっとのことで学校に来ていたが、試験最終日の今日は足取りが軽い。
(ずっと寝不足だったから、今日は早めに家に帰ってたっぷり寝て、明日、図書館に行こうかな…。)
そんなことを考えながら、友達が待つ学食へ向かおうと構内にあるケヤキ並木の歩道を歩いていると、斜め前あたりから、
「あれ?」
と、聞いたことのある声が耳に入ってきた。
声のほうに目を向けると、図書館員の彼が立っている。
私は驚いて足を止めた。いつも私が見るのは白いシャツにエプロンを付けた姿なのに、スーツ姿の彼は私が知っている雰囲気とだいぶ違っていて、精悍な雰囲気が素敵だった。
「もしかして、いつも図書館に来てくれる……ですよね?」
私のほうに歩みを進めて立ち止まり、顔を覗くように少し背中を丸めた彼に、ハッと我に返って、
「あ…はい。」
と答えるのが精いっぱいだった。
きっと私は彼に見とれていたと思う。それを知ってか知らずか、彼は、
「こんなところでお会いするなんて、びっくりしますよねぇ。」
と言うと、いつもの目尻が下がった優しい笑顔を見せた。

●Episode3へつづく

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