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【短編連載小説】#003:繰り結び ― Episode:3 気まぐれの風

★短編小説 #003:繰り結び ☆もくじ

・Episode1 : みずのおと
・Episode2 : インタレスト
・Episode3 : 気まぐれの風 (←いまココ

*バックナンバー*

★現在2作品。
#001:グッバイ!タモリ倶楽部
#002:モザイク(全5話)
は、のマガジンに掲載しています♪

Story

・Episod2 : インタレストのつづき

「どうしてこんなところにいるんですか?」
すでに見知った顔なのに、場所と服装が違うというだけで初対面以上の気恥ずかしさを覚えた私は、思わず顔を逸らしてしまった。
 
「前に話していましたよね、同じ大学の出身だってこと…。実は、ゼミでお世話になった先生に本の執筆を依頼することになったので久しぶりに来たんです。本来、僕が所属する部署とは違う仕事なんですが、学生時代に懇意にしていた恩師ということもあって、まずは僕から挨拶と説明をするようにと他部署の上司から言われてしまって…。」
彼が話す様子が図書館で働いているときと全く変わらないことに、私は安心した。
「そうだったんですね。それにしてもビックリです。こんなところでお会いするなんて…。」
「ちょうど研究室に向かうところです。」
「…えっと…文学部の研究室って3号館の隣ですよね。」
「はい。」
「じゃ、そこまで一緒に行きましょう!ちょうど3号館に向かうところでした。」
安心した途端、勢いに任せてずいぶん大胆なことを言うなあと自分で自分のことが可笑しくなり、言いながら笑ってしまった。
「つぎの時間で、前期試験が終わるんですよ~!」
「あぁ…。今、試験期間なんですね。だから、ここのところ図書館に来てなかったんですね。それはそれは…おつかれさまっす!」
彼に私の安心が伝わったのか、ふだんはとても丁寧な言葉遣いをするのに、今どきの若者のような口調で言いながら小さなガッツポーズを見せたので、私はさらに可笑しくなって、
「はい。今日からフリーダムです~!」
立ち止まって両手を大きく広げた。
心地よい緑の風を吸い込みながら空を見上げるつもりだったが、その前に、背の高い彼の顔が視界に入って来たので、私は慌てて前に向き直した。すると頭上から、
「家に帰るまでが遠足、終了のチャイムまでが試験です…よ。」
という声がして、二人で思わず笑ってしまった。目尻が下がった彼の優しい笑顔に私は安心するのだと、その時はっきりと分かった。
「では、そこまで一緒に行きましょう。」
歩道に留まった二つの影が動き出した。
 
「前期試験が終わったら、また図書館に来てくれますよね?」
「はい。ちょうどさっき、そのことを思いながら歩いていたんです。今日家に帰ったらたっぷり寝て、明日、図書館に行こうかなって…。」
横に並んで歩くのは初めてだった。普段、彼はカウンター越しで着席していることが多いし、一緒に書架に向かうときは後ろからついていくので、身長差が気になることはなかったが、彼の顔を見ながら話そうとすると、うんと見上げなくてはならないことに今初めて気づいた。
「ゆっくり休んでくださいね!」
「はい。今日の日をずーっと待ち望んでいました。一夜漬けの科目もあったので寝不足続きで…。本を読む時間も無くて…つまらなかったですよー。」
「おっ、それは本の楽しみ方を知ったということですね?」
「あ…いや…そこまではまだまだ…。でも、読書に夢中になる時間はスマホを見ている時よりも心は穏やかだし没入感もあったりで、本当に楽しいんです。」
「それは、本を勧めたことのある人間としてはなんとも嬉しいお言葉!」
「『お言葉』なんて止めてください。私…後輩なんですから。」
「あははは…後輩かぁ…。」
図書館という場所柄、ふだん彼とは小声で必要最低限の事しか話さないように心がけているからだろう。私は大げさなほどボリュームを上げた声を出していた。解放感という言葉では足りない…これは高揚感だ。それは、試験ももうすぐ終わるということもあるのかもしれない。
 
3号館の前に着くと、彼はふたたびガッツポーズをした。
「じゃ、最後の試験、頑張って!」
「ありがとうございます!頑張ります!…では、また!」
私は試験会場となる講義室に向かった。

***

翌日はお昼近くまでたっぷり寝て軽く昼食を摂り、のんびりと身支度をした。バイトは夕方18時からだから、その前の図書館が静かで落ち着いた時間に行こう。
 
昨日の今日なので心躍りながら図書館に向かったが彼の姿はなかった。
トイレとか?それともバックヤードかな…?少し待っていれば姿を見せると思ったが、どうやら不在のようだ。
以前に彼が薦めてくれたことのある本を手に取り、イスに座って読みながら1時間近く過ごしたが、結局、彼が姿を見せることはなかったので、そのまま貸し出しの手続きをしてバイトへ向かった。
 
夜、帰宅するとまずはゆっくり風呂に浸かった。試験期間にバイトを休んでいたせいか、今日は金曜日でお客さんが多かったせいか、とても疲れた。

期待外れの一日。久しぶりに本を開く。
『気まぐれの風』というタイトルの若手作家の短編集だ。

「思いもよらないことが繰り返されながらも、結局、これが日常なんだということを、頭ではなく心で感じられるとても読み心地のいい本ですよ…。」
本を薦めてくれたときの彼の言葉を思い出した。私は『読み心地』という言葉を初めて知った。読んでいて心地よい…そんなふうに本に向き合うことができたら、私の読書時間は癒しになるんだろうな…と思った。

●Episode4へつづく

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