【短編連載小説】#003:繰り結び ― Episode:4[最終話] 繰り結び
★短編小説 #003:繰り結び ☆もくじ
・Episode1 : みずのおと
・Episode2 : インタレスト
・Episode3 : 気まぐれの風
・Episode4 : 繰り結び ←いまココ(最終話)
*バックナンバー*
★現在2作品。
#001:グッバイ!タモリ倶楽部
#002:モザイク(全5話)
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Story
Episode3 : 気まぐれの風 のつづき
あれから何度も図書館へ行ったのに彼の姿を見ることはなかった。
シフトが変わったのかもしれないと、今まで一度も行ったことがない時間帯に顔を出してみたが、やはり彼がいる様子はない。思いきって他のスタッフに尋ねようかと考えたが、なんとなく気おくれして言い出せないまま、2か月が経った。
慌ただしい時間が風のように流れて、大学構内のケヤキから落ちる葉が気になってくると、私は後期のゼミ課題で忙しくなり、すっかり図書館から足が遠のいていた。
日課になっていた寝る前の読書時間はいつのまにか減り、机の上には課題をまとめるための本とノートが占領している。
すき間時間の大半はバイトに費やした。来年の春休みに短期で海外に行きたいと資金を貯めている。疲れ果ててベッドに潜り込む日が増え、本を持つ余裕はなくなっていった。
それでも時々、無性に本が読みたいと思うことがあったが、今の自分に合う本を見つける自信がない。
先日、バイト帰りに夜遅くまで開いているちょっとおしゃれな書店に入って平積みをチェックしたけれど、どれもピンとこなかった。せっかく来たのだからと、装丁と帯に書かれているキャッチコピーで選んでみたが、期待していた内容とは違っていてがっかりした。
この時、ふと、彼の顔が頭に浮かんだ。
勇気を出して、明日、図書館のスタッフに聞いてみよう。
大学の授業を終え、初めて彼と会ったあの日と同じくらいの時間に図書館へ向かった。入口の紫陽花の木に残った葉はだいぶ朽ちて枝がむき出しになっている。私は、紅葉より新緑が好きだということを確信した。
図書館の階段を上って奥のカウンターを見回すと、やはり彼の姿はなかった。
そういえば、2階の入り口付近にある『今月のオススメコーナー』もだいぶシンプルな展示に変わっている。私が初めて本を借りてみようと思ったあの『雨の日特集』のようなワクワク感はない。『ハロウィン特集』という看板が出されているが、ハロウィンに関する本がただ置かれているだけだ。
この時、(あぁ、もうここにはいないんだな…。)と思った。
私はエッセイ本が並んでいる書架へ向かった。
上段から順に背表紙を見ると、あるタイトルに目が留まった。書架からその本に手を伸ばしそっと引き抜くと、落ち着いた茶色の表紙の中央にエンボス加工が施された白色の文字『繰り結び』が浮かび上がっていた。
著者のことは全く知らない。奥付を見ると、私でも知っている立派な文学賞を受賞して注目されるようになった若手作家らしい。
読みやすい本ばかりを好んで読んでいた私には少々難しいかもしれないと思ったが、なぜか惹かれる。途中挫折を承知で借りてみようと本を持ってカウンターに向かった。
貸出の窓口には、眼鏡をかけた40代くらいのボブヘアの女性が座っていた。以前から、彼女も館内によくいるスタッフで、貸し出しや返却の時に何度か顔を合わせているので、私のことはなんとなく知っているだろう。
「貸出をお願いします。」
カウンターに本を出すと、彼女は私の顔を見て、
「こんばんは。」
と言いながら、穏やかな笑顔を見せてくれた。私はその笑顔に安心して、思い切って話し出した。
「あの…つかぬことを…。すみません。ちょっと聞いても…いいですか…。」
「以前、ここにいつもいた…男性の…あの…、背が高くて…。」
と、言いかけたところで、
「あぁ、髙木のことですね。彼は移動になりました。7月末付で…。」
「あ…そ…そうですか。やっぱり…そうだったんですね。」
すでに分かっていながら、正式に聞くとショックだった。でも、この落胆を悟られたくなくて、
「実は私、大学の後輩でして…。いちど、髙木さんと大学でバッタリお会いして少しお話したことがあって…。」
「まぁ、そうだったんですね。それなら説明は要らないですね。髙木さんの恩師にあたる大学教授の本を出す関係で、当館の運営を請け負っている出版社の編集部に急遽、移動になったんですよ。」
(あぁ…。やっぱり…。)
「そうだったんですね。それなら安心しました。大学でお会いしたのに、図書館では姿が見えなくなったのでどうしたのかなぁって思っていたんです。」
精一杯に平静を装って、私は本の貸し出し手続きを済ませた。
食欲がなかったので帰宅するとすぐに風呂に入り、部屋着に着替えて借りてきた本を開いた。
『繰り結び』は著者の初めてのエッセイ本だった。著者は私より8つ年上だ。社会に馴染めず執筆に逃げながら自分の居場所を見つけ出そうとする過程を描いたエッセイに、その時々の感情を吐き出すような、独り言のような詩が織り交ざっている。
面白い。
第3章には、著者が作家として芽が出る前の本人曰く「最も不遇な時期」に自暴自棄寸前で救われた面白いエピソードが書かれてあり、そこに本のタイトルと同じ詩が載っていた。
繰り結び
人生は一期一会というけれど
僕には偶然はない
人はすべてを約束して生まれてくる
頭上で鳴く鳥の声
足元に咲く花
遠から聞こえてくるサイレン
これら全てを決めて、決められて
今を生きている
君との出会いが
一瞬だったとしても
ただすれ違っただけだとしても
僕は決めて そして 君も決めて
この世に生まれ
出会うことを約束したのだ
僕を包む世界のすべてが
繰り結ばれている
だから、僕はここに在る
図書館の彼…、今日スタッフの女性から聞いて初めて名前を知ったけれど、髙木さんは、ある日、私がたまたま入った図書館で働いていたスタッフだった。それだけなのに、私は彼から本を読む楽しさや喜びを教えてもらい、読書という新しい時間を与えてもらったのだ。
人はこれを一期一会というかもしれない。
でも私は、この刹那の出会いを決めて生まれてきた。そして、髙木さんも同じだったはずだ。この場所で確かに出会ったのだから。
先ほどの女性スタッフも同じだ。私が彼女に髙木さんのことを聞こうと決めて、彼女も私に応えることを決めて、今日、話をしたのだ。
こんなふうに、私たちは繰り結ばれている。
決めて生まれてきて約束していたからこそ、約束通りのことになっただけだ。
出会いも別れも、不遇な出来事も、幸せな瞬間も、自分ですべて決めて生まれてきた…。
詩を読んで髙木さんとの突然の別れが腑に落ちた。そして、私はこれからもっと本と一緒に生きていきたいと思った。
***
6年が過ぎた。
私は今、都内のホテルの一室に置かれた大きなソファに座っている。
コンコン…。
ノック音とほぼ同時に、ドアが開かれた。
「さあ、時間です。会場へ向かいましょう。」
「はい。」
元気に返事をしたつもりなのに、声が少し震えてしまった。
「もしかして、緊張しています? 安心してください。屏風の裏で控えていますから。」
新人文学賞の授賞式。
ほんの6年前まで本なんてちゃんと読むことがなかった私が、作家としてデビューすることになったのだ。
「あの…この衣装…大丈夫ですか?…私、こんなドレスみたいな服装、大学の卒業式でも着たことなくて…。」
「大丈夫ですよ。とても似合っていますよ、先生。」
落ち着いた足音とともに優しい声が私のほうに向かってきた。
「さあ、会場へ行きますよ。ついてきてくださいね。」
綺麗に磨かれた大きな靴が、くるりと向きを変えて遠のいていこうとする。
「あ~っ!待って!待ってください、髙木さんっ!」
私は、慌てて彼を追った。
後ろ姿は、図書館の書架へ向かう時と全く変わらない。私は彼の手を見ながら後ろについて歩くのがとても好きで安心することに、今、気づいた。
(了)
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